第10話
「マーシアさん、雨が本降りになったら足跡がつく。それにもうすぐ夏だ。後二、三時間で夜が明ける。僕も怪物と戦う装備は持ってきた。今も見張りはいるだろうけど、中の奴らが起き出す前に奪還したいんだ。分かってくれないかな?」
「それは分かったけど……反対するのは理由があるのよ」
マーシアが、少し困った様な顔でロニーを見た。
「あたしも正確な場所は知らないの。知ってるのは精霊だから、案内して貰わないといけないんだけど、この子がロニー君に見える? ……
マーシアの様子から何かが現れたらしいが、ロニーには何が現れたのか全く見えない。
マーシアの視線の先を見たロニーは、凝視して初めて彼女の前に風精霊と同じ位の大きさの透明な何かが浮かんでいるのが見えた。水を通して何かを見た時のように、彼女の向こう側が少し揺らめいて見え、そのせいで何かが存在する事が何となく理解できる。
ロニーには、その姿が分かり難いが、マーシアにはその姿がはっきりと見えている様だ。
「何? マーシア」
ネロとやらが声を発した。声からすると少女だろう。
「あなたを紹介したいの。ちょっと、そこにいてね」マーシアがロニーを見た。「どう? ロニー君、この水精霊の姿が分かる? 契約者のあたしには、よく見えるんだけど」
「……分かった。僕には見えない。でも案内なら
ロニーは素直に非を認めた。確かに、自分ではこの精霊の案内を受けるのは無理だ。
「ロニー君に姿が見えるって事は、中の盗賊にも見えるって事よ。あの子、姿を出している時は体から淡い光が出てるからね。夜だと目立って怪しまれるわ」
「あ!」
「分かった? 心配してくれて有難いけど、あたしも少しは出来るのよ? 怪物の巣に入っての怪物退治も何回かやったし。たっかがコソ泥ぐらい大丈夫!」
マーシアが、にこやかに笑みを浮かべた。
「それに、
「姿消しの札かい? まぁ、あんなのが民間に流れて悪用されたら困るからね……」
ロニーは、背嚢から姿消しの札を取り出した。
「そう、それ! 貼れば姿が見えなくなるんでしょ? 誰にも見えないんだもの。音や光を出さない様に気を付けたら大丈夫。楽勝じゃない!」
マーシアは胸を張って言ったが、ロニーも、その札を見て不意に閃いた。
マーシアとの潜入が無理そうなら、一旦、脱出すれば良い。姿消しがあるから敵に見つかる事は無いだろうし、その頃にはアリシアが来るかも知れない。
「姿消しも万能じゃ無いけどね。それが効かない怪物も多いし……まぁ、分かった。一緒に行こう。でも中では僕の指示に従って欲しい。それはいい?」
「……ロニー君は六等級って言ってたわね? うん、分かった」
ロニーは、姿消しの札を二枚マーシアに渡した。まずは二時間分あれば十分だろう。札の裏にはロニーとマーシア、アリシアの名前が既に記入されている。
「これと、スタンロッドの使い方は覚えてる?」
「もちろんよ」
マーシアが頷くのを見たロニーは、背嚢から糊とスタンロッドを取り出して彼女に渡した。
「じゃあ、一枚だけ貼って。二枚一度に貼っても効く時間が延びたりしないからね」
「分かったわ」
二人は、鎧を脱いで札を内側に貼り付けていく。札を貼り終えて装備を調えたマーシアが、少し不安げに自分の手足を見まわした。
「何も、変わってないような気がするけど……これ、本当に大丈夫?」
「自分じゃ分からないけど、もう効いてるはず。札は、一時間以上持つから一時間後に交換しよう。じゃあ行こうか」
「分かったわ。じゃ、出でよ
マーシアの呼びかけと同時に、昼間見た羽の生えた緑色の小人が、淡い光を纏って現れた。
「
風精霊が不安そうに頷く。それを見たマーシアは、先程から待機していた水精霊を見た。
「
「分かったけど……本当に良いの? 絶対にアリシアが行くまで待てって言われたじゃない」
「いいの。もう待ってられないわ。この機会を逃したら取り戻せなくなるでしょ?」
「うーん……じゃあ行くけど、後で怒られるわよ? 知らないからね!」
水精霊は、少し不満げだったが案内を開始した様だ。マーシアが建物の壁に向かったので、ロニーとアネモスも後に続いたが、ふいにマーシアが少し不安げに振り向いた。
「ロニー君、精霊達はあたしの姿を見てたわ。この姿消し、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。さっきも言ったけど、これが効かない怪物も多いんだ。まぁ、精霊に試した事は無いけど……どう見えるか聞いてみたら?」
「そうね……ねぇ
薄緑の風精霊が、不安げなマーシアを凝視する。
「うーん……今は妙な感じに見えるわ。ぼやけてるって言うか薄れてるって言うか……多分、普通の人には姿が見えないと思うわよ?」
「そう……良かった。有難う」
風精霊は少々自信無さそうだったが、マーシアの不安を解消するには十分だった様だ。
マーシアの顔に、安心の色が窺える。
ロニーの前の景色が微妙に揺らいだ。ロニーとマーシアの間に水精霊が降りてきた様だ。
「マーシア、中を見たけど人影はないわ。本当に行くんだったら今よ」
ロニーは袋からフックの付いた縄を取り出し、フックを塀の向こうに放り投げる。フックが何かに掛かり、引っ張っても外れない事を確認したロニーは、素早く縄を登って慎重に塀の向こうを確認する。
濃い雲の合間から差す弱い月明かりの下、手入れの行き届いた芝生の庭が広がっている。
人影も異常も無い。徐々に顔を濡らす雨粒が増えてきた気がする。急がねば。
塀の上に跨がってマーシアを手招きすると、彼女は慣れた感じで縄を登ってきた。縄を上るのは少し苦労するかもと思ったのだが。
「どうしたの?」
マーシアが、きょとんとした顔でロニーに尋ねた。
「え? ああ、君が縄を簡単に上ってきたから、ちょっと驚いたんだ。ゴメン」
「ああ」塀に乗ったマーシアが、納得した様な顔で微笑を浮かべた。「あたし、昔は曲芸師目指してたのよ。だから、このくらい簡単」
「そうなんだ……じゃ、行こうか」
マーシアが頷き、ロニーは縄を巻き上げて回収した。二人の姿が塀の向こうに消える。
「どうしよう……本当に行っちゃった……すぐアリシアに知らせないと!」
風精霊が不安げに独り言を漏らし、姿を消して一陣の風となって飛び去った。
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