第18話

 遅い昼食が済んだ後、ロニー達は、アネットに近くで術が練習できる場所が無いか尋ねた。

 旧レンストンを出て目立たぬ所に行く事も考えたが、奪還隊から連絡が入った時にすぐ対応できる様、なるべくギルバート商会から離れない方が良いと考えたのだ。

 アネットは、先程一緒に部屋に来た長髪の男と相談し、その男が店の地下室に案内した。

 地下室は、横十五パスル位(約四.五メートル)奥行き三十パスル位(約九メートル)の広さがある。壁も床も石で作られており、天井は店の床板を兼ねる、ぶ厚い木の板とそれを支える太い梁がある。壁の数カ所にランプが灯されており暗さは感じない。

「爆発系の強い術は少々厳しいですが、それ以外は大丈夫でございます。ご自由にお使い下さいませ」

 男が、慇懃な態度で口を開いた。

「ギルバートさん、練習する術は結構強力なんですが、本当に大丈夫でしょうか?」

 アリシアが、少々不安げに地下室を見回した。

「はい。この店には術や呪い、悪霊等の力を抑える強力な結界を何重にも敷いております。並の魔術師が最強の火炎魔法を用いても、天井の板に焦げ目すらつかないでしょう」

「なぜ、そんな厳重な結界を?」

 ロニーは、不思議そうにギルバートを見た。

「この店は魔法の品を商っておりまして、販売だけで無く中古品の買取も行っております。ですが、この中古品買取に、時折、難のある物が持ち込まれるのです」

 ギルバートが、少し困った様な顔をした。

「例えば、曰く付きの強烈な呪いの品とか、ガタが来ていつ暴発するか分からない様な古い魔法の品ですね。これらも買い取って専門の業者に売るのですが、保管中に不測の事態が起きないよう、様々な結界で事故を防いでいるんです。中古の魔法の品を扱う店なら、大なり小なり同じ様な結界がありますよ」

「……知らなかった。そうだったんだ」

 ロニーは、感心したように呟いた。

「ちょっと試させて貰うわ」アリシアが、壁を指さした「穿て、水精霊ウンディーネ

 アリシアの指先から放たれた水弾丸が、ベチャッという音とともに壁を濡らした。

「……結界があるのは知ってたけど凄いわね。私の精霊が、こんなに弱体化するなんて。ここまで強力な結界を作ってる店は初めて見たわ」

 アリシアが水弾丸を放った手を見つめ、感心と呆れが入り交じった様な口ぶりで言った。

「万一にも事故を起こさぬ事。これも商売の大事な信用になりますので」

 ギルバートが、柔和な笑みを浮かべる。

「分かったわ。ここなら大丈夫ね」

「では、私はこれで失礼致します。何か動きが有り次第、すぐにご連絡させて頂きます」

 ギルバートが深々とお辞儀をして、階段を上っていく。

 それを見届けたアリシアが地下室の真ん中に立ち、ロニー達を手招きした。

「ロニー君、いいかしら? 精霊術は、精霊の力を契約者の前に出現させる術よ。出来る事は契約者の想像力と、契約した精霊の実力で増えるわ。何となく分かるかしら?」

「いえ……呪文を唱えれば、その効果が出るんじゃないんですか?」

「神々の力を貸して貰う『白魔法』と、悪魔の力を借りて使う『黒魔法』はそうね。それらは唱えた呪文に応じた効果しか出ないでしょう? 例えば、君がラングドンに使った術、あれで剣に雷の力を宿らせるって無理よね?」

「……ええ……」

 ロニーは、アリシアが言わんとしている事は何となく分かるが、今一、理解できない。

 アリシア達は、術を使う時に「穿て」とか「焼き払え」とか言ってた気がするが、起こしたい事と、呪文か命令が対応しているのでは無いのだろうか?

「でも精霊術は、精霊が契約者の望む事を汲んで出現させる術よ。だから雷精霊を呼んで出せる事は色々あるわ。雷を落とすだけで無く、武器に雷の力を与えて欲しいとか、放電で明かりを灯して欲しいとか、想像力と精霊の力次第で色んな事が出来るの」

「……ねぇ、あたしが実際にやってみようか?」

 黙って授業を見ていたマーシアが、ロニーが理解に苦しんでいる事を察したらしい。

「そうね……説明より見た方が理解が早いかも? 実例を見せてあげて」

「分かったわ。じゃロニー君見ててね。例えば水精霊で敵と戦う場合だけど……」

 マーシアは、壁を指さした。

「穿て、水精霊ネロ

 指先から放たれた水弾丸が、マーシアの指さす壁を小さく濡らした。

「本当に凄い結界ね」マーシアが目を丸くする「まぁ、良いわ。一般的な戦い方は今のだけど水精霊にはこんな戦い方もある」

 そう言って、マーシアが再び壁に指を向けた。

「塞げ、水精霊ネロ

 即座に地面から水が染み出し、マーシアが指さす壁を小さく覆った。

「音を立てたくない時は、こうやって溺死させたり口を塞いで仲間を呼ばせないとかね」

「……あ、なるほど」

 ロニーが思わずこぼした。少し、術の仕組みを理解できた気がする。

「分かった? 穿てとか塞げとか言ってるのは、あたしが精霊に頼みたい事を思い浮かべる為に言ってるだけだから、精霊にイメージを伝えられるなら言葉は必要ないわ。こんな風に、精霊術は想像力と精霊の力次第で色々な事が出来るの。どうかな?」

