第6話 麻美と霧


1937年(昭和12年)6月15日 北海道・札幌市


*)麻美と霧


 霧は麻美と時々乗馬をしに札幌競馬場まで行く事があって、そして霧はいつものようにニコニコとした笑顔を作り帰宅してくる。


 これならば霧もうんと運動が出来て夜は眠れるよね~と考えた私だ。


「麻美ー……霧ちゃんとまた乗馬に行くの?」


 私は麻美に突っ慳貪な愚問を投げつけた。どうして優しい女の子が棘を出したのかは解らないが、焼きもちなんて言葉は浮かんでこなかった。


 麻美と大学で別れる時の挨拶なんだが、最近の麻美は行く回数は時々から常に行くと言うように増えてきた。霧を札幌競馬場まで連れて行って貰うのね、それだけでも私としては大いに助かるから今では感謝の念が大きくなってきた。


 なのに……あ~失態だ、前後不覚の教授と変わらないか?


「桜? その言い方は少し変じゃないかしら。」

「あ、ごめ~ん。今日も霧ちゃんを誘っていただき……ありがとうございます。」

「よろしいアハハッ……、」

「うん、とても助かるわ。最近は夜泣きするからついつい気になってね、側にいたら手がお留守になりがち……、」


「天使さまを攫われるからイヤなんだ。」

「うっ……さ、寂しいとか言わないわよ。」


「それにさ~? サボル事が出来るとは言わないんだ?」


「いえ……そうなのかしら。だからと授業をサボってお部屋のお掃除とか本末転倒だよね。」

「まぁね、ここで別れて帰るわよ。然もないと開かない玄関ドアで立ちんぼが出来ちゃう。」

「うん、お願いします。白菜と人参、それにリンゴでいいから。」

「今度は集る気満々なのね。いいわよお肉は差し入れしちゃうわよ。」

「麻美~ありがとう~。」


 麻美の冷蔵庫と冷凍庫にはお肉が一杯なんだね、いいな~! 教授の冷蔵庫にお肉を満タンにしたくても実家が許してくれないんだな。「あんたが一人暮らしだったら送るよ」だって。要は教授に買って貰いなさいよ、と言うに等しい。


 未来で家庭持ちになったら見ていろよ~我が両親どもよ! 急襲して牛の一つや二つ……肉塊にして持ち去ってやるのだから。


 事実、未来では牛も羊も鶏も~~~散々と食い散らかすヒグマのように貪欲に変化するのは……お楽しみって事で?



 麻美も私も入学当初は馴れない学内に、早く馴染みたくて見学も兼ねてよく散歩していた。少しは身体も動かしておかないと何だかお尻がムズムズして落ち着かないからだが、高校の五十分の授業が一気に百二十分に伸びたのよ? そりゃ~お尻も痛くなるし動けない苦痛も半端ないんだから。最初こそ緊張して聴いてはいたのが段々と苦痛の方が上回っきたんだ。


 そこは別な言い方をすれば飽きた、このひと言に尽きる。面白い授業は必死になってノート書きしてはいるんだが、そこは興味のある酪農関係だけだな。経営学なんてものは縁もゆかりもない科目を必修にしなくていいはず。そんな経営なんて旦那に押しつければいいだけの事だから。


 対農協攻略……対策学なんて学問が有るはずも無し。ひまわりを植えて観光客向けに牧場を公開すれば面白いとは考えたよ、兄が居るから私は牧場を継ぐ事は無いだろうな。


 私の夢は無限大に広がりを見せるも、現実には杉田先輩の顔が打ち消してくれる。泥や機械油で煤けた智治の笑顔は誰にも譲りたくはないのだから。


「あ~ぁ、サラリーマンの奥さんに収まり生活苦で苦労してしまうのか、」


 と麻美にお惚気を言えばどうよ、


「それが一番幸せよ。星が消えるのが早いか起きるのが早いか、あんな生活はゴメンだわ。」

「アハハ~……そうだよね。農家って辛い仕事しかないよね。」

「だから中学高校と帰宅すれば手伝いに走っていたのよね?」

「うん、結婚して家を出るのよ、それくらいは親孝行の範疇よ、麻美とは違う点数稼ぎなんだから。」

「そりゃ~一人娘だからね、牧場を継ぐしかないし……それにね。」

「それに?」

「今は継ぐと言えばさ、両親に好き放題にして貰えるのよ~。継ぐというひと言は魔法の言葉だよ?」

「あ~言えてる~、アハハ……。」


 高校の時は帰宅後すぐに着替えて、これまた直ぐに牧場へ牛の世話と両親の手伝いにと走っていたんだから。


 瀬戸家にはお世継ぎが生まれてこなかった、だから麻美は養子でも天使みたいに扱われている娘っ子なんだな。この子を逃がしたら牧場が無くなる~と両親の悲痛な叫び声が……聞こえてくる。主に杉田先輩の言葉から聞こえて来るのはどうしてだ?


