第13話

 ロニー達は、札の交換が出来そうな隠れ場所を探し、大雨の庭を走っていた。

 追われる立場になって初めて気付いたが、この広い芝生の庭は、灌木や物陰等の隠れられる場所が極端に少ない。隠れられる場所を無くす事で警備をしやすくする工夫だろう。

 ロニー達は、ようやく手頃な物陰を見付けたが近くに盗賊もいた。音を立てなければやり過ごせるかとロニーは期待したが、稲光の後、盗賊と目がバッチリと合う。

 姿消しの効果が切れかけ、調子の悪い時に鉢合わせた様だ。彼は呆気にとられたかの様に口をぽかんと開け、幽霊を見る様な目でロニー達を見ていたが、すぐに我に返った。

「いたぞーーーーっ!! 侵入者だーーーーっ!」

 突然、男が大声で叫んだ。

「ちっ!」

 ロニーは思わず舌打ちして、素早く男をスタンロッドで叩いた。男が力無く崩れ落ちる。振り向くと、遠くから何人か走ってくるのが見えた。男の叫び声に気付いたらしい。

「マーシアさん。こっちだ!」

 ロニーがマーシアの手を取って、追っ手の反対側に逃げる。

「いたわよーーっ!」

 遠くで女の叫び声が上がる。どうやら札の効果が完全に切れたらしい。こうなれば、道路に面した塀から外に逃げるしか無いだろう。

 追っ手達がランタンを手に迫ってくる。建物の窓や庭の照明に次々と明かりが灯る。

 突如、雷雨の中を懸命に逃げるロニーの右足に激痛が走り、つんのめる様に倒れた。

「大丈夫?」

 大雨でずぶ濡れのマーシアが、崩れ落ちるロニーを見て悲痛な声で叫んだ。

 見れば右太股に矢が刺さっている。飛んできた方を見ると、稲光に照らされ、遠くに背の高い太った男が見える。激しい雷雨の中、この距離で、よく当てられた物だと思う。

 その彼が大勢の賊を引き連れて駆け寄ってくる。もう逃げ場は無い。すぐに外にも追っ手が回り込むだろう。

 ロニーは、急いで背嚢から侵入時に使った縄を取り出し、マーシアに渡した。

「この足じゃ逃げられない。僕が囮になるから、そこの塀から逃げて。君だけなら逃げられる」

 大勢が向かってくる中、マーシアは縄を手に俯いたが、すぐに強張った顔を上げた。

「……あたしだけ、逃げるなんて出来ない」

「君が、酷い目に遭う所なんて見たくないんだ。良いから早く行けぇっ!」

 ロニーは思わず怒鳴り声を上げたが、ずぶ濡れのマーシアは恐怖を抑え込む様に歯を食いしばっている様だ。動こうとしない。

 賊達が、二、三十パスル程(六から九メートル程)の距離を取ってロニー達を半円状に取り囲み始めた。もうマーシアも逃げられない。ロニーは説得を諦めて、手に持つ姿消しの札の束を破き、彼等の方を向いた。マーシアも諦めた様に姿消しの札を破いている。

 ずぶ濡れの賊達が、ロニー達と少し距離を置いて一斉に弓に矢をつがえる。

「何の目的で誰に頼まれて侵入したか言え。吐かんなら拷問に掛けてやるがどうする?」

 野太い声と共に、賊達の間から、でっぷり太った男が数名の男女を伴って出てきた。こうしている間にも包囲する賊達が増えていく。

 その時、ロニーの真横から水精霊ネロの自信無さそうな呟きが聞こえた。

「……ねぇ、あの太った奴と取り巻きは人間じゃないと思うわ。多分、怪物よ」

「何?」

 ロニーが、水精霊ネロがいるであろう場所を見た。

「……間違いないわ。メッチャクチャ上手く化けてるけど、あいつらは悪魔系の怪物よ」

「マーシアさん、水精霊ネロの怪物を見抜く力、信じて良いんだね?」

「ええ。正体を見抜く魔法の道具なんかより、ずっと信用できるわ」

「疑うんだったら、奴に聖水を浴びせたら一発で分かるわよ? どんなに化けるのが上手い怪物も、神様の力の籠もった聖水には絶対に勝てないもの。聖水持ってたら、あたしが化けの皮を剥いでくるけど?」