 マーシアが、幾分不安げに尋ねた。

「……何となく分かった気がする。でも、術の強さとか狙う場所は、どう伝えれば? 例えば足を撃って足止めしたい時に、強さとか狙う場所とか」

 ロニーの疑問を聞いたアリシアが、再び口を開いた。

「やりたい事や効果、強さは、全て頭の中で想像すれば良いのよ。そうすれば精霊に向けられたロニー君のやりたい事を、精霊が読んで調整するから」

「そこまで便利に出来るんですか?」

「ええ、でもそれは数をこなして練習しないとダメ。精霊も契約者の意図を正しく読むのは何回も練習しないといけないのよ。練習を重ねて互いの望む事や力量、クセが分かれば、精霊術はどんどん便利になるわよ」

「……そうでしょうね」

 呪文の詠唱が必要ないだけでも大きいが、アイデア次第で使い道も広がり、効果の強さも、ある程度自由自在。実際に、その通りなら凄く便利な術だと思う。

「でも、注意点もあるわ。まず、精霊の力でも無理な事はあるの。例えば雷の精霊に石を出してくれって言っても、無理なのは分かるでしょう?」

「ええ」

「ロニー君が雷の力で出来ると思う事も、精霊が出来ないって判断した事は出来ないの。力を貸すのは精霊だからね。どれだけ頼んでも無理なものは無理だから注意して」

「分かりました」

 その辺りは雷魔法を踏まえ、慣れるまでは魔法で出来る事を頼めば問題ないだろう。

「次に、魔法と同じく術を使うたびに疲労がたまるわ。魔法と同じ頭の疲れだから、限界まで来ると失神するから注意して。魔法に比べたら負担は軽いし、慣れれば使える回数も増えるんだけど、ロニー君の場合、試さないと分からないわね」

「はい」

「最後に大事な事ね。精霊って人助けとかで使われるのは良いんだけど、私欲を満たす目的で使われるのを嫌がるのよ。出世とか、度を超えた金儲けとかね。普段の生活も人を瞞すとか悪意で他人の心や体、幸せを傷付けてはダメよ。精霊の意に添わない事を繰り返すと契約を切られるから注意して。まぁ、これが精霊使いが珍しくなった理由なんだけどね」

「分かりました。注意します」

「説明は、この位ね。一度、実践してみましょうか」

 ロニーは、早速雷魔法にある基本的な術を、一通り弱い威力の術で試してみた。

「……精霊術って凄いですね。弱く放ったとはいえ、本当に疲れが少ない……」

 ロニーは、思わず感嘆して術を放った手を見つめた。

 母から白魔法を習った時、魔法は、呪文の詠唱を通して力を貸してくれる天の神々へ願いを届けないといけないから、疲れが大きいらしいと聞いたのを思い出した。

 精霊術は、籠の中の精霊に頼むだけ。母から聞いた話は正しかったのかもしれない。

「ロニー君、中々やるわね。初めてなのに術をほとんど成功させるなんて。練習は今日だけで十分かも」

 アリシアは素直に賞賛しているようだ。横で見ていたマーシアも目を丸くしている。

「本当ね。あたしでも、簡単な術を使うのに半日は掛かったのに……」驚いていたマーシアが、ふと不思議そうな顔をした。「ねぇ、どうしてロニー君ってチームを組んで無いの? 剣も魔法も鍵開けも出来るんだし、仲間を集めるなんて簡単じゃ無い? それとも偶々?」

「一人の方が、気が楽だからね。僕も両親が死んだ後、しばらくはチームに呼ばれたり自分でチームを立ち上げたりしたんだ。客の安全と自分の命が掛かる仕事だから、チームや仲間も実績とか能力を見て選んでさ……」

 ロニーの脳裏に、今までチームを組んだ色々な人の顔と、様々な思い出がよぎる。

「だけど、最初は良くても段々と仕事中の態度とか報酬の分配とかで対立したり、雰囲気が悪くなる事も多くてさ。もう、一人でやる方が良いと思って、半年ほど一人でやってるんだ。国立警備局は、任務をある程度選べるし」

「なるほどね……でも、それは仲間の選び方が悪いんじゃない? ロニー君の言うとおり実力も大事だけど、性格や考えが合わない人と一緒にいるのは凄く辛いわよ」

 アリシアが、少し遠い目を浮かべた。

「私も、色々な人と組んで嫌な思いも沢山したわ。性格が合わないとか、どさくさに紛れて変な所を触る馬鹿とか。合わない人と組むのって本当に辛いし、二度とやりたくない」

 二度と、と言う所でアリシアが強く顔をしかめた。余程、嫌な事があったのだろう。

 しばし沈黙の時が流れたが、ふと、アリシアが何かに気付いた様にロニーを見た。

「……そうだ。ロニー君、チームを率いた経験があるなら、奪還に向かう時はリーダーをお願い出来ないかしら」

「え? いや……あの有名なタイレル傭兵団で少佐をされてるアリシアさんの方が、冷静で術も凄くて適任だと思いますけど?」

「私を買いかぶりすぎよ。それに傭兵の私が、国立警備局の人を部下に従えるなんて他の人が知ったら変に思われるわ」

「まぁ……それも、そうですかね……?」

「困った時は、フォローするから言って。仲間なんだから、支え合うのは当然でしょう?」

「分かりました。では、役に立てるか分かりませんが、奪還に行く事になった時はリーダーをさせて頂きます。でも、マズいと思ったら言って下さいね」

「ええ、分かったわ」

 ロニー達は、そのまま術の練習を日暮れまで繰り返した。練習を終えた後、誰か戻ったかギルバートに尋ねたが、まだとの事だった。

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