第8話

 声の主を見ると、先程、ロバートからアリシアと呼ばれていた女性だ。

 彼女は、胸の辺りまで伸ばした明るい茶色の髪を持つ、ロニーと同じ位の背丈の美女。スタイルは抜群で大人の色香を豊かに湛え、とても傭兵には見えない。

 どこか有名な劇場の、女優とでも言われた方が納得できる。

 白い肌と長く尖った耳をしているので、多分エルフと呼ばれる種族だろう。年齢は、人間で言えば二十代半ば位に見えるが、エルフ族なら人間より遙かに寿命が長いため、真の年齢は分からない。

 二本の短刀を腰に下げ、服の上に薄手の外套を羽織っている。多分、魔術師なのだろう。

「あ! もちろん、あたしもやるわよ」

 アリシアと共に縛られていた、若い女性が手を上げた。

「あんな悪党共に、やられっぱなしなんて嫌だし!」

「アリシア、マーシア……ほ、本当に、やってくれるのか? 奴らの場所も探せるんだな?」

 セオが、感極まった様に声を震わせたが、すぐにハッとした様に表情を改めた。

「……だが、あんたらだけではダメだ。あんたらみたいな若い女が、万一、奴らに捕まったら、どんな酷い目に遭わされるか……万全を期す為にも、もう何人か腕利きがいた方が良い」

 アリシアが、マーシアに何か言いたそうにしている後ろで、ロバートが、ふと何かを思い出した様にロニー達を見た。

「そう言えば、警備局は奪われた品物の奪還なんてのも請け負ってるって聞いたが……君達、本当なのか? 請けられるなら君達に頼めないか?」

 ロバートが、ロニー達を真剣な眼差しで見つめたが、フィル達は申し訳なさそうだ。

「ええ、そういう依頼も請けてます……でも、残念ですけど今朝お伝えした様に、オレのチームは明日からレンストンで仕事があるんでちょっと……すみません」

「あ……そうだったな……すまない」

 フィルの申し訳なさそうな顔で、ロバートも思い出したらしい。すまなさそうに謝ってからロニーを見た。

「……さっき、ロニー君は六等級ってフィル君から聞いたんだが、そうなのか?」

「はい」

 ロニーは、身分を示す認識票を、歩いてきたロバートに見せた。

「六等級なら、結構な腕利きだそうだが、怪物の巣に潜入して討伐とか奪還も?」

 認識票を見たロバートが、ロニーを真剣な眼差しで見た。セオも立ち上がって、ロニーの認識票をロバートから受け取って見ている。

「え、ええ何回も……今も猪人オーク共の巣窟を殲滅した帰りですし……」

「え? まさか……まさか君一人で、そんな危ない事をやったのか?」

 ロバートが、驚いた様に目を丸くする。

「はい……僕はチームを組んでないですから、いつもの事ですし相手が猪人オークでしたから」

 ロニーとしては、特段変わった事をしているつもりは無い。鍛錬を積み、警備局ネストが支給する特別な装備があれば、猪人オークや野盗程度なら巣窟の殲滅や奪還は難しくないと思う。

 実際、他人と関わる煩わしさが嫌になって、単独で行動する警備局員ヴァルチャーは他に何人か居る。

「ロニーさんって言うのか? 無理を頼んで申し訳ないが、引き受けて下さらんか? 金なら払う。無理を頼む分、規定の料金の三倍、いや五倍払う。他に必要な経費があれば、それもワシが全部出す! アリシア達と一緒に銀灰ぎんかいを奪還してくれないか? この通りだ!」

