第7話 はじまりの章……旅立ち


1937年(昭和12年)7月1日 北海道・札幌市


 梅雨の無い北海道では競馬が開催され、そんなお祭りも過ぎ去って日常が訪れる北海道大学。退屈な講義も苦にも成らず過ぎ去るのはどうしてだろうか、早く仲間を集めて合コンしたい……違うだろう。他にも女友達は出来ていたし? いや高校の同級生だから遭遇したという方がピッタリか。


「あんたたちは男旱(おとこひで)りなんでしょうが、どうかしらコンパに来てみない?」

「う~ん、間に合っています。桜子には意中の男が居るのよね、それに教授の奥さま兼(けん)子守もあるから無理よ。」

「え~いいじゃん、数あわせだもの、会費はさ、み~んなお父様? 違う……男の子が払うのよ?」

「真面な会合じゃなさそう、お断りします。」

「う~ん残念だわ、次は誰がいいかな。」

「その会合はネズミ講じゃないの?」

「違うわよ、沢山の洗剤を売れば自動的にお金が貰えるのよ? これでもう学費を稼ぐ必要は無くなるのよ。」


「あんたたちこそ見なかったと考えていたらバイト三昧だったのかしら?」

「否定はしないわ、女子大生の看板を掲げられるのは十代だけだからね。」


 もし、私が北欧へ行く事が決まっていたらだ、直ぐに飛びついてしまっただろう案件だった。


 事実ネズミ講だった。時期にこの女たちも姿を消してしまうのは、高い買い物をした所為で今では学費と併せて稼ぐ必要が出てきたとか。次の子会員を見つけられなければ負の遺産が重くのし掛かる。


 この洗剤の会員になるには条件があって、押し入れいっぱいになる洗剤を六十五万円を出して買う必要がある。それから新たな会員を探し出せれば自分が買ったように洗剤を買ってもらってリベートを本部から貰える仕組みだ。子会員が洗剤を買えば都度のリベートが入ってくる。


 頂上には三人のトリニニティが居て配送センターを任せて貰えてあり、リベートは常に振り込まれてくる。銭の勘定だけをするだけで生きて行ける人たちだ。儲かるのは上部の人たちだけであり、下々は必死になって洗剤を使って洗濯と家事をするしかなかった。



 この頃の大学は前期の試験は夏休み明けに行われている。気持ち良く夏休みに突入出来ても明ける頃は勉強を始めなくてはならない。そうしないと休みを遊び呆けているから講義の内容なんて覚えてもいない。



 我が形上(かたちじょう)だけの夫から告白を頂いたのだ。イヤだ~……私は杉田先輩のお嫁さんになりますのよ……オホホ……。


「イヤイヤお嫁さんの話ではないよ、本当に霧と智治くんを連れて墓参りに行くと決めたのだよ。ま~他にも行きたいと言う人物が出来てな?」

「あ~麻美!」

「当たらずとも遠からずだな、三浦くんが請けた事なんだが、瀬戸さんが黒い馬を探し出したから捕獲に行きたいと相談を受けたらしい。」


 阿部教授だって三浦教授の本当の目的は知らされていなかった。


「へ~相談を受けて捕獲の仕事も請けたんだ。」  

「どうも通り道だそうで、それで人手を借りたいのだろう。」

「……あ~私も行けるのですか?」


「仕方が無いよ、霧の事を頼みたいんだ。親とはいえども女の子には男に色々と触(さわ)られたくはないだろう。」

「障るではくて……触(さわ)るのですか、あ~それは最大の死亡フラグになりますね、家出娘の誕生でもって捕獲されて親共々新聞ネタに、」

「おいおいおい……待ってくれないか。脅しは勘弁してくれ、ちゃんと連れて行くからさ。」

「にもちもち……おおに歓迎します。」


「荷物持ち……大いに歓迎さ。」


「ギャボ!」

「嬉しいのは解るが費用が足りない、少し稼いでくれないか?」

「はい、家事全般に追加して子守と食事を作りますわ?」

「そう来たか、当然と言えば当然かな。」


「はい♡」


 翌日の私は忙しかった、口が軽く動くものだから夕方のオカ研の部室は全員が集まってきた。ススキノに行く予定の石川くんが来たから驚いたし、杉田先輩は何処かの農機具の修理予定が入っていたと聞いていたんだよね? それに麻美は札幌競馬場へ臨時のバイトに行っていたからか、私は寂しかったんだな。


「失礼しま~す。」


 私は誰が居てもいなくても声を出して部室に入る。そこには……?


