第2話 夏祭り


 「犬のお家」に入るとすぐに武志は、「何かあるの?」と亜希子に聞きました。

 「犬のお家」に来る途中で、いつもとは少し違う賑やかな空気がしていて、商店街のどの店の人も嬉しそうだったからです。

「ああ、そうだ、そうだ、武志君は、この町の子じゃないから知らないのよね。お祭り、夏祭り」

「夏祭り?」

「そう、明日から犬居神社の夏祭り。犬居神社は犬が神様なのよ。武志君のためにあるような神社でしょ。その神社の夏祭り。そうだ、明日一緒に行こうよ」

 返事もしないうちに、店の奥から夏祭りのビラをもってきて、「明日は夕方から行くからね。お母さんには電話しておくね」

 と決まってしまいました。

 次の日の夕方、武志は生まれて初めて夏祭りに行きました。

 祭りで賑やかな参道についたとたんに、亜希子はお目当てのたこ焼きの列に並びました。

 武志も参道の一番奥のバナナチョコの店に人をかき分けて進みます。思っていた以上の人混みです。その時です。「おーい」という声が聞こえました。

 沢山の声が飛び交っているお祭りです。けれど今度は「おーい、坊主」と聞こえてきました。参道の脇の道の暗がりから聞こえてきます。武志は人の流れから逃げるように脇道に入っていきました。

 脇道に入ったすぐにお爺さんがいました。こちらに来いと手招きしています。

「僕?」

 惹きつけられるように歩いていきました。

 近くで見たお爺さんに武志は驚いてしまいました。長い白ひげが胸まで伸びた優しそうな背の高いお爺さんでしたが、白い眉毛が5センチくらいあるのに驚いてしまったのです。

「犬人形作りは楽しいかい」

「お爺さん、どうして知ってるの」

 不思議そうな顔をしている武志を見て、お爺さんは「ホッホ」と笑いました。

「楽しいけど、けどやっぱり本物がいいや」

「そうか、そうか。わしも犬が大好きだ。まあ、本物とはいかんが、これで作ってごらん。もっと楽しくなるぞ」

 そして、一塊の粘土を武志に渡しました。薄い灰色の柔らかい粘土でした。

 両手の中にある粘土を見つめていると「また、来年ここで会おう」というお爺さんの声が聞こえました。

「えっ」と顔をあげるとお爺さんはいませんでした。ぐるりと見渡してもどこにもいませんでした。

 お爺さんの声が、また聞こえてきました。

「そうそう。粘土をもらったことは内緒な。内緒だぞ」


*** 


 武志はお爺さんからもらった粘土で、犬人形を作るようになります。

 不思議なことに、いくつ作っても粘土は減りませんでした。

 粘土が無くなってしまっても、朝になると粘土は元の塊にもどっていました。

 武志が犬人形を「犬のお家」に持っていくと、亜希子が色をつけてくれます。

 亜希子が彩色すると、今にも動き出しそうな犬人形になるのでした。

 夏休みも終わり、2学期も終わり冬休みになる頃には、もう武志の部屋は犬人形でいっぱいになってしまいました。

 置くところがないと、武志が亜希子に相談すると「犬のお家」に置いてくれることになりました。

 そして、「犬のお家」に立派なガラスケースに収まった「武志の犬のお家」ができたのでした。

 冬休みも終わるころには、ガラスケースは犬人形でいっぱいになりました。

 新しい犬人形をどこに置こうか考えていた武志に亜希子が言いました。

「もういっぱいね。実はね、武志君に前から相談しようと思ってたんだけど、この犬の人形を売らない?」

「えっ、売るって」

「武志君と同じでね、犬を飼えない代わりにこの人形と一緒にいたいとか、亡くなった犬にどこか似ているから欲しいって言うお客さんがいるんだな」

 ガラスケースをじっと見ていた武志が「外に出たいよね」とつぶやきました。

 犬人形がだんだん増えてきたのは嬉しいのですが、「犬のお家」で走り回っている犬達をみていると、ガラスケースの中でじっとしている犬達が少し可愛そうに思っていたのです。

「えっ何?」

 聞き返す亜希子に武志は言いました。

「欲しい人にあげていいよ」

「それはだめだよ。武志君がつくったのだから、少しだけ人形代はもらおう。ほら武志君の粘土代にもなるでしょ」

「粘土代は…」

 と言いかけて武志は、その先の言葉を飲み込みました。 

 お爺さんから粘土をもらったことを、亜希子には話していませんでした。内緒の約束を守らなくていけないと思っていたからです。

 それから「犬のお家」に行くたびにガラスケースの人形は減っていきました。武志が作るよりも、売れる数、ガラスケースから出ていく人形の数が多かったからです。

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