第4話

 ロニーは素早く中に踏み込み、部屋を見回した。死角になっていた部分に猪人オークの姿は無い。それを確認したロニーの動きは速かった。

 即座にスタンロッドを抜いて猛然と駆け出し、無言で最寄りの猪人オークをぶっ叩く。スタンロッドで叩かれた猪人オークが、痙攣して崩れ落ちる。残された猪人オーク共は、それを見ても何が起きたのか分からないのか狼狽えるばかり。姿の見えない襲撃者は初めてなのだろう。

 ロニーのスタンロッドが次の猪人オークを地に沈めた時、ようやく我に返った猪人オーク共が逃げ始めたが、もう遅い。逃げる猪人オークの一匹の横に駆け寄ったロニーは、その猪人オークも地に沈める。

 残るは一匹。人質の方へ走った猪人オークだったが、奴は急に屈んで何かを掴んだかと思うと、ロニーの居る方向へ横薙ぎにそれを投げつけた。

 土だ。それが人の顔の高さ位に横薙ぎに撒かれてロニーの目に入る。次の瞬間、猪人オークが腰に下げた手斧を手に、正確にロニーの方へ走ってきた。

 勝利を確信していたロニーは、自分の迂闊さを悟った。仲間が次々と討ち取られ、残る仲間が無くなれば最後に自分が狙われるのは必然。

 襲撃者の姿が見えなくても、仲間が倒れた時、敵がその近くにいるのは簡単に想像がつく。

 最後の仲間が倒れた時、それに気付いた奴は、倒れた仲間の辺りに目潰しを兼ねた土を撒いたのだ。

 土が遠くまで撒かれた所は何も無いが、何かに当たった所に襲撃者がいると確信して。

「ちっ!」

 ロニーは、思わず小さく舌打ちして飛び退いた。猪人オークの手斧が鋭く空を切る。

 次の猪人オークの攻撃に備え、ロニーは素早く目の土を振り払った。見えにくい目で猪人オークの次の攻撃に備えて身構えたが、猪人オークは攻撃が空振りとみるや、あっさり逃げ出した。

 見えない敵と戦っても勝てないと判断したらしい。何かを罵りながら懸命に走っていく。

 奴を、ノーマンの下に行かせるわけにはいかない。ロニーが駆け出そうとした時、部屋を揺るがす振動と土砂と共に、ドスーンと大きな音を立てて天井から大きな物が落ちてきた。

「ピギャーーーーッ! ギャッ! ギャーーーー……」

 猪人オークのけたたましい悲鳴が轟く。まだ目が見えにくいが、猪人オークが落ちてきた何かの下敷きになった様だ。

「ぎゃあああああーーーーっ!」

「うわあああああーーーーっ!」

 部屋の前後から、ノーマンと捕虜達の驚愕の叫びが轟く。ようやく目の土を完全に振り払ったロニーは、落ちてきた物を見て言葉を失った。暗闇の中、机の上のランプの明かりに照らされ、黒い筒の様な巨大な怪物が、痙攣する猪人オークを頭からゆっくり飲み込む姿が浮かぶ。

 この怪物は、巨大な蛭かミミズの様な姿の獰猛な生物で、名をジャイアントワームという。

 人間も猪人オークも奴の前では餌に過ぎない。厄介さ加減では猪人オークとは比較にならない強敵だ。

 音と振動を察知する能力に優れ、嗅覚も侮れないと聞いた。

 厄介な事に目が無く、視力を頼らない怪物なので姿消しが効かない。

 警備局が討伐に向かわせるなら、対象が一匹でも六等級以上の者が複数いるチームでないと請け負う事を許可しない難物だった。

 ジャイアントワームを見たロニーの心から、この洞穴に感じた違和感が消えていく。

 洞穴の崩落が多かったのも、猪人オークの数が少なすぎたのもワームのせいだろう。

 恐らく、昨日か今日、洞穴がワームに襲われて、猪人オーク共は奴の餌に成り果てたのだ。

 ワームを見て考えを巡らせていたロニーは、状況のマズさに気付いた。真っ暗の洞穴で机のランプが消えたらお終いだ。ロニーは、急いで腰に下げたランタンの照度と蓋を全開にした。

