卒業

第54話 卒業旅行

 A〜Dクラスの連中はお公家さんで、卒業前にグランツーリングなる大旅行をして初めて社交界で通用する教養を身に着けた者として扱われる。


 Eクラスの連中が大旅行などしたら各地で迷惑行為をして学院の面目丸つぶれにしてくれそうなので学院側は警戒してるが、Eクラスにも多少の小金持ちの大商人の息子とかいない訳では無いが、特に禁止とかはしてない。Eクラスの長期休暇はバイトするものとして甘く見ていた。


 ところがどっこいこの期のEクラスはひと味もふた味も違う。規格外の二人と、その二人と対等に渡り合う謎の転入生がいる。


 この三人の危険人物のせいで、その指導教官であるというだけで、教官内の序列最下位だった桜之宮博士と飯田橋博士が突如台頭し、教授会の秩序もかき乱されている。


 三人のグランドツーリング、恐ろしいことにならなければ良いが、突然禁止とか言い出せば弾丸が飛んでくる。教官たちはこの規格外たちを無事卒業させて今後関わりを持ちたくないと考える者が多数派だ。


―――

 並木のピンクの軽に四人(坂本は子連れ)が乗り込む。荷台もパンパン。レッツらゴー。

「で、卒業旅行だから車出せって言うから車出したけど、どこ行くの?」


決めてないんかい!


「おう、坂本はどこ行きたい?」


「進路は東へ!お前が決めろお前が決めろお前が決めろ!」


……そういう歌あったねえ。


「じゃあ、僭越ながら俺が決めさせてもらうわゴー・ウェストで。」


「割れたね……。南に向かうか」


「なんでだよ?」


「北に向かう汽車はみんな無口になるんだろ。陽気にワイワイやりながら行きたいし」


「似合わねぇ。」


並木はムッツリ系で陽気にワイワイやりたいと口先では言うが基本的に物静かな男だ。本人は歌って踊れると思っているらしいが、錬金術では敵わないが三波のほうが遊びは知っているつもりだ。


「気ままにハンドル切って適当に流してくれ」


「ミラー擦ったと喧嘩になりそうなフラグが……。」


「ピンクの軽と真っ赤なポルシェじゃぜんぜん違うぞ。」


―――

 結局、西方極楽に女神とともに住むというアランに逢うことを仮置きの目的地として発車する。目的を達したらそれもよし、無理なら無理でそれもよし。いろいろな場所を経て行く先々で現地の文物に触れて感じていく、その過程が目的なのだ。


「ということで一応とりあえず西に向かっていくよ。」


…まっすぐ少しでも西へ西へと進んでいったら……行き止まりだった。


「やると思った。」


「突き当り次第左に左折していきましょう。」


危険が危ないとか後ろにバックしますとか画像はイメージですとかのように意味が重なっている。


「右に左折できるもんならしてみろよw」


「さっきしたよ忘れた?」


つづら折りの頂点に一時停止付きの合流をしたが。たしかに上り下りどちら方向に進もうとも走る向きは右側だった。これが右に左折なのだ。同様に左に右折もありうる。


 突き当り次第左折していると、さっきから同じところをぐるぐる回っている。


「突き当り次第左折だと同じところをぐるぐる回るようだね。」


そりゃそうだろう。


―――

 もう少し広い視野をもって、地図のめぼしい都市を目指すように方針転換して、橋を越え、峠の茶屋で休憩する。 峠を登っては来たが、並木の運転は安全運転であり峠を走っているという感じはさせなかった。

 山頂の澄んだ空気にここの峠の茶屋名物の香ばしい串焼きの川魚の香りが食欲をそそる。しかしちょっとありえないお値段に、冷やしあめとコーラだけにしておく。


―――

 峠を3つほど越えたあたりで並木が峠攻めに覚醒し、走りがキレてきた。


「なんだ、並木もやるじゃねえか。」


「運転楽しくなってきちゃった。」


「危ないからこの山麓まで降りたら運転交代な。」


―――

 三波に運転を交代して、並木は目がギンギンになっているが、これは寝落ち前の一瞬の輝きだ。ある程度走ったら並木は愛車の後部座席で眠りこけることだろう。ハイになった時が休憩挟むとき。


 「あ〜ん!あ~ん!」

八兵衛くんが泣き出す。三波は大急ぎで外気導入にして窓を開ける。


「坂本、おしめの交換だ。次それっぽい施設見つけたら止めるぞ。」


これ、卒業旅行なんだよね?

―――

 三波が運転している間、三人は眠りについている。そんな中、山道に差し掛かったとき給油ランプが点灯する。三波はニヤリと笑う。悪いことを考えている顔だ。


 三人おねんねしてる間に鞄から工具一式と、この時のために用意してたセルモーター型三波サイクルエンジンを手に取り、並木のクルマに仕込む。オートマチックなので、そこの制御もゴニョゴニョして……。安全のために通常操作ではもとのエンジンの数十倍程度しか出ないように制御するが、本気が必要なときには魔法の言葉でリミッターを解除できる対話型マイコンを取り付ける。


―――

 ぶっ通しで三波が運転してると、流石に三波も眠くなってきた。残りの三人はともかく三波は足を伸ばしたいので駅前ロータリーにクルマを停めて三波だけ単身で駅泊STBする。

 運転中あんなに眠かったが、野宿装備とともに降りて駅に向かうとなんでこんなに意識がはっきりするのかともいつも思うが、そんなのはその場限りの一時の目醒にすぎず、緊張はすぐに途切れそのまま眠りに就く。


―――

 意識を一旦手放したら次起きるのは何か外から刺激が加わったときだけだ。STBするマナーとして、終電が出てから駅に入り始発電車の前に駅を出るべしと言われるが、三波が起きたのは通勤時間帯の列車がこの駅に到着した音に起こされたその時である。駅を出ると駅前ロータリーで二人が職質を受けているが、出来ちゃった新婚さんということにして舌先三寸で乗り切ったようだ。


「すまんすまん。」


「公安の犬の扱いなら慣れてるから平気だよ~」


「僕も足伸ばして寝たいな。」


 結局朝風呂やってる温泉のリクライニングで足を伸ばして休むことで同意が取れた。



―――

 その後もドライブインで野宿やらバス停泊やら温泉のリクライニングやらで時間をずらした仮眠所をハシゴして仮置きの目的地には結局到達することもなく、卒業旅行とかグランドツーリングといった優雅な響きからは程遠い謎の貧乏旅行をして帰ってきた三人だった。

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