第7話

「なぁ、ロニーさん、その件で、ちょっと気になる事があるんだけど……」

 フィルが、山賊にしては立派な装備を纏う、仰向けの死体を指さしながら訝しげに尋ねた。

「あいつの顔、手配書で見た覚えないかな? あった様な気がするんだよな……」

 男の顔を見て記憶をたぐったロニーは、その顔というか特徴に思い当たった。アイク達の村に行く道の安全確認の為、警備局で、局員が最近遭遇した野盗や怪物の報告一覧を見ていたせいだ。

「多分……最近、この辺に流れてきた黒鷲団じゃないかな? 右目の眼帯と顔の傷が親分の手配書と一致すると思う」

「あ! そうだコイツ、黒鷲団の親玉だ! 道理でちょっと手強いと……」何かを思い出した様に手を叩いたフィルが、ロバートを見た。「悪名高い黒鷲団が、行商人を見逃すなんてありえないぜ。セオさんは、こいつらが諦めるほど大勢の護衛を連れてたんですか?」

「い、いや……あまり仰々しく護衛を引き連れると、かえって目立つだろう? だ、だから傭兵団に紹介された腕利きを二人連れているだけだ……敵が十人位なら二人で倒せるって」

 フィルの問いに、ロバートが狼狽えた様に答える。

「じゃ、黒鷲団が見逃すなんてあり得ねぇ。こいつら、金になりそうなら片っ端から襲って殺すってんで有名だぜ。こいつらがここに居て、セオさんが無事に通れる訳がない」

 フィルの言葉を聞いたロニーの心に、警鐘が鳴り響く。これはおかしい。

「……多分、黒鷲団は誰かに雇われたんじゃないかな? 何者かがセオさんを襲撃する間、誰か来たら邪魔が入らない様に足止めしろと……情報が漏れてたなら、セオさんの荷馬車の特徴とかもバレてるだろうし、セオさんだけは通したんじゃ……」

 それを聞いたロバートが、顔を強張らせながら唾を呑み込んだ。

「フィ……フィル君、ロニー君……い、急ごう! 何とかしないと!」

「皆、行くぞ! 死体漁りは止めだ! 賞金が出るから親玉の首だけ貰え!」

 ロバートに促されたフィルが、仲間の方を見て叫ぶ。指示を聞いた彼の仲間が、山賊達の死体からめぼしい物を漁るのを止め、叩き切った親玉の首を入れた袋を手に馬に戻っていく。

 全員が馬に乗った事を確認したロニーは、フィルと共に集団の先頭で馬を駆り始めた。

 馬を走らせ始めて一分ほど経った頃だろうか? 曇天の下、崖と谷の間の狭い山道を進むロニーは、遠くから微かに聞こえる音に気付いた。

「……この音は……角笛か?」

「……そうだな、多分、黒鷲団への合図じゃねぇか? 今から襲撃か退却だろうな!」

 ロニーの問いかけに、フィルが答える。

「フィル君、急ごう! まだ間に合うかも知れない」

「了解っす!」フィルは後ろを見た。「ロバートさん! バズさん! 今から飛ばします!」

「頼む!」

 ロバートの叫びを聞いたロニー達は、さらに速度を上げる。五分ほど馬を走らせると、小さな荷馬車が見えてきた。その周囲に数名の人影が横たわっている。

「あれは、おやっさんの馬車! おやっさん!」

 後ろのロバートが、叫び声を上げた。

 荷馬車に着いたロバート達とフィル達が、もどかしそうに馬を下りる。

 ロニーは周囲を見回し、異変や山賊の気配が無い事を確認してから馬を下りた。

「ロバートさん? 良かったわ! この縄、解いて下さらない?」

 ロバートの声に気付いたのか、横たわったままの若い女性が苦しそうに声を上げた。他の人々も、モゾモゾと体を動かし始める。全員、手を縛られているだけで無事な様だ。

「分かったアリシア! みんな、手分けして縄を切ってくれ」

 ロバートの指示を受け、ロニー達は横たわる人々を縄から解放していく。

「ロバート……お前達が、どうしてここへ……」

 縄から自由になり、力無く立ち上がった老いた男性が、憔悴しきった顔で訝しげに尋ねた。

 恐らく彼がセオだろう。白髪に覆われた頭と、日焼けした肌の痩せた小柄な老人だ。

 気落ちしているせいか酷く背中が曲がり、言葉にも力が無い。

「おやっさんに危険が迫ってましたので、護衛に来たんです……間に合いませんでしたが」

 無念そうな顔のロバートが、姿勢を正した。

「……おやっさん、この前、帳簿に怪しい所があると報告したでしょう? 指示通り内々に調査を進めて、店の金に手を出してた奴を見つけたんですが……そいつが、店の情報を売っていた事を吐いたんです……」