 水精霊ネロが、少し不満げに言う。自分の力を疑われたのが不満なのだろう。

「あ、疑ってゴメン。それと、残念だけど僕は聖水を持ってない」

「あたしも……」

「おい! 早く何とか言え! それとも死にたいかぁっ!」

 太った男が、野太い声で怒声を上げた。いつまでも動かぬロニー達に苛立ったようだ。

 こうなっては、逃げるのも戦って道を開くのも不可能。ならば、嘘でもハッタリでも何でも良いから何とかして譲歩を引き出し、せめてマーシアだけは無事に帰さねばならない。

 今、交渉のカードとして使えるのは何か? それを、どう使うか? ロニーは、懸命に頭を巡らせながら足の痛みを我慢して立ち上がり、少しおどけた風に話しかけた。

「……僕達は、あんたらが盗んだ物を取り戻しに来たのさ。僕達が朝までに戻らなければ、仲間が騎士団に通報する事になってる。大人しく盗んだ物を返してくれないかな」

「騎士団に通報などと、つまらん嘘を!」

 太った男の顔に、小馬鹿にした笑みが浮かぶ。盗賊達の様子を見るに、この太った男が親分のラングドンだと思う。これほど大きな組織を束ねる大親分だ。痛い所を突かれても、それを容易に態度に出す様な小物では無いだろう。

 だから、この程度の反応しか返ってこないのは予想の内。だが、同時にロニーは先程の水精霊ネロの言葉が示す意味を考えていた。だから……これならば、ひょっとしたら。

「どうかな? 上手く化けてるけど、あんた達は怪物だよね? 悪魔みたいな姿だし。僕達には正体が丸見えさ! 倉庫にも怪物がいたけど、僕達が何も知らずに来たと思うのかい?」

 水精霊ネロは、太った男と取り巻きが怪物と言った。つまり、背後の盗賊達は普通の人間だ。

 ラングドン一家は、かつては庶民を泣かせて私腹を肥やす悪党を狙い、奪った金品を貧民に分け与える義侠心あふれる盗賊団だった。

 その彼らが、自らの意思で人に害をなす怪物と組むとは思えない。もしかしたら、後ろの盗賊達は怪物の事を知らないのかもしれない。そこに、つけ込む隙が無いだろうか?

 ロニーは、そこに一縷の望みを抱いたが、彼らの反応は冷たかった。ずぶ濡れのロニーが挑発する様に吐き捨てた言葉が聞こえたのだろう。ラングドンの後ろに控える賊達から小さく失笑が起きる。追い詰められた鼠が、苦し紛れに虚勢を張っている様に見えるのか、もしくは既に全員が怪物の手先になっていたのか……ロニーは失望を感じたが、構わず続けた。

「僕達に手を出さず、盗んだ物を黙って返すなら怪物の事も騎士団に黙っててやるよ。治安維持を担う騎士団が、町に怪物が入って来ない様に懸命なのは知ってるよね? このままだと奴らが血相を変えてここに来るよ? さぁ、どうする?」

 ロニーが挑発する様に吐き捨てると、強烈な雷がどこかに落ちた。稲光に照らされ、ロニーの挑発を受けた太った男の、呪い殺さんばかりに憎々しげな顔が浮かぶ。

 だが、それは彼の後ろにいる彼の部下達には見えない。

 ロニーの言葉の後、いつまでも動かぬ彼を見て、後ろに控える賊達から徐々に失笑が消えていく。そして、静かに狼狽のざわめきが広がっていった。

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