第5話

「くそっ!」

 大口を開けて襲いかかろうとした怪物に、ロニーは咄嗟にスタンロッドを抜いて、怪物の口の中に放り込んだ。

 鎌首をもたげた怪物が、飲み込んだスタンロッドに驚いて動きを止めた次の瞬間、激しく身もだえして暴れ始めた。怪物が、何かを吐き出そうと口を開けて苦しそうに激しく藻掻く。

 表面からの電撃は、厚い皮に阻まれて届きにくかったが体の中は別だった様だ。人を痺れさせる程度の弱い電気とはいえ、体内からの苦痛は初めてなのだろう。激しくのたうつ怪物に阻まれ、後ろの怪物が近寄れずにいる。

 倒すなら今しか無い。捕虜を放って逃げられないし、下手をすれば表で待つアイク達まで危険に晒す。

(これだけ大きな音を出してるのに、新手が現れる気配が無い。この二匹だけなら……さっき義手を使っただけだし、何とかなるか?)

 ロニーの前で、怪物が苦しそうにスタンロッドを吐き出した。粘液まみれのロッドが地面に落ちる。怪物は苦しそうに粘液を吐き続けているが、動き出すのに時間は掛かりそうに無い。

 いや、鎌首をもたげている後ろの奴が、仲間を乗り越えてくる方が早いか?

(使いたくなかったけど……これしか無い!)

 ロニーは迷いを振り切る様に頭を振り、怪物共を睨み据えて左手を向けた。

「天にまします大いなる裁きの神よ。請い願わくば信徒たる私めに、邪悪を裁く、その偉大なる稲妻のお力を貸し与えたもう」

 天に住むと言われる神々の力を借り、人の力では、なし得ない様々な奇跡を起こす白魔法の呪文だ。詠唱が進むにつれ、ロニーの左手の先に青白いスパークを放つ光の玉が現れ、それが握り拳ほどの大きさになっていく。

「雷撃!」

 ロニーの叫びと共に雷が落ちる様な轟音が轟き、左手から猛烈な稲妻が走る。

 その直後、ドスンと重い物が倒れる音が二つ響いて静かになった。稲妻で少し目が眩んだロニーが視力を取り戻した時、前には黒焦げのワームが二体横たわっていた。

 周囲に焦げ臭い嫌な臭いが立ちこめる中、ワーム共は、もうピクリとも動かない。

 スタンロッドで倒した猪人オーク共も巻き添えを食ったらしく、黒焦げになっている。

 安堵したロニーだが、急に湧き上がってきた激しい頭痛と目眩に襲われて立っていられなくなり、崩れ落ちる様に膝を突いた。

 体内の魔法を使う力、魔力の使いすぎによる疲労だ。これが限界を超えると失神する。

(何とか失神は免れたか……三日ほど、魔法を使って無くて助かった)

 失われた魔力の回復速度は個人差が大きいが、若い内は一晩休めば元通りになる人が多い。

 それに魔力の最大量は鍛えれば上がるのが普通だが、ロニーは魔法の適性が無いらしく、魔力の最大量が低くて回復速度も遅かった。

 雷魔法使いだった母親に、幼い頃から叩き込まれたせいで、裁きの神から力を借りる雷の術を多数使えるが、宝の持ち腐れと言って良い。

「ロニーさん! 大丈夫ですか?」

 屈んで荒い息をしながら、怪物共を見るロニーの下にノーマンが走り寄ってきた。

「……ああ。何とかね」

 雷の術で眩んだ目は、術が神の力による物のせいかすぐに治ったが、魔力切れ間近による頭痛と目眩は治まりそうに無い。

 ロニーは、ウェストポーチから小さな瓶を取り出し、蓋を取って飲み込んだ。

 口の中に、様々な生薬やエキスが混ぜ合わさった苦みやえぐみと、蜂蜜の甘みが広がる。

 魔力を回復させる薬だが、何回飲んでも美味しい物では無いし結構値段が高い。ロニーは、魔力切れ間近から来る頭痛を解消するため一本だけ飲んだ。これで、少ししたら幾ばくかの魔力が回復して体調も戻る。そうすれば魔法を使わない限り普通に戦える。

「……フレッドさんだったかな? 君の弟かい?」

「ええ」

 格子戸の向こうで伸びている少年達を見ながら、ロニーは尋ねた。

「すまない。説得出来なかったから、黙って貰う為にスタンロッドを使ったんだ。あんな大声を出されたら彼らが襲われるからね」頭痛が治まってきたロニーは、体調を確かめる様にゆっくりと立ち上がった。「さ、皆を助けて帰ろう。アイクさんが待ってるだろうし」

「はい」

 ロニーは、ノーマンと共に格子戸へ向かった。牢は狭く、奥行きも四パスル(約一・二メートル)程しか無い。格子戸の鍵は簡単な造りで、ロニーは簡単に鍵を開けた。フレッド達に大きな怪我は無く、ノーマンに起こされて目を覚ましたのは、それからすぐの事だ。

「捕まったのは、皆さんだけですか? アイクさんから捕虜は三人いると伺ったんですが?」

 ロニー達は、残り時間が短くなった姿消しを鎧から剥がして姿を現している。フレッド達は少し疲れた顔をしているが、受け答えはしっかりしていた。

「僕達だけです。エドガーは……逃げる途中に殺されて、猪人オーク共に食われました」

 フレッドの表情が暗い。辛い記憶なのだろう。

「奴らは、僕達も食べるつもりでここに連れてきたみたいですけど……昨夜ぐらいかな? 遠くで何かが崩れる音がしたんです。しばらくしたら猪人オーク共が慌て始めて、遠くから猪人オーク共の悲鳴が幾つも聞こえてきました」フレッドが、仲間と顔を見合わせてため息をついた。「何かが起きたとは思ったんですけど、まさか、あんな怪物が来てたなんて……」

 怖々と黒焦げのワーム共を見つめるフレッドの肩を、ノーマンが優しく叩いた。

「お前達だけでも無事で良かった。ロニーさんに救助をお願いしたけど、皆は全員死んでるだろうって言ってたんだ……何とか、お前達が身につけてた物だけでも、持って帰って墓に入れようって思ってたけど……本当に……お前達だけでも無事で良かった」

 ノーマンの目に涙が浮かんだが、彼は恥ずかしそうにロニー達から顔を背けて涙を拭った。

「じゃあ、すぐにエドガーさんの遺品を探しましょう。この洞穴は、坑木こうぼくで補修してた所があちこちで崩れてた。ワームが適当に土を掘りまくって、洞穴が崩れやすくなってるかも知れない。早くここを出た方が良いと思うから急いで」

 ロニーの言葉を聞いて、ノーマンが振り向いた。

「ロニーさん、食料庫らしい場所に服があったでしょう? エドガーが何を着てったかは知らないけど、多分、エドガーの服じゃ無いかな。お前達は、あいつの服を知ってるか?」

「……はい」

 ノーマンの問いにフレッドが沈んだ表情で答えた。殺された仲間を想うと辛いのだろう。

「では、行きましょう」

 粘液でぬめるスタンロッドを回収したロニーが先導し、食料庫と思しき部屋へ向かう。

 部屋の棚に無造作に置かれていた服は、フレッド達の証言でエドガーの物と分かった。

 棚にあったエドガーの私物も見つけたロニー達は、次いで粗末な壷に無造作に放り込まれていた人骨も発見した。皆は骨に祈りを捧げ、丁寧に布で包んでアイク達の元に持ち帰った。

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