第一章 商人と盗賊

第6話

 翌日、ロニーは朝早く馬に乗ってアイク達の村を後にした。

 村に来る為に、貸し馬屋で借りたこの馬は、今日中に返さないと延滞料金が掛かる。

 それに、早く国立警備局ヴァルチャーズネスト本部のある首都レンストンに戻って、新しい仕事にありつきたい。

猪人オーク討伐って話だったのに、ジャイアントワーム討伐になるなんて……もしワーム討伐で請け負えてたら、結構なお金になったんだけどな……)

 アイク達は、猪人オークだけで無く村の近くに来ていたワームまで退治してくれた事で痛く感謝してくれたが、ロニーの心は複雑だ。

 ワーム討伐は一人では請け負えないので仮の話だが、もしワーム退治の料金を受け取る事が出来れば、ロニーが抱える莫大な借金、義手制作費の今月の支払いは幾分楽になっただろう。

 だが、警備局ネストは、アイク達との契約で猪人オーククラスの怪物退治の金額を受け取っている為、強い怪物が出たからと言って支払いの増額は認めてくれない。この仕事をしていればたまにある事だが、これは勘弁して欲しい。


「はぁ……今月も厳しいな……」ロニーは、沈んだ表情でこぼした「今月は金貨を七十枚も払わないと……どうしようかな……今月も支払えなかったら、今度こそ剣闘奴隷として売り飛ばされる……はあぁ……」

 ロニーは、馬上で大きなため息をついた。馬はロニーの心を知ってか知らずか、ノンビリと歩いている。早く首都のレンストンへ帰りたいが、馬を疲れさせて動けなくなるのも困る。朝から速歩はやあし常歩なみあしを繰り返しながら、ずっと今月をどう乗り切るか頭を悩ませていた。

 これまで、借金を踏み倒して逃げようかと思った事も何度かある。

 だが、そんな事をすれば義手の調子が悪くなっても工房に行けなくなるし、それに、こんな目立つ義手をしていれば逃げても発見されるのはすぐだろう。

 この義手は、腕の良い警備局員ヴァルチャーだった両親が生きていた時に作ってくれた。

 両親が生きている時の支払いは余裕だったが、両親共に病死してから支払いに苦悩する日々が続いている。

 空を見上げると、ロニーの心を写す様に、どんよりとした低い雲が厚く垂れ込めていた。

(少し急がないと、レンストンに着く前に雨が降るかも知れないな……)

 山道で疲れさせない為に、馬をしばらく歩かせていたが、休みもそろそろ良いだろう。

 馬を少し走らせようとした時、微かに怒号が聞こえてきた。耳を凝らすと剣戟の音も聞こえる。音は道の先の方からするが、何も見えない。この山道を進むと、もう少しでレンストンへ続く街道に出る。恐らく、その合流地点辺りだろう。

 ロニーは馬を全力で走らせた。野盗や怪物に襲われる民間人を救助し、それを警備局ネストに証明して貰えれば警備局ネストから報奨金が出る。これは国立警備局こくりつけいびきょく禿鷹共の巣ヴァルチャーズネストと蔑まれる現状を改め、少しでも印象を良くしたいという上層部の考えで決まった事らしい。

 今は少しでも金が欲しい。それに、民間人が襲われているなら見捨てる訳にはいかない。

 懸命に馬を駆ると、遠くで数十名が乱闘を起こしているのが見えてきた。ロニーは、一旦、傍の木の陰に隠れ、背嚢から自分の遠眼鏡を取り出して様子を覗う。

 争っているのは、粗末な武具をまとう十数名の人間と、慣れない武器を振り回している様に見える民間人らしき人物が二名。それと民間人の護衛と思しき人物が五名だ。

 よく見ると、護衛と思しき連中に見た事のある顔が数名いる。警備局ネストの連中だ。ならば、彼らの戦っている相手は山賊か何かだろう。

 次いで、山賊らしき数名が、弓を手に街道の横の小高い崖の上に回り込もうとしているのが見えた。上から民間人と警備局員ヴァルチャー達を攻撃する気だ。警備局員ヴァルチャー達は少人数で善戦しているが、頭上を押さえられれば形勢は一気に悪化する。

 ロニーは馬を駆り、丘の上へ回り込もうとしている賊へ向かった。この山道から森を通って回り込めば彼らの側面を急襲できる。

 彼らを視界に収めたロニーは、腰に下げたスタンロッドを構えた。馬の駆ける音に気付いたのか、崖の上の男達が、狼狽した様にロニーの方を見て矢を射かけ始めたが、森の木々に隠れる様に馬を進めているせいで、矢は木々に阻まれて全く当たらない。

 距離を詰めたロニーは、鎖帷子の上にたすき掛けにしたナイフホルスターから、投げナイフを取り出して投げつけた。これはかわされたが、その間に最寄りの男に近づいてスタンロッドでぶっ叩いた。金属製のスタンロッドで力一杯叩くと、棍棒と同じ位効く。