「……金だけでなく、店の情報もだと……? 犯人は……やはり経理の……?」

 憔悴しきっていたセオの目と声に、静かな怒りの色が浮かぶ。

「……ええ、ヘイニーでした。博打に入れ込んで借金が嵩んでたようで……首が回らなくなった挙げ句、闇の金貸しに紹介された奴に店の情報を売っていた様です……」

 ロバートの話を聞くセオの顔が、みるみる険しくなっていく。

「まさか、店の情報まで売ってるとは思わなかったんで問い詰めたんですが、奴は今回の商いと運送計画の情報まで売ったと……重要な品だったんで万一を考えて、急いで護衛を雇って駆けつけたんですが……すみません」

「……ヘイニー……あの……バカモンがあっ!」

 頭を下げるロバートの前で、小柄なセオが、その体のどこから出せるのかと思う様な大きな怒鳴り声を上げた。

「……ヘイニーが吐いたのは、それだけか?」

「はい。吐かせたい事は色々あったんですが……少し、目を離した隙に首を吊りまして……」

 ロバートが申し訳なさそうに呟いた途端、セオは、やるせなさと怒りの混じった様な顔を浮かべて地面にへたり込んだ。

「元気を出して下さい。おやっさんと若旦那が生きてただけでも来た甲斐がありました。山賊に襲われたんじゃ、みんな殺されたかと……アリシアとマーシアも、よく無事で」

「あの、クソッタレのお陰だよ」セオが、吐き捨てる様に言う。「あのクソッタレ共が大勢で押し寄せてきてな……崖の上と前後から挟み撃ちを喰らったわ。アリシアが術で賊が来るのを察知してたんだが、この崖の細い道で包囲されてどうにもならんかった。ざっと見て三、四十人はいたから、お前達が来てくれても……」

 そこまで言って、セオは少し項垂れた。

「あいつら……ワシが善良な商人だから、積荷を半分だけ渡せば手は出さんって言ったんだ。だからアリシア達には何もさせず、やむなく積荷を渡したが……くそっ!」

 セオの目に涙が浮かび、それが頬を伝っていく。

「くそおっ……助かりはしたが、ワシは、あの銀灰ぎんかいが無いと支払いが出来ん……破滅だ……あの畜生めえっ!」

 セオは、山賊共を恨みの籠もった口調で罵り、悔しさのあまり恨み言を吐きながら地面に何度も拳を叩き付け、遂には地面に突っ伏して声を押し殺して泣き始めた。

 ロニーは、悲嘆に沈む彼が気の毒で掛ける言葉が見つからなかったが、このままでは何も解決しないし、対策を取るなら早い方が良い。意を決してセオに近寄った。

「……セオさん、すぐに騎士団に通報しませんか?」

 セオが泣くのを止めて、ゆっくりと顔を上げた。皆が一斉にロニーに注目する。

「奪われた大量の銀灰ぎんかいが、危ない組織に渡ればどうなるか……治安を預かる騎士団が放っておく訳がない。捜査は優先で動いてくれると思いますよ」

「……そう……だろうか?」セオの目に一瞬希望の光が宿った様に見えたが、彼は再び力無く項垂れた。「……いや、ダメだ……納品期限は十日後なんだ。騎士団がそれまでに奪還できるかどうか……それに、奴らがバラバラに売り飛ばせば奪還出来ないだろう?」

「……それは……」

 ロニーは言葉に詰まった。騎士団が賊の隠れ家を突き止め、奪還するのが何時になるのかなんて誰にも分からない。襲撃者は、事前に情報を得て計画を立てた周到な奴らだ。奴らも騎士団が動く事位は想定しているだろうし、奪った銀灰ぎんかいを金に換える算段もついているだろう。

 それに奪還出来たとしても、商人は、納品が間に合わなかった場合、納期遅れが招いた損害の賠償として、罰金を払ったり値引き等をせねばならないと聞いた事がある。

 そうなっても、状況によっては支払いが出来ず破滅するし、無事に済んだとしても納期という約束を破った信用の失墜は痛いだろう。

 次の言葉が続かないロニーの横へ、誰かが歩いてきて屈み、セオに優しく声を掛けた。

「セオさん、私が取り戻してきます。奴らの居場所はすぐ分かりますし、あの程度の賊、さっきみたいに包囲されなければ、眠らせるなり麻痺させるなり簡単ですから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る