 ノーマンを見ると、彼は怪物を見つめて唖然としている。一般人の彼は、ワームの事を何も知らないかも知れない。対策を教えねば危ない。

「ノーマンさん! 音を出すな! こいつは目が見えない。音と振動で襲ってくるぞ!」

 ワームの注意を引く意味も込めて、ロニーが叫んだ。この怪物は近くに潜んでいた所を、先程ロニーが扉を吹っ飛ばした、大きな音に気付いてやって来たのだろう。

 ロニーの叫びで、ノーマンは正気に戻ったのか片手を上げて合図したが、捕虜達は違った。

「な……なに今の? 何も無いのに声が! やっぱりバ、バケモンだあああーーーーっ」

 少年達が、パニックを起こしている。姿消しを使って部外者に心霊現象と間違われるのは、たまにある笑い話だが、今は静かにして貰わないと困る。

 ロニーは、急いで格子に駆け寄った。

「アイクさんの依頼で来ました。お願いですから落ち着いて!」

「ひ、ひいいいーーーっ」

 小声で語りかけたロニーだが、少年達は怯えて、叫びながら牢獄の後方に後ずさっていく。

 恐怖で腰が抜けたらしい。

「クソッ! 仕方ない!」

 ロニーは説得を諦め、格子からスタンロッドを突っ込んで捕虜達を突いた。

 ロッドで触れた捕虜達がビクビクッと大きく痙攣して、白目をむいて力無く崩れ落ちる。

「ふぅ……」

「フ、フレッドーーーーッ!」

 安堵したロニーは、後ろからのノーマンの悲痛な叫び声に飛び上がった。

(今度は、お前かよ! ……頼むから黙っててよ!)

 心の中で頭を抱えたロニーが急いで立ち上がり、ノーマンに説明しようとした刹那、再び大きな振動が起きたかと思うと、天井を突き破って再び大きな物が落ちてきた。

 今、猪人オークを呑み込んでいる怪物が、もう一体現れたのだ。落ちてきた新手はノーマンの方へ近寄っていく。先の叫びに反応したのだろう。

 自分へ迫る不気味で巨大な怪物を見て、恐怖からかノーマンが力無くへたり込む。

「フレッドは気絶しただけだっ! 死にたくなかったら逃げろーーーーっ!」

 ロニーは、大声で怪物の注意を引き付けるつもりだったが、怪物は近くのノーマンの匂いでも捉えたのか振り返ろうともしない。ロニーは駆け出してノーマンへ向かう怪物にスタンロッドを叩き付けたが、怪物はビクッと小さく痙攣しただけで歩みを止めない。

 この巨体相手では、人を痺れさせる程度のスタンロッドでは止められない様だ。

「うおおおーーーーっ!」

 ロニーはスタンロッドを鞘に収め、大声で叫びながら剣を抜いて斬り付けた。

 このままではノーマンが丸呑みにされる。何とか怪物の注意を引き付けて、彼を逃がさないといけない。怪物の皮膚が厚く、斬撃は深手を与えられない事に気付いたロニーが剣を突き刺すと、怪物は急に大きく仰け反った。

 怪物の怒りに火が点いたらしい。急に動きを止めて、素早い動きで大口を開けて襲いかかって来た。間一髪でロニーは躱して、体勢を整えるべく飛び退いて距離を取った。 

 怒り狂った怪物が、再び大口を開け、口から不気味な粘液を垂らしながら襲いかかる。

 それを躱しながら剣を叩き込んだが、怪物の口の周りを少し斬っただけ。

 襲いかかって来た怪物の向こうでは、猪人オークを呑み込み終えた怪物が、腹を大きく膨らませてこちらへ這いずってきた。一匹でも手こずっているのに、二匹に襲われたら勝ち目は無い。

 もう一度、義手の鉄拳を使おうかとも思ったが、剣を突き刺しても動きが衰えず、大したダメージになっていないのを考えると、効果は怪しいだろう。

 義手の鉄拳は、ロニーが幾つか持つ切り札の一つだが、大きな威力で放つと衝撃で義手が壊れる可能性がある。それに魔力の消耗も大きいので、無駄撃ちは出来ない。

 必死に考えるロニーの前で、再び怪物が大口を開けた。その後ろには猪人オークを呑み込んだ奴が間近に迫っている。

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