  これは若しかして麻美の婿に杉田先輩が選ばれたのか? 特に杉田先輩と瀬戸さんは仲が良いし、農機具の修理で遅い時間になれば酒宴を催して引き留めるのはどうしてだ?





 同じく麻美も同じようなもので、違うとすれば麻美が走る先にはサラブレッドとハンサムな騎士さまが居たという処が大きく異なっていた。そこで麻美は今日のこれからの指示を仰いで作業に入る。でも、


「今戻りました。」

「お帰り麻美ちゃん。」

「今日もブラシ掛けでいいですよ。」

「そうだね~……少しこの子を走らせてくれないか。何時ものかけっこ位でいいから。」

「は~い♡」


 脳内想像はそれくらいにしてと。


 霧の小学校はその札幌競馬場に近い、勢い霧の通学路上に麻美の住まうマンションがある。そのマンションの前で偶々麻美と霧が鉢合わせしたことからこの二人のデートが始った。だって麻美は乗馬服に身を包んで機嫌良~く♪出かける処だったから。この乗馬服で大学には行かないよね~?


「お姉ちゃん?」

「え”……あら~霧ちゃんだ、こんにちは。」

「うん、お馬さんに乗るの?」

「そうよ~私のナイトさまが家から帰ってきたのよ~それ、ゴホン、何でもないわ。」

「ふ~んお化粧……強いよ。」

「ギャ?……お姉ちゃんをからかわない。学校は……?」

「うん、転校した。」

「どうして~よ、家の近くにも在るのよね?」

「追い出された。」

「ゥプ……そうなんだ、随分と頑張ったんだね、偉いぞ。」

「違うよ、馬を見に付いて行ってもいいかな。」

「う~ん見学だけならばね、私も今日が初出勤なのね、だから事情が分らない。」

「でも行きたい。」

「じゃぁ~桜に連絡して聞いてみるから一緒に駅まで行こうか。」

「うん!」


 この時の麻美は何故か多くの荷物を持って居たために私服でなくて着替えていた。私服で行くのならば乗馬服を持参しなくてはならないからだ。それだと余計に荷物が増えてしまう。


「その紙袋はなぁに?」

「これはね~大人の秘密。」


 何の事は無い、何時も着ている乗馬服を入れているだけだ。今日は久しぶりに意中の騎士に会えるからと、気合いをいれた新調した乗馬服を着ていた。次からは何時もの乗馬服を着るからロッカーに保管しておきたいのだろう。



「お泊まりセット!」

「ごら~大きい声で言わないの。ち、違いますからね。」

「だったら聞かない。早く電話して。」

「いいわよ、教えなさい。」

「何を?」

「何をって家の電話番号よ。」

「あ、知らない。でも……ここに書いてある……からね、あった。」

「え~0116114211、だから611の4211ね。」

「うん。」

「はい***小学校です。」

「すみませ~ん間違えました。」

「掛けるな、」


 といきなり怒られてガチャンと電話が切られたりした。あ~この女教師は若しかして霧の担任で、それで桜を敵視をしているのか? 簡単に想像がつくから笑えるわ。先日も桜子が教師に文句を言ったと聞いた事を思い出す麻美だ。


 霧はまた追い出されて転校するのかな、それとも卒業が早いかな? そんな予想は大きく外れてしまう事になる。



「き、霧ちゃん……どうしてかな、お姉ちゃんと遊んでいるのかな。」

「じゃ~こっち。」

「これは大学でしょう、時々掛けたから覚えているわ。」

「ふ~ん凄いんだね。さくらお姉ちゃんは何度も掛けていたよ?」

「あは~辛口の冗談かしら。611の1124ね?」

「霧も間違うからお相子。」

「に、似てるね。」

「うん。」


「さくら~助けてよ~霧ちゃんからね~遊ばれていてね~、でさ……、」


「お待たせ。桜は了承してくれたわ、行こうか。」

「楽しみ~。」


 ま~このような事は嘘だろうが、もっとマシな嘘は書けないものだろうか。どうして大学に電話したら桜子がいるのよ、どうしたって可怪しいでしょう。


「はい、オカルト研究室……麻美?」


 やはり可怪しい。


 それから二人は鉄鋼団地通りを歩いて行く。そこの通りは競馬場の通りと同じだから乗馬服に身を包んでおけば誰からとも無く挨拶をして貰える……らしい、それは嘘であった。競馬が行われていなければ人通りは無い。そこは競技が行われておれば、と言う条件があるのだろう。