「お、早いね~まだ阿部くんは来ていないぞ。」

「お姉ちゃん。」

「ま~霧ちゃん~来ていたんだね、それに教授も。」

「うん、パパに呼ばれた。」

「どうして?」

「お姉ちゃんを連れて帰るように頼まれたよ、どうして?」

「アハハ……桜ちゃんは見透かされているんだ。阿部くんも中々にやるもんだ。」

「え~どうしてですか、私は昨日の続きを早く聞きたくてウズウズしていますのよ。」

「だろう? それで霧ちゃんを呼んだのだろう、おう早く帰れ。」

「イヤです~ブーだ!」


「ゥプっ……お姉ちゃん可笑しい。」

「霧、帰りまっせんわよ。戦争よ。」

「うん、多分だけれどもね、全員が揃うと思うよ?」

「杉田先輩も?」

「うん来るよ、直ぐ後ろ。」


「え”……あ?」

「桜子……邪魔。」

「あ、麻美~?」

「なによ、ドキなさい。」

「どうしたの麻美?」


「私は聞いておりませんわ、桜子だけが……どうしてよ。」

「だって麻美は競馬場に行っていたのよ? 今日は初めて会ったよね。」

「……そうだけれどもね、電話してくれても良かったのに~~~~~バーカ。」


「麻美……誰から聞いたのかしら。」

「地獄耳、誰だっていいじゃない。さ~話しなさいよ、教えなさい。」


「麻美くんは僕と一緒にロシアに行くんだよ、親父さんと他は牧場関係者の数人が集まってね、あの黒い馬を捕えに行くんだよ。」

「えぇ””~~~~~!!」

「瀬戸さんも時期に来るだろう、大人しくしていなさい。」

「は、はい、色々とバラさないでください。よろしくお願いします。」


「ウフフフ……可笑しなお姉ちゃん。」

「霧ちゃんが詳しく話さないからでしょうが。」

「へ~霧ちゃんが~……ね~?」

「いえ違うわよ、私はそうかな~って思っていただけよ。」

「霧ちゃんが教えたの?」


「うん♡」


 霧は力強く笑顔で答えてくれた。


 霧の返事ぐわいから察して、もう麻美はお姉ちゃんへと昇格していたのだろう。


 時期に全員が揃う事になっていたから、揃い次第に阿部教授が今回の事に付いて話しを始められた。馬の捕獲については麻美のお父様から直々に説明があっても、サラリとした内容で流されている。


「あ~実はな、学長の決裁が下りた、下りたのはいいが交換条件があってな、な~三浦くん。」

「そうなんだよ、助教授から教授になってくれって頼まれてな。」

「おめでとうございま~す。」x4

「で、その決済が今日の総会で終わったんだよ。」


 四人の学生は大人の世界の柵(しがらみ)も何も知らずにお祝いの言葉を言う。歩合給が月給になり給料も増えて研究室も充がわれてと、良いこと尽くめですよね?


 でも実際には学内の派閥に加わる事にも繋がるし、東京などで行われる教授会にも強制的に参加を要請される。そこで国会議員に扱き使われて……イヤな思いをしなくてはならないとか。老害の教授らには長距離移動や夜行列車に乗らされるのが苦痛らしいのだな。オマケに国会議員との会合も開かれるとなれば嫌がるのも頷ける。


 学内の派閥に加わる、これこそが本当の意味なんだろう、学長の存亡が派閥の人数に掛かっているのか?





1937年(昭和12年)7月7日 北海道・札幌市


*)動き出した……陰謀


 もうすぐ心騒ぐ夏休みだが我らオカ研に休みは無い。学生に対する旅行申請は明日に学長の許可が下りるので決まったようなもので、出立日は八月一日に決まったというか両教授がすでに決めていた。皆で騒いで討論して来たが両教授が申し訳なさそうに、頭は下げずに教授会の出席で東京に行った序での手土産を提げてきた。


 紛らわしい……。



 理由はこうだ、三十一日が大学のお給料日だから七月中には出発出来ない。かく言う私もそうなのであって、阿部教授のお給料が出ないとお手伝いのバイト料が入らない。下宿代は相殺されてはいるが、これはこれで結構実入りがいいバイトなんだな。


