第20話

 ロニー達は、昨夜はアネット達の好意でギルバート商会の客室に泊まったのだが、一晩経っても何も事態の進展はなかった。

 朝食を交えてアネット達と話をしたのだが、彼女等は奪還隊が全滅したと考えた様だ。

 セオの納期や支払日を考えると、早急に次の手を打たねばならないが、妙案が無いらしい。

 そこで、アネット達の頼みでロニー達も当事者として幹部達と意見を交わすべく、会議に招かれた。

 会議室には指定の五分前に入ったが、部屋には既にアネット達幹部が揃っていた。

 彼等は、声が漏れぬ様に鎧戸とガラス窓を閉めた部屋で、口々に深刻な顔で話をしている。

 最後に部屋に入ったロニー達の着席を確認したアネットが、苦しそうな表情で口を開いた。

「じゃあ、始めましょう」

 アネットの凜とした声が部屋に響き、ざわめきが静まった。

「皆も知っての通り、奪還隊から昨日の昼までに報告が入るはずだったけど、この時間に至っても誰も戻らないわ。私は……未だに信じられないけど奪還隊は全滅、もしくは全員捕縛されたと考えるしか無いと思う。セオさんの納期を考えると、もう次の行動に移らないと間に合わない……みんな、何でも良い。良い案があれば遠慮無く言って」

 会議室を重苦しい空気が漂い、沈黙の時間が空しく過ぎていく。

「……どうしても奪還ってんなら……もう一度、腕利きを揃えて行くしか、無ぇんじゃねぇですか? 仲間が、どうなったかも調べなきゃいけねぇでしょ?」

 しばし時間が経った後、がっしりとした中年男性が弱り切った表情で言う。

「……じゃがのぉ、奪還に行った奴らはウチでも指折りの潜入の達人と護衛達よ。もう一度って言っても同じ事の繰り返しになるんじゃないのかのぉ? 無駄死にはさせられねぇ」痩せた初老の男が、苦々しそうに呟く。「あいつらは、あの警備厳重なコンラッド伯とダニエル侯の屋敷から気付かれる事も無くお宝を盗み出した凄腕よ。普通の人間に一網打尽にされるとは、とても思えん……やっぱり、あそこには手強い怪物がいるんじゃないのかのぉ……」

 次いで、小太りのリカントロプの中年女性が、腕組みをしたまま口を開いた。

「……とにかく情報が欲しいわね。あの子らを全滅させたのは何なのか? 捕まったのか殺されたのか? あたしゃ奪還も救助も、その辺りの情報無しに闇雲に行動するのは反対だね」

「じゃが誰が行く? 怪物がいるかもしれんが、誰かが行かなきゃ情報は得られんぞ?」

 初老の男の言葉を最後に、会議室は再び長い沈黙に陥った。

「……情報を得るだけなら、私に一つ案があります」

 全員の視線が、一斉に発言の主に集まった。

 沈黙を破ったのは、目を瞑り思案に耽っていたギルバートだった。

「先日、客先より注文を頂いた品を入荷しております。納期には早いですが、今日それを納品に行き、ついでに情報収集をしてみましょう」

 危険すぎるとロニーは思った。奪還隊が拷問を受けて口を割っている可能性がある。一家の翻意を知られた所にノコノコ出かけたら、どんな目に遭うか分かった物では無い。

「まさか、貴方が行くの? ギルバートさん」

 アネットが、驚いた様にギルバートを見た。

「はい。奪還隊は客先と面識がない人物を選んでますし、身元を示す物を持たずに行ってますから彼等が口を割っていなければ大丈夫でしょう。万一、奪還隊の正体がバレていれば、何か理由をつけて謝罪してきます。彼等は客ですから、私は、いつか納品に行かねばなりません。行くのが早いか遅いかだけです」

 皆を安心させようとしたのか、ギルバートの顔に柔和な笑顔が浮かぶ。

「アネット様やルパート様には及びませんが、ラングドン一家ナンバー3、そしてギルバート商会支配人の私ならば、彼らも無下には扱えないでしょう。謝罪する場合も重みが出ますし、我々の誠意も表せます。彼等も我々の力が無ければ困るのですから、事を荒立てなければ手荒な事はしないかと思いますが、如何ですか?」