 霧ちゃんを連れて歩くには少し遠いかと思った麻美は、逆に早歩きを強いられたそうだ。う~んとても元気がいいな、サラブレッドと同じだね。比喩がよくないぞ。


「歩くのが速すぎでしょう。」


 競馬場と言えども普通に馬が闊歩して居るわけでも無くて、競馬場の玄関に着いてもさらに厩舎へと歩かなくてはならないから大変だ。北大キャンパスはいつも桜とだべりながら歩くから苦にはならないが、先に歩く霧を追いかける身としてはよそ見も出来なかったとか。


「着いたよ。」

「うん、ここからはまた歩いて厩舎に行くのよね。ま~だ先。」

「な~んだ。早く行こう?」

「はいはい。」


 競走馬は今日初めて運ばれて来たから麻美が呼ばれた。その意味は……トラックで運ばれたから馬を労る事で、それならば近くに寄らなければいいよと許可が貰えた。


 色々と思い描く事が出来ないからここはメルヘンでいいよね? トラックでも馬場でも自由に乗せようではないか。


「ね~お姉ちゃん……。」

「あ~その先は言わないで、怒られてしまうな。」

「ちょっとだけだよ、乗りたい。」

「厩舎だからいいか!」

「やった~。」


 この日の麻美は霧を乗せてブラッシングに励んだ。翌日は馬場での散歩にも乗せてしまった。麻美が歩いて引き馬をすれば済む事だし、昔からの騎士さんから見れば瀬戸牧場の小さい時の麻美と同じに見えたらしい。


 ならばと、麻美が乗馬が出来る馬も居たから二人して乗るようになった。



「今日はね、家で飲む酒代を教授に貰いに行っていたのよ、……驚いた?」

「ふん、バーカ。」


 大学の電話番号611の1124は教授の私設電話だそうで、私たちが来るまではお手伝いさんからの直通として利用していたとか。今では私や麻美に霧、それと三浦助教授と杉田先輩が掛けてくる程度だが、小学校からは霧を転校させたからと、ベルが鳴りを潜めている。時期に小学校からもちょくちょくと連絡が来ることだろう。





 麻美が霧を連れて帰ったから事情を聞いたら、


 競走馬は今日初めて運ばれて来たから麻美が呼ばれたようで、その意味は……美容だって言うから私は顔を歪めて笑ってやったわ。





「だって可愛い女の子なのよ? 綺麗にブラシを掛けて鬣も三つ編みにしてあげたわよ。」

「アハハ……、」

「笑うな。何時もの子だったから会えて嬉しいのよ、バ~カ。」

「さくらお姉ちゃん。」

「はい、何かな?」

「うん楽しかったよ!」

「わ~良かったね~麻美とお風呂に入って来なさい、用意は出来ているから。」

「わ~お姉ちゃん行こう。」

「あ~はいはい、冷やしておいてよね。」

「あ~はいはい。」


 麻美が買って来たビールが三本を冷やしておけという命令を頂いた。今日は麻美も寄るだろうと思って買い物も済ませておいたが、ビールの買い出しは要らなかったか?



 麻美は三浦助教授とお父さんに毒されているからお酒のつまみはジジ臭い。オマケに霧のお父さんもジジが好きときたもんで、大盛りのお刺身を三人前も買い込んで良かったかな?


「先生、霧ちゃんは前の学校を追い出された”と言っていますが、どいうしてでしょうか。」

「あ~……前の家政婦さんが熱を出した~から、なんだ。」

「意味が分りませんわ、明日も霧ちゃんを連れていってもいいでしょうか。」

「……ま~いっぱい……。」

「あ、どうも、頂きます。」


 漫才コンビにもなれそうな酔った二人の会話に私は笑うしか無い。霧のお父さんとしては「いっぱい連れていってくれないか」という意味だね。ビールの事ではない。


「もう半分になったか。」

「まだ半分ですわ、さ、頑張って書きますまよ~。」

「……?」


 そのころから霧の夜泣きが始ったのだろうか。



 札幌競馬場は自由に馬場を走れないとしても裏方の仕事は多いと言う麻美、馬の世話で大変だとは思うが本人は嬉々としているから幸せなんだろう。なんたってお仕事、バイトだものね。他にも北大の馬術部の部員が招集されてるのは遠い過去からの習わしだそうだ。