「闇バイトだから確定申告は不要だぞ?」


 と冗談のように言う阿部教授なんだが、ニコニコとして話す理由は私こと桜子にも実家からの仕送りがさ、阿部教授へと振りこまれていたとは。これならば申告は要らないはずよ、でも知ったのは私が四人の子持ちになってからなんだよ、酷いよ~お母さん。



 大学の派閥の事は知らないし学生には見えないものだからね。


 この教授会に行かせる人員が居なくて阿部・三浦助教授を急遽教授へと昇格させたらしい。そう考えないと私としては二人して教授に上がる事は考えられない。この二人を上京させたのは学長と言うよりは第三者の意向が働いたからだ。若しかしたらだよ、面接とかを兼ねた教授会だったかもしれない。



 二人の教授からしたらお給料が数倍にも上がるから嬉しいと言うものの、多くの柵(しがらみ)も同じように増えるからイヤだと言いたいらしい。だって自由気ままに振る舞われないと言うではないか、それでいて薄給に生活が汲々としないのは、三浦助教授と共に親が残した財産があり自由に使う事が出来たから。


 東京で開催された教授会の内容なんて興味が湧かない。だってさ、目の前に人参をぶら下げられた馬の発情と同じ状態だったからね、誰が内容の云々なんて気がつくのさ。


 白川さんが二人の教授に示されたのは、ロシアへの航路とシベリア鉄道等の政治的実情などであったが、どうして第三者がエストニアへの旅を支援するのかね~?


 パスポートなんてものは揃って写真写りを済ませれば降って湧いて来た。お互いが見せ合いっこすればブスな写真をからかって笑い合ったものだ。それに、普通に一週間でパスポートが出来る訳がない。




 少し日にちを遡る。


 阿部助教授から教授昇格の内定を貰ったよ、と聞かされた時のことだ。


 あの日はニコニコ顔で帰宅されたものだから、顔に出る性格のお父様だ、きっと良いことが起きたに違いなからとね、晩ご飯の時にお酌しながら尋ねたんだ。最初はニコニコしながら言う言葉ではない、実はイヤなんだよ~と言うんだからバッカじゃないの?


「顔と口で言う事が釣り合っていません。」

「あは~そうかい?」

「パパ~……変。ママは要らない。」

「霧ちゃ~ん、桜がいるからだよね?」

「ううん、麻美お姉ちゃんが出来たからだよ。」


「ウゲッ!」x2


  ここは素直にお父様には教授になって頂かないと、私の利点も降って湧いてこなくなる、困るわよ。さ~畳掛けの開始だ~!


「霧ちゃん、パパが教授に出世するのよね~。」

「パパが偉くなるの?」

「そうよ~霧ちゃんも嬉しいよね~。」

「うん嬉しいー!」


 小さな天使を我が味方に引き入れたら強いくなれる……そんな我が家だな。自分の家ではないが実質はもう我が家と同じ、旦那さまがいて可愛い子供もいて~私は大学生で主婦と同じだ。これだけで漫画の主人公にもなれるキャラクターだよ。


「お給与が一番大事なのでは?」

「いや~自由が一番さ。」

「私のお給与も上がる事を期待したいです、霧ちゃんだって教授にだって服は買いたいですよね?」

「いや俺は数着もあれば充分だがな、はは~ん……さては自分だけでは買いにくいんだね。」

「霧ちゃんは直ぐに大きくなるのですよ? それなのに小さくなった着古しを私に手直しさせて……継ぎ接ぎだらけの服を霧ちゃんに着せると言うのですね?」

「あ、服の代金は別にだす。」

「始めから教授になればよろしかったのに。」

「いきなりは無理だろう、縁故採用でも若いから出来ないんだよ。」

「科目が特別過ぎるのも……考え物ですかね教授?」

「いや~そうだろうね~考古学なんて流行らないよ。」


 いや? 阿部教授の看板は何に対しての教授なのかが不明だ。ドイツ語がメインでありロシア語はゼミだし、民俗学は選択科目でもありながら役に立たない科目だよ。するとドイツ語だという消去法で決めてもいいのいだろうか。


「教授昇格おめでとうございます。」

「あ?……ありがとう。」

「それで肩書きはなにになるのでしょうか? 新しく考古学でも始めるのですか?」

「あ?……そう言えば何でかな、語学で教授は可笑しいか、アハハ……。」


 人を喰ったような言い方に残念ながら疑問は湧かなかった。


 まだまだ他にも蠢く要因が隠されていたし、鍵を握るのは赤バイに乗って現われた人物に他ならない。二人を教授に据えるという……その代償としては赤バイの寄付は小さいが?


