ホムンクルス

第41話 収縮型アクチュエーター

 アクチュエーターは原則として伸びる方向に力を発生する。他方筋肉は収縮する方向に力を発生する。当然流体の流れを作り込んで反転させたり、ピニオンとラックで所定位置に移動させるといった動きで擬似的に収縮方向に動かす事は可能である。しかし供給を絶たれた時の挙動が全く異なる。また、流体の場合短期間では問題ないが長く使うと流量を制限するノズルやバルブがガバガバになって故障の原因となりやすい。収縮するアクチュエータはアクチュエータそのものではなくて伸びるアクチュエータかモーターによって駆動される一つのAssyなのだ。

 また、ごく稀にニチノール金属やバイメタル、磁石などの本当に収縮するアクチュエータもないわけではないが、磁石は磁束漏れがつきものだし、完全に引っ付くか完全に離れるかの二値でしかない上にひっつく時に加速度的に付くのでショックが発生しやすい。バイメタルやニチノールはトルクが弱いか可動範囲が極端に短い。


―――

 もはや定例となってる三並レーシング同好会のミーティングに三波が新しい試作品を作って来た。


「からくりホイールに触発されて聖剣素材使ってみたら収縮型アクチュエータの弱点を完全に解消できたんですヨ」


 当初三波にとって聖剣素材は軽量で頑丈なシャーシでしかなかったが、坂本がからくりホイールの内部のゼンマイにしたのに刺激されて新しいデバイスを作り出してきた。超強力人工筋肉である。


「それがあれば、怪獣型の乗り物つくれるよね!」


 並木が目を輝かせてしょうもないことを言い出す。


「それにはまだまだ遠い道のりとなるな。このデバイスで作れるのは人工関節くらいだ。怪獣が走るためには複数の関節をそれぞれ同期を取って全身のバランスを取りながら目的の動きをさせる制御系やその骨格を覆う肉体を作り出さないとならない。到底すぐにできるものじゃない。」


「それなら既に多くの前例があるじゃないか!」


いや、タイヤで移動したり、前後する足に見える飾りのついたゴーレムはいくらでもいるが自立型二足歩行ホムンクルスと呼べるものはφ華キャノンくらいで詳細は軍事機密で制御プログラムやセンシングデバイスの種類や配置は公開されていない。


「まさか坂本にスパイさせに行くのか?」


「まさか。出来るってことがわかってて骨格写真まであるんだよ?可能性虱潰しで試したってゼロから作るより遥かにラクだよ。それで対等にまで追いつき、収縮アクチュエータのアドバンテージで追い越してやる!」


並木は一体何と闘っているんだか。


「いきなり国家機密レベルに挑むってのは感心しませんね。出来るゼと思ってやってみると意外と出来ないもんなんですヨ。まあまずは簡単な人形や置物に仕込んで、少しづつ制御範囲を広げるモンですヨ」


「ただ、自我を持たせて学習させるには少しでも早めにしておいたほうがいいわね。置物でも良いから会話ゴーレムを置いて人との会話を通じて学習データを蓄積しましょう。」


坂本、お前の話アクチュエーターと関係なくなってるぞ。


「バランスを取るのは敷居が高いから収縮と弛緩する肺と声帯と喉を作って発音から学習させるのよ。」


なるほど、たしかにアクチュエーターを使う。でもコミュニケーションはスピーカーとマイクで良くね?


「スピーカーから出る声と人の声は全然違うよ。まずゼロ知識から貪欲に学習して真似事して能力開発していき自我に発達するプログラム書くことにするよ」


「まさか並木、赤ん坊が社会性を身につけて自我を形成していくところから再現する気か?」


「ダメ……かなぁ」


「いや、出来るんだったらダメということはないんだが、却って実現可能性の閾上げてない?それにそれが出来たとしてもそいつがモノを覚える頃には俺たち卒業してる時期だぞ。」


「八兵衛くんが大きくなる頃には学習終えてるだろう?今の段階では子守りホムンクルスとして、そのうちいい友達になれるんじゃないかな」


 八兵衛くんというのは坂本の赤ちゃんの名前だ。菜々子の次世代だから八兵衛。なんと短絡的な。


―――

 数日後、並木がホムンクルスに導入する初期プログラムのコア部分を書き上げてきた。S式と呼ばれる言語のソースで、命令とデータがリスト内のリストとして完全に同格になっていて命令の入ってるリストが入力によって書き換わることすら許容する、習得が困難なことで有名なわりに実際にそれでプログラミングする人はほとんど居ない――その言語について語られる場面は多いが、その言語で語る者は居ない――太古の廃れた対話型人工知能言語だ。

 デバイスに依存する部分は名前だけ決めててその中身のリストは空っぽ、あるいは喉と声帯と肺を収縮させて「あぁ~?」と赤ちゃん言葉を喋る制御コードを出力し、語られたことをリストにして返すためのリスト(あとから入れ替え可能)を評価するという内容が関数定義defunされている。


「お前、いつの間にこんな化石みたいな言語覚えたんだ?」三波が呆れる。


「だってずっとフリーであり続る保証がある言語が他に無いんだもん。仕方ないじゃん」


「それに、自分自身を実行中に書き換えていくコードかよ。本気でわけわからんわ。で、学習結果はその書き換えられるリストに格納されてるのか。実行環境にガベコレされて消えたら戻せないよな?」


「参照が完全に切れた知識はその後必要ないよね?」


「お前、本当にロマンってもんがないよな?昔こういう話があってねとか振り返ったりしないのか?」


「消えるのはそういうレベルのリストじゃないから。直接入力されたデータを処理した中間成果が消えていくだけだし。」


「本当に実記憶の容量超えて学習したらどうすんだ?」


「panicで落ちてメモリ内ダンプするようにしてる。」


もう、大事なときにpanicするぞというフラグにしか見えない。

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