第3話 犬の神様


 また夏祭りが来ました。

 今年も亜希子と一緒に夏祭りに武志は行きました。

 今年も亜希子はたこ焼きの列に嬉しそうに並びます。

 武志はバナナチョコの列を過ぎて参道の外れにいきました。

 去年の夏祭りの約束通り、あのお爺さんが微笑んで立っています。

 また、武志を手招きすると、くるりと振り返って歩きはじめました。

 お爺さんのあとについて歩いていくと小さな社に着きました。社の扉が静かに開くとお爺さんは社の中に入って行きました。お爺さんの後を追って武志も社に入りました。

 入ったとたん武志は「あっ」と叫んで固まってしまいました。

 社の棚中に犬人形が並んでいたのです。みんな見覚えがある、武志の作った犬人形です。

 棚の前に立っていたお爺さんが、振り返って武志に言いました。

「人間が捨てて、次の飼い主が見つからなかった犬は殺されてしまう。悲しい事じゃ。今年もたくさんの犬が、誰からも愛されなかった犬が亡くなってしまった」

 お爺さんは、犬人形をひとつ取りあげて撫でました。

「けどな、武志が心を込めて作ってくれた犬人形のおかげでな、犬の霊はこの人形の中で、もう一度生まれ変わることができた。本当にありがとうな」

 棚に犬人形を戻すと、お爺さんはパンパンと手を叩きました。

 すると犬人形が次々と小さなかわいい犬に変わり社のなかを走り回りました。

 どの犬も楽しそうに鳴いているのですが、鳴き声は聞こえません。

「本当にありがとうな」

 お爺さんの声と同時に、社の明かりは消え真っ暗になりました。

 扉の向こうだけが祭りの明かりでくっきり見えています。

 社の扉からでると、そこにはたこ焼きを持った亜希子が微笑んで立っていました。まるで武志を待っていたみたいです。

 亜希子へ駆け寄り、武志はこれまでのことを一気に話しました。内緒にしていた気持ちが爆発してしまったのでした。

「へえ、この神社の神様なのかな」

「亜希子姉ちゃん、僕の話を信じてくれるの」

「とっても変わった話しだけど、信じるしかないかな。だってあれだもの」

 亜希子が指さした社の上にお爺さんが座っていました。

 お爺さんが空に手を振りあげました。

 すると、手の先から小さな塊がいくつも広がって飛んでいきました。

 空の高くまでいった魂は、光に包まれた犬にかわります。

 沢山の犬、色々な種類の、色々な大きさの犬が輝いて、そして消えていきました。

 「すごく綺麗だね」

 「そうね、綺麗。それに嬉しそうね。みんな武志君にありがとうって言ってるみたいね」

 亜希子にそう言われて、武志は少し恥ずかくなりました。

 空の輝きが消えて夏の夜空に戻ったときには、お爺さんも消えていなくなっていました。


***

 次の日の朝も、武志は大きな犬のぬいぐるみと一緒に目を覚ましました。

 犬の紙人形をつくり続けている武志をみて、お母さんが買ってくれたのです。

 ただし、夏休みが終わるまで毎日家の手伝いをするという約束付きです。

 思いっきりぬいぐるみを抱くと、何かとても懐かしい気持ち、とても楽しかった気持ちに包まれる気がしました。

 けれど、それが何なのか、ぬいぐるみを抱くたびに暖かくなる心の理由を武志は分かりませんでした。

***

 亜希子は社の横の細い階段を上がっていきました。

 鬱蒼とした林を抜けると、亜希子の実家の大きな屋敷があります。

 屋敷はひっそりと静まりかえっていました。

 神主の父も兄夫婦も祭りの行事で留守のようです。

 亜希子は薄暗い廊下の角をいくつか曲がって、屋敷に不釣り合いな木製の大きな扉の部屋に入っていきました。

 ここは先祖代々を祀っている部屋で、部屋の壁には御先祖様の写真がずらりと飾られています。

 部屋の真ん中ある祭壇には、最近亡くなった神主の写真が立てかけられています。  

 亜希子の祖父でした。

 厳粛な顔で写真に収まっている祖父を亜希子は睨みました。

「武志君で終わりにしましょうよ」

 写真の中の祖父の顔がムッとして、すぐに悲しそうな顔になりました。

「犬が大好きな子に必ず会えるわけでもないし、もし会えても子供を騙しているようで、心苦しいの」

「けど、これは我が一族代々が…」

 か細い声が写真の中から聞こえてきました。

 亜希子の一族の長老は死ぬと犬の守神になります。

 普通は神様になって祀られているだけなのですが、なぜか祖父は「実社会で役に立つ神になる」と現世に残ってしまったのです。しかし、霊ではなにもできません。そこで、実社会との繋ぎ役を孫の亜希子にしたのでした。

「もう止めよう」

「けど、まだ成就できない犬の魂が…」

 どんどん声が小さくなります。

 これまで何回も繰り返されてきた会話です。そしていつも亜希子が、祖父のしつこい懇願に負けるのでした。

「わかった。わかったわ。とにかく次が最後だからね、お爺ちゃん、絶対だからね」

 写真の中の、長い白眉の顔が満面の笑みに変わるのでした。


おわり。

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