 その人物は苫小牧の近くに演習林という名目で多大な広さの原野を寄付してきたのだった。勿論、国有林の払い下げという名目は付いていても、国がタダで国有林を手放す筈が無い。北大としても喉から舌が出る程に甘い蜜、欲しい原野だった。これからの北海道を担う林業の逸材を育てて野に放ちたい?……らしい。


 樹木を育てるなんて時間は、それこそ人が生まれて死ぬまでの長い時間を使って研究する、とても気の長い話しである。切る林業の演習林は切れば終わるし、その後は植栽すれば新しく育成の研究も始まるものでもあるが。


 クラウドファンディング募集……ロシア語由来の外国語は何を意味しているのか?




 教授会……意外にも面倒な役職らしくてなり手がない。第一の目的が学長に対して意見を述べて具申する、これを皆さんは嫌がる。ならば……学長と仲の良い教授は? どうも阿部、三浦氏を推す教授陣が多く居たとか。この春には三人の教授が退職もしていたので丁度良い? 学長に嫌な提案をしたら睨まれて昇級が少なくなる。


 あ、昇給だったか!


 すると何だ、あの千円はこの二人の買収費? いや懐柔資金だと考えたら「ドンピシャリ」か! しかしだ学長の方はそのような理由であっても二人には伏せておいて、今度の旅費に充てればそりゃ~喜んでくれると打算が働いたかもね。学長は苫小牧演習林の使い道を教授陣に諮って考えたいからか? 邪魔な二人には学内に居て欲しくはないはず。


 そこは追い出す絶好のチャンスだった訳で、鼻と勘の良い両教授は原野が同時期に払い下げられていた、と知れば追い剥ぎを生む事に繋がる事だろう。



 資金の出所はと勘ぐれば、何処かで研究費を集めてきたか、校舎新築の裏金か? そんな事とはつゆ知らず阿部教授はニッコリとしてその千円を時期に持ってくる。出処(でどころ)は警視庁の白川さんなのだがそんな事は誰も知らない。


 何月何日の札幌競馬の馬券は***を買いなさい……とか? クラウドファンディングの出所(でどころ)がそかい!



 何なのよ? このサークルは。




 

 1937年8月1日はシベリア鉄道経由による欧州への国際連絡運輸が再開される日であり、七月中の出発は出来なかったかもしれない。ロシアの国際情勢が不安定で両教授は皆の旅行の安全をとても心配していたからだよね。



 給料のひと月分だけで出立に影響するはずはないと、考え切れない私たちが未熟なだけだ。私たちの身の安全も確保しておかねばならいとか、私としてはそんな裏方の仕事なんて気がつきもしなかった。船だって客船が出ている訳でもない、ロシアに行く航路は無いからね。だから貨物船を探す必要もあってか、計画もフン詰まっていたのがさ、ようやく動き出したわけだ。


 そこも警視庁の白川さんの働きなのだが、そんな事は誰も知らない。ロシアへの輸出は自由に出来ないはずなのにね。ロシアからの馬の運搬だって帰路の船も用意されていたが、そこは北大の学長が~という名目で行われていた。


 無口で若い男性が私たちに隠れて色々な旅行準備の手はずを調えていたらしいが、その人が後々になっての重要な人物へと昇格していく。自称……白川氏の息子だそうだ。




 1939年(昭和14年)9月1日から1945年(昭和20年)8月15日までが第二次世界大戦だから、1937年当時は日本陸軍と中国の部分戦闘が起きていたし、それも七月に入り戦闘も激化していっている。


 ヒンデンブルク号爆発事故はアメリカでドイツの大型飛行船が爆発炎上したものだし、世界中で戦争へ向けた過激な意見が多かった事だろう。ロシアにしてもきな臭い戦闘は起きていたのだから。




 さて旅行の準備に残された日は三週間しかない。話の出なかった石川くんだが出なかった理由があり、講義にも出ていなくて休みが多かったのだ。


 ピンポーン、そうです旅行の軍資金を稼ぎに薄野に行っていたのです。バイトの業種は完全黙秘を貫いているが十日あまりでの稼ぎで路銀が足りるのかしら? きっと綺麗な女の人にお強請りをしていたのだろう。


 その店舗には税務署の署長を始め多くの職員が身分を偽って飲みに来ていた。多くの勘定を作り上げておいて後日になって……?