 今日も行くと言って、そうして腹ぺこ笑顔で帰宅するのが日常なのだが、昨日まではそうだったがそれがどうだろうか、今日は二人とも沈んだ表情で麻美は霧を連れて来てくれた。


「桜~ただいま~。」

「おかえり~……霧ちゃん?」

「……。」

「あ、逃げた!」x2


 霧は帰るなり二階の自室に引きこもる。


 帰った霧の様子が変だったので私はおもむろに麻美に尋ねた。今宵は自分が奢る事になるから麻美には泊らないくらいでビールの本数を抑える、いや自分が大いに飲んでやろうではないか。無くなれば奥からウイスキーを引っ張り出す。そのウイスキーは贈り物だというが好みではないらしいのだな。主に三浦助教授と杉田先輩が飲んでいるくらいだ。



「霧ちゃんに元気ないんだ、麻美……何かあったの?」

「実はね連れて行ったら馬が暴れて乗せられなかったの、この前もそうだったわ。」

「え……?」


「いつも上手に乗りこなしているけど、ホントどうしたのかしらね。」

「乗馬出来なかったから淋しいのかな、なんだろうね。」


 それからまだ他にもあるからと麻美は話を続けてくれる。


「気の所為かもしれないけど、霧ちゃんは私のことを不思議そうに見つめることがあるわ。」


「きっと麻美が綺麗になったからよ。」

「え~そうかな、私綺麗になってるかな~。」


 嘘も方便だけれども、女の私からおせいじを言われて喜ぶようじゃまだまだね。私は心で呟くの「勝ったね」と。


 何気ない霧の動作に「あっ、霧が変わってきたの?」とふと思った事を思い出した。この前の夜泣きの頃と符合するような……なんだろうこの感覚は。


 女の敵は女というけれど麻美に何か感じる処があるのか? 私には麻美が以前と変わりはないと考えるのだけれども、霧が二階から降りて来たら尋ねよう。


 だけども敵は強大だったよ~自分が根負けして大分遅くはなったが、夕食を持って上がってしまった。拗ねているとしてもやはり心配なのよね。母性本能がそうさせるのかしら? ここで慌てて色々と聞き出そうとするのが一番悪い、こちらは気にしていませんよ、と優しく誘い水を用意して顔を合わせる計画を考えた。


 夕食、お風呂、おやつ、それからお父さんが呼んでいるよと嘘を吐く。どれも効果は無かったが取り立てて私を拒否するでもなし。


 いいわよ私が負けたと考えて引き下がろうじゃんか。



 翌日の日曜日のお昼になった。


「霧ちゃん今日は元気ないけど……どうかしたの?」

「ん~あのね、最近お馬さんがいうこをきいてくれないの。」

「そうなんだ、でもまた行くんでしょう?」


 来た~ついに霧が折れて返事をしてきたよ~嬉しいな~。少しかまを掛けた質問をしてみる。すると、なんと麻美からは聞けなかった返事が返ってきたので大いに驚いたわよ。霧が話してくれた内容に驚いたのよ。


「騎士のお兄ちゃんがね、『馬が嫌がっているよ、だから馬の為にもう乗馬は許可できないな~』と言うの。だから悲しくなっちゃった。」


 麻美はそんな事は一言も言わなかった。麻美が知らないという事は逆に霧が麻美に気を使ったんだろうか、それは大いにあり得る話だと感じた。霧だけでは無いよ、こんな事を言われたら誰だって悲しむに決っている。これでは心のホローが大変。


「そ~なんだ、霧ちゃんは悲しいね。」

「うん!」


 続けて霧が不思議な事を言い出して驚いた。


「さくらおねーちゃん、霧には両親とおねーちゃんがいるのかな。」

「本当のお父さん・お母さんについてはね。でもおねーちゃんに付いてはパパから聞いたことはないな~どうしてなの?」

「でもね……時々夢に出てくるんだ。」


「両親の顔は分らないけど、おねーちゃんはその……、」

「その、なぁに?」

「それがね、あさみおねーちゃんなんだ。」

「へーそうなんだ、さくらおねーちゃんじゃないの? さくら淋しいな。」

「ごめんね、あさみおねーちゃんなの。」


 そうか~霧の夢に出てくる麻美が姉なんだ、でもどうしてだろうか。これが夜泣きの原因かとも考えたが、馬が怖がると言われて凹んだとしても霧は落ち込んだりは……しないよね?