 痺れと痛みでフラいた男が、足を踏み外して悲鳴と共に崖下に落ちていく。ロニーはそれに構わず、すぐに次の目標へ襲いかかっていた。

 大した抵抗も受けずに、崖の上の四人の山賊達をねじ伏せたロニーが崖下を見ると、下も、警備局員ヴァルチャー達が概ね敵を一掃した所だった。山賊の最後の一人が、下の警備局員ヴァルチャーの剣の錆になったのを見届けた時、彼らの一人が上を見上げて、声を掛けてきた。

「あ、ロニーさん? すまねぇ、助かったよ!」

 警備局員ヴァルチャーの剣士が、ロニーを見上げて叫んだ。フィルという男で、年齢も階級もロニーの一つ下。彼と共にいる警備局員ヴァルチャー達は、彼の率いるチームの仲間だろう。

 その近くにいた、精悍な顔つきの三十代後半くらいの民間人の中年男が、フィルと少し話した後、ロニーを見上げた。

「ロニー君って言うのか? 助かったよ有難う! すまないが少し話がしたい。下りてきてもらえないかな?」

「良いですよ! 少し待って下さい」

 ロニーは相手を待たせないよう馬を駆歩かけあしで進ませ、少しして彼らの下に辿り着いた。

「ロニー君、忙しい所すまない。オレは、セオ商会のロバートで彼は部下のバズだ……不躾で悪いが、今、仕事を請け負ってるかな? もし大丈夫なら、今すぐオレ達の護衛をお願いしたいんだが……」ロバートが困り切った顔で尋ねる。「警備局とは後で契約を交わすし、急な話だから、料金はフィル君達と同じく規定の三倍払う。今日だけで良いんだが、ダメだろうか?」

「え? 三倍ですか!」

 思わぬ好条件に、ロニーは思わず顔をほころばせたが、うまい話には何か理由がある物だ。

 面倒事や犯罪に巻き込まれれば、後で厄介な事になる。ロニーは表情を改めて尋ねた。

「……今、手は空いてますから請けられますけど……三倍って何があったんです?」

 訝しげなロニーの問いかけに、ロバートは少し心苦しそうな表情を浮かべた。

「……外に出せない話だから、内密に頼むが良いかな?」

「はい」

「恥ずかしい話なんだが、昨夜、ウチの店の情報が外に漏れてた事が分かったんだ。極秘で進めていた取引の内容もな……今回は重要な商いだから、セオのおやっさんと若旦那が直々に納品に行ったんだが、道筋や日時なんかの機密情報が全部漏れてたんだ……」

 ロバートが、苦虫を噛み潰したような顔で語る。

「おやっさんも護衛を連れているが、今回の品は特別だ。万一、奪われたりしたら店が倒産しかねん。だから今朝から手を尽くして護衛を探したんだが、急な話で警備局の支局にいたフィル君達しか雇えなくてな……」

 そこまで言ってロバートが、深々と頭を下げた。

「頼む! ロニー君、請けられるなら助けて欲しい。一人でも多く護衛がいるんだ」

「……その品物って、一体、何なんです?」

「……銀灰ぎんかいだ。保存箱に詰めた銀灰が六箱」

銀灰ぎんかいが六箱!」ロニーは、驚きで思わず大声を上げた。「それ……レンストンに豪邸が建てられる金額でしょう? 分かりました。お引き受けします」


 銀灰ぎんかいとは、魔法の強化や魔法の力を発揮する道具を作る時に使われる品で、砂利程度の大きさの脆い銀色の物質。警備局ネスト特注のスタンロッド等にも使われている。

 元々採れる量が少なく、金とほぼ同額の高価な品だったが、数年前に最大の鉱山が掘り尽くされ、近年は値段が上がる一方だった。

 銀灰ぎんかいによる魔法強化や道具作成は、悪用も出来る。

 数十年前、テロで貴族の館が吹っ飛ばされ、その時の爆弾が銀灰ぎんかいで強化した物と分かってから管理が非常に厳しくなり、今は流通に関わる者は売買記録を騎士団に届ける義務がある。

 銀灰ぎんかいは、悪用したい者には入手が難しい。闇市場の値段は、正規の数倍という噂だった。


「良いのか? すまない! 何としても、おやっさんを無事にレンストンへ行かせるか、もしくは一旦連れ戻して納品方法を考え直したい。頼むぞ!」

「はい。微力を尽くします」そう言ったロニーの心に、ふと疑問が浮かんだ。「でも、セオさんはこの道を進んでるんですか? この道はレンストンへの街道ですけど、この山賊共が見逃すとは……」

 それを聞いたロバートの顔が、みるみる青ざめていく。気付いてなかったらしい。

「……そ、そうだ。確かにおかしい……おやっさんは、この道を通ってる筈。もうすぐ追いつくって事ばかり気を取られてた……」

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