「これはこれはお客さま、開店前でございますが、明美ちゃんはまだ来ておりません。」

「白川と言います、政務署の方から来ました。今日は査察です、帳簿を拝見いたします。」

「え””……そんな~、囮だったのですか!」

「おい、掛かれ。」

「はい。」x5


 査察で六人とは大層な取り調べになるのか、伊丹さんよ。



 石川くんは資産家のご子息だと言うが資産は持って居なくて、生活費は自分で稼ぐと言う強者だ、ヒモだったか? お母さんの娘が必死になってすすき野で働いているみたいな言い方をしていた。母親は~どうなんだろうね、こうなると立ち入れないや。ヤバイ婚で生まれたのが石川くんだったりしてね。お父さんが有力な政治家で資産があっても、薄野で働く親子には使えないとかかな。


 この石川海斗も実はただならぬ人材だであって、私の孫の相手になるとか? そりゃ~解らんばい。




 さてオカ研では、

 

 阿部教授がにこやかな顔をして部屋に入ってきた。胸まで上げた手には分厚い茶封筒が握り締めてあったの、それには見えない熨斗が私にだけ見えている。


「お~いみんな~大変だ~喜べ~、学長さまが、あの頭の固(うす)い学長さまが軍資金の援助にと千円もの大金を出してくれたぞ。」

「それは学長の給料袋ですね!」

「阿部くん……それは本当か!」

「嘘でしょう、学長の給料袋は立つ程に分厚いんですよ。」


「ウソ~!」x5


 キャッホーとみんなは大きい声を上げて喜んだ。スッカリと買収されて喜んだ阿部教授だよ。また、学長は頭が硬い訳ではなかったと理解出来た。そりゃ~北大を運営するからには頭も禿げて痛くもなるだろう、頭が硬い=頭が丈夫だとは言えないか。



「千円か、凄いですよね。」


  昭和十二年の千円とは如何ばかりだろうか、蛇足ながら百~百二十万位になるようだ。


「石川さん、これで路銀の心配が無くなりましたね。」


 と麻美が囃し立てるしまた三浦教授は、


「何を言うかね麻美くんは、不測の事態も想定しなきゃならんからまだまだ足りぬぞ!」



「そんな時には阿部先生が出してくださいますわ。」

「麻美くんは何を言うかね、どの口が喋ったのかな?」

「だって私たちに内緒で出かけるんでしたわよね?」


 麻美が食い下がり、私も応援で次の畳かけの一言を発する。


「教授は家宝の幸福の壺を骨董屋に持ち込んでましたわよ。」

「ほら桜だって知っていますのよ。」



 こんな昔でも幸福の壺は存在したらしい、いったい幾らで売り払ったのだろうか。どうも壺は他にもあったみたいで、壺と傘立ては買い戻してもらって百円だったとか。それを三浦教授が三百円で買って賄賂に充てている。こんな資金の流れが全く分からない。




「おい、いったい誰のせいで骨董屋に行く羽目になったと思っているんだい、後期は赤点にするぞ!」


 安部教授はふてくされているようだが、もっとも安部教授は誰に向かって赤点宣言をしたのかは分らない。恐らくは別件で骨董品は売られたのだろう。


 お父さんの遺産だろうか? 中国の高句麗時代の青磁とかが可能性が高いね。中国の高句麗時代を信じてはなりません、昔の記憶を思い出して下さい、中国は唐の時代です。






「ねぇ石川さん。札幌で何か事件があったかしら?」

「いいや何も無いと思うけど? 安部教授……学長からの金一封は安全ですか?」

「ああ、あれね。大丈夫だ、とあるスポンサーが儲けさせてくれるからとニコニコして言っていたぞ。」


 麻美は安心したが、この金一封の根拠は麻美の父が関わっているので当然と言えばいいのか、当の娘には何も知らされない。だって出所は全く関係の無い白川さんからだからね、麻美が父に訊いても「知らん」で終わるはずだ。



 そのようなジャレごとで騒いでいた所に、とある企業の名前を出して一人の女性(**)が三浦教授を訪ねてきた。(**=女史と書いていましたが差別用語だと言われるから女性に書き直しました。女史……女性で栄誉ある肩書きなので差別用語に落とし込むのには反対したい、言葉の響きだけで判断するのだから間違ってるよね。)


 その企業名とは?