 霧は子どもだから私が霧に対してこうしようと考える訳ではないが、子どもの言う事を聞いてあげて考える。それでこちらが子どもに迎合出来る返事が好ましいと思う反面、ご機嫌取りとなってしまえば意味をなさない、それこそ悪い結果となりうる。


 ここは素直に麻美を出汁に使わせて頂こうか。


「じゃ~麻美おねーちゃんに、い~っぱい甘えようね。」

「うん!」


 お昼ご飯でお腹も満ちて霧は元気になった様子で外に遊びに出かけた。霧の両親は飛行機事故で亡くなったからと惨い事は、それこそ追い打ちをかけるようで私には言えなかった。淋しい顔を作る霧が可愛そうだと思う。確か教授はキリに話していているからと仰ってはいたはず。



 教授からは少しだけ霧の事は聞いた、一緒に住むんだったら話しておこうと教授から話してもらっていた。


 機会があれば霧の夢の事は教授に相談してみよう。


 今日も帰宅が遅い教授であって、もしかしたら手土産があるのかな。


 麻美には霧のお守りで沢山の借りができてしまったからね、明日からの数日はこの家に泊めて接待を行う予定を組む。きっと杉田先輩も来てくれるだろな~嬉しいな~。



 ここに来て杉田先輩を考えているとは心の奥底で、偏に誰かに相談してそれで指示があればと願いっているものかな。子どもを育てるにも一筋縄にはいかないんだ、況してや人様の娘なんだからと余計に悩む。



 こう言う時の男親は本当に役に立たないんだから、お父さんに言っても「大丈夫だろう」の一言で終わらせてくれるのよね~。母親がいないのもやはり、代理にもなれない自分では苦しい。


「くそが~……晩酌の一本を抜いてやるんだからね。」


 教授にしてみれば晩酌でビール二本の処が一本になっても堪えないらしい、直ぐにとっておきのワインを出して勝手に飲むあたりはさすがとしか言えない。どちらかと言えば西洋かぶれの学者さんだからワインを窘めたいのかもしれない。そう考えたらビールよりもワインが身体にもいいかも、私も飲んでやるからね。


「ねぇ教授、霧ちゃんには姉が居たりしていませんか?」

「いや居ないね、兄貴も行方不明だったからなんとも言えない。」

「そうなんですか~、何だか居ると思うんですよね?」

「え”?」


 霧のお父さんにしてみたら私の一言がとても効いた。


「霧ちゃんは毎晩のように夢にお姉ちゃんが出てきますって。」

「そうなのか?」

「ワインを私も頂きます。」

「あ、あぁ……いいよ。」


 一人で抱え込んで飲むワインを私にも注いで頂いた。これは何か思い当たる節があるんですよね、お父さん?


 教授の思考と身体の反応は別々のオートパイロット状態だとみた。人がコップを差し出すと酒呑みは反射的にお酒を注いでくるから、今の教授はまさしくあれと同じだな。


 この日の夜は夜泣きしていなかったようで、私だって眠たいのを我慢して霧を監視出来ないものね。その翌日も夜泣きは無かったが、一人で寂しく帰宅する霧に戻ってしまった。


 それはこれで寂しい気もするが、競馬場に行っても馬に触れられないんだったら行く事も出来ない。折しも競馬場は巡業であるから馬も全国へ出張していく。麻美にも平穏が訪れた風にも見えないんですけど~何故だろうね?


 それからは度々に麻美を呼びつけては霧を放し飼いにしている。


「家事は全部自分がしますので霧ちゃんをよろしく~。」

「はいはい、この時季に白菜は無いからキャベツで我慢してね。」

「上出来よ、キャベツが……だけどね。」

「こら~桜~酷~い。」

「アハハ……、」x2


「お姉ちゃん、勉強を教えて。」

「え~何処かな、う~んここはね~……。」


 仲の良い姉妹に見えて来たから不思議だ、私には母にも姉にもなれないから悔しいかもしれない。だからと言って教授を旦那さまには出来ないからね。


「教授~杉田先輩を連れて来て下さい、寂しいです。」

「アハハ……三浦くんを落したが早いと思うがな?」

「そう致します。」

「桜も直に言えばいいのよ、それでうんと振られなさい。」

「え~ヤダ。」


「お姉ちゃん……ここも~。」

「あ~はいはい。此処は四角形を丸で包めば……どうなるかな~。」

「あ、こことここの二つの角度は百八十度、だからここは六十五度になるね。」

「正解よ~、良く出来ました。」


「それ……中学の数学と違うの?」

「知らないわよ、だって霧ちゃんが問題集を持って来るんだものね。」

「教授~参考書は間違っていませんか?」

「間違っていないだろう、だって旺文社だからね。」


 教授、そこは認識がずれていますよね? 霧ちゃんはまだ十歳ですよ?

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