 セオが、ロニーに詰め寄って頭を下げる。

「ご……五倍? そんなに貰えるなら、今月の支払いが楽に……」

 常々、毎月の返済をどうするか頭を悩ませていたロニーは、思わぬ朗報を前に、つい口から本音をこぼしてしまった。セオがロニーの手を両手で握り、懇願する様に尋ねる。

「金に困ってるのか? 今月幾ら居るんだ? 言ってくれ! 金額にもよるが、奪還してくれたら今月分とやらはワシが払わせて貰う!」

「……金貨七十枚です……先月分と併せて、今月末にそれだけ払えないと剣闘奴隷に……」

 ロニーの表情が暗くなった。実際、もう残り半月なのに、まだ支払いのメドが立っていないのだ。奴隷落ちは目前に迫った危機と言って良い。

 熱くなっていたセオは、金貨七十枚と聞いて少し頭が冷えたらしい。表情が曇る。

「……金貨七十枚か……安くないな。だがロニーさんは、それが払えないと剣闘奴隷に売り飛ばされ、ワシは納期までに納品出来ねば首を吊らねばならん……そうなればロバート達や、その家族も路頭に迷う……」

 セオは、しばし真剣な表情で思案し、何かを決意したかの様に重々しく口を開いた。

「……分かった。納期までに銀灰ぎんかいを奪還してくれたら、君の返済日の前に金貨七十枚をワシが耳を揃えて払わせて貰う。どうだろう?」

「……本当に、良いんですか?」

 ロニーの驚いた様な問いに、セオは重々しく頷いた。

「ああ。これでワシとあんたは一蓮托生。あんたらが失敗すればワシも未来は無い。お互い未来を開く為には、こうするしか無いだろう?」

「分かりました。喜んで、やらせて頂きます。有難うございます」

 ロニーは即答して深々と頭を下げた。選択肢は無かった。

 アリシアは、先程からロニーとマーシアに何か言いたそうな素振りだったが、セオの言葉を聞いて彼の顔を立てたのか、もう何も言おうとせず、ロニーに静かな口調で話し始めた。

「話は決まったみたいですね」彼女は、懐から身分証らしき金属のカードを取り出してロニーに示した。「私はアリシア。タイレル傭兵団の少佐で、精霊と白魔法を使う魔術師です。そして、あの子はマーシア。私の娘で精霊を使う剣士です。所属と階級は同じタイレル傭兵団の少尉。短い間ですが、よろしくお願いします」

 重要な商いの護衛が二人なのは変だと思っていたが、彼女達が精強で有名なタイレル傭兵団所属と知って納得した。大手の傭兵団で、雇う金は高いが腕利き揃い。それに怪物や野盗等の出現を掴むのも、警備局と同じ位早いらしい。

 給与は高いが求められる技量も高く、雇用契約を望む者は多いが、採用されるのは難しい。

 その上、契約期間満了前の退職は、膨大な違約金を払わねばならないらしい。

 そのタイレル傭兵団の少佐なら、実力は折り紙付きだろう。少尉も実力はロニーと同等か、やや劣る程度と見て良い。

 アリシアの横にマーシアがやって来て、二人一緒に軽く頭を下げた。

 マーシアは、ロニーより少し背が低い。年は二十歳位で白い肌を持ち、亜麻色の髪を肩下まで伸ばしているが、左のこめかみの辺りの髪だけが黒い。

 服の上に胸当て鎧を纏い、刀身が大きく湾曲したショーテルという剣と、盾で武装している。

 彼女も、男を振り向かせるに十分な可愛さと、アリシアより少し控え目だが良いスタイルをしている。

 アリシアはマーシアを娘だと言ったが、マーシアの耳は普通の人間の物。たまに見るハーフエルフの様な中途半端な長さの耳では無い。何かあるのだろうが深入りは無用だ。

 アリシア達の挨拶を受けて、ロニーもセオから戻ってきた認識票を彼女達に見せた。

「僕は、アガレア国立警備局こくりつけいびきょくの六等級警備局員ロニー。剣と雷系の白魔法を少し使います。よろしくお願いします」

 ロニーも軽く頭を下げた。

「よろしくね。ロニー君」マーシアが、軽い口調で返事を返してアリシアを見る「じゃあ、母さん。あたしの精霊に行って貰おうか?」

「そうね、お願い」

「了解! 出でよ風精霊アネモス

 マーシアが言葉と同時に、彼女の顔前にマーシアの頭の高さと同じ様な背丈の、背中に羽を生やした薄緑色の小人が現れた。ロニーは、初めて見るそれに驚きを隠せない。

「……え? それ、何ですか?」

「あたしが契約してる風の力を操る精霊よ。見るの初めて? ま、精霊使いは珍しいからね」

 風精霊アネモスの姿を見るに、どうやら少女らしいが体全体が薄緑色な為、表情などの細部は分からない。フィル達もやって来て、初めて見るであろう風精霊アネモスを興味深げに見ていた。