「株式会社 新興社の浅井と申します、この度は当社のお誘いをお受けして頂きまして真にありがとうございます。」


「三浦くん、何をするんだい?」


 どうも……真っ先に安部教授が気になったようで、となると浅井さんとしては場が悪かったと思われて三浦教授に尋ねる。


「はい社長のお願いとは三浦先生、申し上げてもよろしいでしょうか?」

「ん~恥ずかしいのだが、生物学の範囲でもあるから、その~……、」


 いったい何だろうか、皆して「教授!教授!教授!教授!」と囃し立ても浅井さんは何も言わない。


「シベリア旅行手記、なんだな~これが。」


 シベリア旅行手記の何処が生物学の範囲でもあるのがか解らない。


「ん~つまりだな、シベリアには競走馬よりも速く走る馬が存在するんだ。」


 と三浦教授は目を光らせて話し出す。日本の農耕馬の二倍の大きさで、それはとてつもなく速く野を駆け巡る黒い馬がいて、その馬を探して研究する。そして競走馬に仕立ててその遺伝子を取り入れるのが目的だと話す。


 シベリア旅行記は蛇足のようでもあり目的は馬の確保なのか!


 ならば株式会社新興社とは馬主なのか……道楽社長が馬主であってはならない。いやいや投資をして頂かないと競馬は維持が出来ないからね。


 新興社の社長と学長、それに麻美の父と三浦教授、いったいどのようにして繋がっているのだろうね。麻美の父と三浦教授は馬と獣医の関係だけではないみたいだが、また霧をも巻き込んでしまって、私と麻美は直ぐに知る事になる。




「はい、ご要望通りに調査費及び旅費としての五百円でよろしいのでしたら、明日にでもご持参いたします。それと人員の手はずも整いました。」

「それは有り難い、俺の要望も聞いて頂きまして幸いです。」


 人員は麻美の瀬戸牧場から出すのではなかっのか?


 阿部教授は下を向いて何か呟いている「私の壺よりも高いとは……」と聞き取れた。


 皆は更に喜んだのは無理も無いかも。それに三浦教授も策士だったようで今日のこの時間に来てくれるよう頼み込んでいたからね。


 今度の旅行は更に過酷度を増していて馬の確保という大きな仕事が増えて、黒い馬を捕えて麻美の牧場で掛け合わせることも決定済みというから末恐ろしい。


 実際に三浦教授は数年前から調査をしていて、すでに見つけているような口ぶりなのだ。実際は麻美の父が人を雇って探し当てたと言うのが本当だ。



 そこに来て馬が見つかり三浦教授の欲した情報も出たらしく、三浦教授の調査と瀬戸氏の馬の確保が両立した。


 三浦教授は皆に向かって言うのはいいが、本当の目的は瀬戸氏だけが知るものであって全部をひた隠しにしている。三浦教授が黒い馬を見つけても意味は何処にあるというのか。



「すまぬ……みんな聞いてくれ。私の計画が実現しそうなんだ、それで瀬戸さんの親父さんも同行することにと、ハッキリと決った。」


「あらあら!」


 麻美は驚いたように呟くから知らなかったんだよね~、だって俺は行けないと実父から聞いていたらしい。牧場から数人もの人員を出せないとも聞いていた。


 阿部教授も叫ぶ。


「あ~学長も馬が好きでしたな、もしかして一枚噛んでいる?」


 総員は頷く。大体がだ、北大と札幌競馬場が並んで存在しているから悪いのだな。


 三浦教授が麻美を助けた村がそうらしいのだが何故か秘密である。と言うことで三浦教授と麻美と麻美のお父さんが先に出発する事が決まった、いや疾(とう)に決められていたが改めて発表されたという事だ。


 これは別な意味でも幸運だったと言える。


 出発の二日前になって阿部教授の音頭でなにやらバイトが有るから全員で協力して欲しいと、三浦教授から相談が有った。何でも行きの船内の仕事だそうだ。


 阿部教授からサークルの皆にはバイトの内容が改変されていて、楽な仕事だと嘘のバイト内容が説明された。


「杉田先輩! 今日は出番が無かったですね。」

「おう、その事だが農機具の修理をしていたのさ。」

「まぁバイト! お疲れ様です。」

「なにを言う、おまえんちの農機具だぞ無給に決まっているだろう?」

「わ~先輩、ゴメンなチャイ。」



 後書き。


 途中で書いた「女史」は差別用語にされている。近年は頭のいい女性の総称として使われてきたが「女性を特別に挙げる表現、女性特有という表現」だと考えられて使わないのだとか。そう言う意味では「看護師」が当てはまる。

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人狼と少女 もう一つの物語 @suikazura-no1

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