 ギルバートが、全員を見回しながら言った。彼の言葉が、静まり返る会議室に響く。

 なるほど。無謀かと思ったが、ギルバートの言う事も一理あるとロニーは思う。

 それに、他の幹部達は危険な目に遭う事無く、発案者が自分の責任で行う。失敗しても、アネット達以外は誰も痛くないし、下手をすれば幹部の椅子が空くだけだ。

 自分に、危険が及ばない妙案に反対する者はいないだろう。

 ロニーの見たとおり、しばしの後、幹部達はギルバートの案への賛意を口々に言い始めた。

「みんな賛成ね。では調査についてはギルバートに任せましょう。で、ギルバートが帰ってきた後の策はどう?」

 アネットが、そう問いかけると再び沈黙が支配する。情報を得ても、潜入の難易度が高いのは変わらない。何らかの理由で、精鋭達が壊滅した所へ再び行かねばならないのだ。

 出来る事なら、誰も行きたくないし行かせたくないのが本音だろう。

 ロニーが、隣に座るアリシアに相談しようとした時、ギルバートが口を開いた。

「折角集める情報です。活かすのは早い方が良い。でないと、銀灰ぎんかいも仲間もどうなるか。私が帰還した後、その情報を手に翌日出向くのは如何でしょう?」

 そう言って、ギルバートがマーシアを見た。

「……マーシア様は、昔、曲芸師として厳しい訓練を積まれたとか。私共にも旅芸人上がりが何名かおります。彼らと旅芸人一座として向かい、奪還を試みるのは如何でしょう? 旅芸人が町を訪問するのは普通の事ですから、皆様が行っても誰も怪しみますまい」

 皆の視線がマーシアに集まる。

「……どうしよっか? 良い案だと思うけど?」

 マーシアが、横に座るロニーとアリシアを見ながら尋ねる。

「……そうね」アリシアが、少し考えて頷いた。「ロニー君、ギルバートさんの言う通りかもしれない。怪物がいるかもしれないなら、私達が出向いた方が良いと思うわ。どうかしら?」

「それが良いと思います……でも僕達は客の事を知りませんから、その情報が必要かと」

 ロニーが会議室の幹部の面々を見回すと、アネットが表情を改めて重々しく言った。

「……もっともね。まず、客はテッド商会。ここから馬で半日程のヴェルゴーの町にあるわ」

「……ヴェルゴーの町の、テッド商会……」

 ロニーは、その名前に心当たりが無い。公益のため、傭兵と比べて幾分安価に護衛を請ける国立警備局ヴァルチャーズネストに、荷馬車の護衛等を依頼した事が無いのだろう。

 なぜ、テッド商会が警備局ネストを使わないか? それは、彼等の扱う品に非合法の品や盗品があり、万一にも積荷の正体がバレるとマズいからだろう。密輸に関わったり、非合法の品を商う闇の商人なら、よくある話だ。テッド商会とやらも真っ当な商人とは思えない。

「それと潜入役は任せて。凄腕を揃えるわ。あなた達なら安心して仲間を預けられる」

「……では、この手で行きましょう。馬車はそちらで用意して戴けるのかしら?」

「馬車を用意しろと仰るのでしたらご用意致しますが、我々の物を使うと彼らに身元がバレる可能性があるかと……少々マズイと思いますが?」

 アリシアの問いを聞いたギルバートが、真剣な表情で懸念を伝えた。

「それも、そうね……」

 アリシアが考え込み始めた。ロニーもギルバートの懸念はもっともだと思う。

「……アリシアさん。馬車は貸し馬屋で借りませんか? お金は、万一の保険代も含めてギルバートさんに出して頂ければ良いかと」

「……そうね、そうして頂けるなら助かるわ」

「承知いたしました。馬車は私共で借りておきます。保険代もお任せ下さい」

 ギルバートが、アネットを見た。

「この手でいかがでしょうか? アネット様。私が首尾良く帰って来れたら、その翌日、アリシア様一行と我々の精鋭が旅芸人一座を装って銀灰ぎんかいを奪還する。仲間についても、私が今日、口にするのは難しいと思われますので、アリシア様の一行が仲間を救助する」

「……その手で行きましょう。でも、まず貴方が情報収集を成功させなければいけないわ。くれぐれも気を付けて」

「はっ」

 ギルバートは、アネットに向かって恭しく頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る