第14話

「なぜ、ラングドン様は黙ってるんだ?」

「ラングドン様が……怪物だって? それに倉庫に怪物? まさか……本当なのか?」

 ラングドンは、後ろの部下達に動揺が広がりつつある事に焦りを覚えた。

(悩んだり取引に応じれば、ワシが怪物である事を認める事になる。そうなれば、何も知らぬ部下達がどういう行動に出るか分かった物では……それに奴らを殺せば騎士団だと? 嘘だと思うが、あの小僧! 悔しいがヘタな事は出来んな。奴らめ……どこまで知ってる?)

 沈黙の時間が空しく過ぎる。ラングドンは、この場を切り抜ける算段を懸命に考えた。

(……クソッタレが! 嘘だと思うが、万一、騎士団が来たら倉庫の奴らの死体を見せて知らなかったとシラを切るか……こいつらも奴らに殺された事にすれば解決だ。本当に、騎士団の強制捜査があれば痛いが、こうなれば少しでも被害が軽い方を選ばねば……後は……残念だがなるようになるしか無いな)

 騎士団が来れば、全員に聖水を掛けたり飲ませるかもしれない。化けた怪物を見抜くのに、それ以上確実な方法は無いからだ。そんな事になればラングドンは破滅だが、奴らが来るとしても、まだ手を考える時間がある。この場を切り抜ける方が先決だ。

「ふっ……ふはははははっ! ワシが怪物だと? 苦し紛れにつまらん事を! 倉庫に怪物がいたのは知らなかった。掃除してくれたなら、それは礼を言おう。だが、もう良い。死ね!」

 ラングドンが片手を上げると、後ろから部下達が弓を引き絞る音が聞こえた。

 無念そうな表情の小僧が、悔しそうにラングドンを睨みつける小娘を守る様に前に立つ。

 その時、突然、ラングドン達に立っていられない様な強烈な突風が吹き付けた。矢を放つどころでは無い。その突風に煽られた大量の大粒の雨が、ラングドンの体を叩く。

「ぎゃああああーーーーーっ」

 雨粒を浴びたラングドンは、思わず悲鳴を上げた。

 素肌が露わになった部分に、熱湯を浴びたような熱さと激痛が襲う。悲鳴を上げたのはラングドンだけでは無い。横に立つ親衛隊達も悲鳴を上げ、肌をさすり藻掻き苦しみながら、肌に着いた何かを拭い去ろうと足掻いている。

 ラングドンの肌を何かが侵していく。それは、加速度的に肌から体の内側に痛みと熱さを伝え、ついにラングドンはその苦痛に耐えられなくなり、一際大きな絶叫を上げた。

 後ろの部下達から、怯えに満ちた悲鳴が上がる。ラングドンが腕を見ると、人の肌の色をしていない。自分の真の色の青黒い肌になっている。変身が解けたのだ。

「あら、思ったより大漁ね。苦労して聖水を探した甲斐があったわ」

 後ろから蔑む様な若い女の声がした。振り向くと、傘をさしたエルフらしき茶髪女が部下達の後ろに立ち、ラングドンを虫ケラを見る様な目で見上げている。

 彼女の横で、同じ様な背丈の薄緑色の女が、聖水らしき瓶を手に消えていく。

「お前か? よくもこの姿を暴いたな……許さんぞ。ここまで上手く行っていた物を……」

 ラングドンの声が、人間とは思えない低くおぞましい声に変わっている。周囲の部下達からの恐怖と狼狽の声が一段と大きくなった。彼等は、恐怖からか自分と茶髪女から離れていく。

「ラングドンさんはどうしたの? ひょっとして……殺した?」

 茶髪女が、侮蔑の眼差しを浮かべたまま小首を傾げて尋ねた。

「あいつか?」

 茶髪女に向かってゆっくり歩くラングドンは、女の質問に不意におかしくなった。

「ふっ、ふはは……あいつらは、とっくに夫婦仲良くワシの腹の中よ。ま、何年も前にケツから出ていったがな!」

 言うが早いか、鋭い爪を電光石火の早業で女に振り下ろしたが、茶髪女は嘲る様な目と笑みを浮かべたまま、事も無げに軽く身をかわす。

 その直後、若い男が、狼狽える人垣の中から剣を構えて飛び出した。

「……よくも……親父とお袋を! 死ねえっ!」

 怒りに滾る男がドスの利いた雄叫びと共に剣を振り下ろしたが、ラングドンはそれを躱し、すれ違い様に男に裏拳を叩き込んだ。二十パスルほど(約六メートル)吹っ飛んだ男はフラつきながらも立ち上がったが、骨が折れたのか、殴られた腕が力無く垂れ下がっている。あれではもう戦えまい。

 呆然と見ていた部下達から、突然、大雨と雷鳴に負けない様な怒鳴り声が上がった。

「おい! 何をぼぉっとしてやがる! 親分と姐さんの敵討ちだ! 掛かれぇっ!」

 それを合図に、浮き足立っていた元部下達が、次々とラングドンに武器を向ける。

 ラングドンの親衛隊だった怪物達がラングドンを囲み、自分を守る様に元部下達を阻む。

「どうされます? ご指示を」

 親衛隊の一人が、元部下を阻みながらラングドンに尋ねる。

「少し時間を作れ。考える」

 ラングドンの答えが終わるやいなや、元部下達が猛然と斬り掛かってきた。

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