第11話
ロニー達は、
周囲の建物を見ると、幾つかの窓から光が漏れている。恐らく、不寝番がいるのだろう。
もし、倉庫の窓を開けた所を見つかると、姿消しを使っていても怪しまれる。
なので、侵入は雨除けの大きな庇があり、周囲、特に店舗や邸宅の上階から死角になる扉を開ける方が気付かれにくいと考えたのだ。
先程から、ロニーは扉の鍵を開けるべく奮闘している。大盗賊団が自前で作ったらしきこの鍵は解錠が難しい。姿を消しているため発見される心配は無いが、ランタン底面からの極弱い光では暗すぎる。それに物音を立てられないので気を使い、効率が悪い事この上ない。
ランタンを持つマーシアが、周囲を警戒しながら不安そうに作業を見つめている。
時折、小さな雷鳴が響く中、捗らない作業にロニーの口から何度か舌打ちが漏れる。
ロニーが本格的に焦り始めた頃、ようやく鍵穴からガチャリと小さな音が響いた。
「ふう……やっと開いた……」
ロニーとマーシアの口から、思わず安堵のため息が漏れる。
ロニーが少し扉を開き、慎重に中を見たが真っ暗で何も分からない。いきなり踏み込んで罠に掛かれば目も当てられない。ロニーはマーシアからランタンを受け取り、中に異常が無いか慎重に調べたが、罠等は見当たらない。
「行こう。足下には十分気を付けて」
「ええ」
ロニーの囁きに、マーシアも囁きで応える。
中に入ろうとした時、ロニーは本格的に雨が降り始めた事に気付いた。
(潜入……もう少し早い方が良かったかな?)
雨を見たロニーは建物に素早く入った。すかさずマーシアが続く。
扉を閉めると雨の音が静まった。不気味な静寂の中、周囲が深い闇に覆われ、古い木造の建物にありがちな埃っぽくカビ臭い匂いが鼻をつく。
ランタンの底から漏れるごく淡い光が、ロニー達の足下に、小さな蝋燭の様な微かな光をこぼしている。これなら誰かいても、近くまで来ない限り光を発見される事は無いだろう。
周囲を見回すと、暗闇の向こうに薄らと、整然と並べられた簡素で大きな棚の列が見える。
窓の鎧戸の隙間から稲光が差し込んで、倉庫内に白い閃光が走った。
「こっちよ、ついてきて」
ロニーの近くの空中から、
「ランタンを貸して。あたしが先導するわ」
「ああ、頼みます」
「任せて」
ランタンを受け取ったマーシアが真剣な表情で囁く。彼女の態度に先程までの軽さはない。
今までの少し軽い言動から、彼女は自信に溢れているタイプかと心配していたが、ロニーの杞憂だったようだ。
スタンロッドと盾を構え、周囲を警戒しながら、マーシアと共に近くの階段を慎重に上ったが、困った事に建物が少し痛んでいるらしい。注意して階段を上っても、時折、床からギッと大きな軋み音がした。誰もいないと思うが気持ちは焦る。
二階も、一階と同じ様な棚が並んだ空間だった。倉庫は外から見た以上に広く感じる。
「ん?」
少し歩いた所で、ロニーは違和感を感じた。三パスル(約九十センチ)ほど先の足下に、細い何かがある気がする。マーシアが、それに気付いた様子は無い。
「待って!」
慌てて彼女の腕を掴み、小声でマーシアを制止した。
「え?」
彼女は急な制止に驚き、目を丸くしてロニーを見ている。
ロニーが屈むと、部屋を横切って細い糸が張られている。引っかければ何かが作動するのだろう。マーシアは言われて始めて気付いた様だ。顔が強張っている。
「……よく気付いたわね……」
「罠には何度か酷い目に遭ったからね。注意する様にしてるんだ。さ、行こう」
ロニーが糸をまたいで先に進む。マーシアは怖々と慎重に糸をまたいだ。
その後は特に異変も無く、何回か糸の罠を掻い潜り、建物の角や棚の間を何度か曲がり、しばらく進んだ所でマーシアが止まった。
「
「うん。でも……保存箱が無い」
姿が分かり難いが、水精霊が狼狽えた声を上げる。
「えっ? 場所を間違えたんじゃ無いの?」
「……ううん……間違いなくここよ。壁に
マーシアが、壁にランタンと顔を近づけて凝視する。そこを
「間違いないわ……じゃあ……まさか門が閉まる前に、もう……」
マーシアの表情に絶望の色が浮かんだが、ロニーの考えは違った。
「僕の背嚢と同じ様に、魔法の収納袋に入れてるかもしれない。珍しい品じゃ無いからね。そうすれば軽く小さく収納できるし、泥棒の目も欺ける。怪しい袋や箱を調べよう」
「あ、そっか!」
曇っていたマーシアの表情が明るくなった。
ロニー達は、手分けして棚に仕舞われた箱や袋の中を確認していく。だが、中身は貨幣だったり、魔法の道具と思しき品々が詰まっているだけで保存箱や
外からの雨の音と雷鳴が小さく響く中、ロニー達は黙々と捜索に集中する。
だが、数分経った頃、突然、
「ねぇ、遠くで床の軋む音がしたわ。あっちの方よ」
「ロニー君、あっちだって!」
マーシアが、緊張の面持ちで、
「ランタンを!」
マーシアからランタンを受け取ったロニーは、共に棚の影に隠れてランタンの蓋を閉じた。
周囲が暗闇に包まれる。闇の中、時折、雷鳴が轟いて鎧戸の細い隙間から閃光が走る。
ロニーは、棚から少しだけ顔を出し、神経を集中させてマーシアが示した方向を警戒した。
マーシアが後ろを向いた気配がする。逆方向からの奇襲を警戒しているのだろう。
気の張り詰める時間が静かに流れていく。聞き間違いでは? と、ロニーが思い始めた頃。
――真っ暗闇の中、不意に遠くの方から小さくギシッという音がしたような気がする。
――少しして、再び遠くからギッと言う床の軋む音がした気がする。
いや、今度は気のせいでは無い。ロニーの見る方向から確かに音がした。階段の方向だ。
距離はまだ遠い。ロニーが注視しても、見えるのは漆黒の闇だけ。
マーシアは、まだ聞こえていないようだ。狼男の血を引くリカントロプのロニーは、並の人より若干だが耳や鼻が効くし、人より僅かに夜目が利く。
暗くてよく見えないが、ロニーはマーシアの顔があるであろう所に顔を近づけて囁いた。
「確かに音がする。下に誰かいたのかも知れない。一旦、離れてやり過ごそう」
「分かったわ」
ロニーは、中腰でランタンの底面の蓋を少し開けた。足元をごく弱い光が照らす。
ロニー達は静かにその場を離れ、音とは逆の方向の建物の角に向かった。
ここは、短い武器なら振り回せる広さがある。
「スタンロッドを用意して。それと、指示したらランタンの光量と蓋を全開にして欲しい」
ロニーは、スタンロッドを取り出したマーシアに、ランタンを手渡しながら囁いた。
二人は、音とは逆方向の棚の陰に隠れて屈む。
「ランタンを閉じて」
ロニーの囁きと同時に、暗闇が戻る。
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