風精霊アネモス、さっきあたし達を襲ったサイッテーな奴らを覚えてるでしょ? あの盗人ぬすっと達の後をつけて隠れ家と銀灰ぎんかいの場所を突き止めてくんない? 一泡吹かせてやるんだから!」

「分かったわ」

 風精霊アネモスが、少女の様な声で喋った。

 改めて驚きの声を上げるロニー達をよそに、風精霊アネモスがスッと姿を消す。

 その直後、一陣の風が巻き起こり、その風は賊が去って行ったであろう方向へ吹いた。

「この辺りで、あれだけの盗賊が潜める町ってレンストンしか無いと思う。後は精霊に任せれば良いわ。ロニーさん、場所が分かったら騎士団への通報とは別に奪還作戦を考えましょう」

「はい」

 アリシアの言葉を聞いたロニーが、セオに優しく語りかけた。

「では、奪還に向かいます。セオさん、危険な事は僕達がやりますから待ってて下さい」

「すみません皆さん……どうか、お願いします」セオは深く頭を下げたが、急に何かを思い出した様に頭を上げた「ああ、言い忘れた。無事に奪還してくれたら、アリシア達にもちゃんと金貨七十枚ずつ払わせて貰う。報酬をロニーさんだけって事は出来んからな。だから、皆で力を合わせて何とか奪還を……お願いします」

 セオと若旦那とやらが改めて頭を下げたが、アリシアは戸惑った様にセオを見た。

「あ、いえ私は別に……」

 アリシアの声を、セオが止めた。

「アリシア、危機を救ってくれた恩人に礼を欠かすなどワシには出来ん。良かったら、上手くいった時はぜひ受け取ってくれ。金は、あって困るもんじゃないだろう?」

「……分かりました。では、その時には有難く」

 アリシアが、優しい微笑を浮かべて答えた。本音は分からないが、これ以上固辞してセオの気持ちを傷付けるのを避けたのだろう。

「おやっさん、良かったら、そろそろ出発しませんか? どうも一雨来そうです」

 ロバートの言葉を聞いたロニーは、空を見上げた。空の雲が一層低く垂れ込めた様な気がする。下手するとレンストンに着く前に雨になるかも知れない。

「ああ……じゃあ行こう」

 セオと若旦那が、肩を落として馬車の御者台に戻っていく。御者台に戻ったセオを見て、ロバートがロニーに小走りで近寄ってきた。

「ロニー君、すまんな。奪還依頼の契約はレンストンの警備局本部に行ってから、させて貰うよ。難しいだろうが何とか取り戻してくれ。頼む!」

「はい」

 ロニーの前で、セオが馬車を引くロバの手綱を握り、ロバを歩かせ始めた。

「ロニーさん……美味しい仕事にありつけたっすね」

 自分の馬に向かうロニーに並んだフィルが、羨ましそうに小声で言う。

「……どうかな? セオ商会の極秘情報の入手から襲撃まで、そつなくやってのけた連中だろう? 三十人以上の大盗賊団らしいし、油断出来ないと思うよ?」

「……そうですかねぇ? ま、成功を祈ってますよ、先輩!」

 少しも気を緩めていないロニーに、フィルは少々納得できない様だったが、すぐに軽い口調に戻り、自分の馬へ走りながら仲間への指示を出していく。

 低く垂れ込めた雨雲の下、年季の入った古い荷馬車が、山道を軋み音を立てて進んでいく。

 ロニー達も乗ってきた馬に跨がり、荷馬車の護衛に当たった。

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