第43話 どえらいもん
研究のために招き猫の学習データをダンプしに瀬名の店に行くと信楽焼の狸が置かれてた。それ、居酒屋に置くやつで喫茶店に置くかなあ普通?
どうも瀬名と上位争いを繰り広げていたレースゲーム上位プレイヤーの友人が開店祝いにとはるばる深圳からやってきた時に土産として置いていったらしい。海外から来たので帰ったらしばらく来ないだろうということだ。明らかに調和を乱す置き物に少々困惑しているようだ。
で、案の定押し付けられた。インテリジェントなホムンクルスに魔改造して店の手伝いをさせたいらしい。瀬名もなんだかんだでオレたちと対等に渡り合ってるわけで、世間から見たら紛れもなくネジが何本かぶっ飛んだ男だ。信楽焼の狸は見かけほど重くなくて助かったが、でかいのでそれなりに重い。
並木のゼミ室で三人がかりでハードウェアの魔改造を済ませ、初期プログラムをどう育てていくか検討する。
「今回回収した招き猫の学習データを使わない手はありませんヨ」
「僕もそう思うよ。人の言葉喋るし料理運んだりお皿洗ったりも出来るし、これを打ち込んで作りこむの大変だよ。」
「しかしちょっとばかし懸念があリますね」
「どんな?」
「とは言っても、データ流用のメリットとその懸念点のデメリットを天秤にかけたらメリットのほうが大きいわね。」
ハードウェアを横たえてロードデータをこしらえるために端末に向かってたら、教官がやってきた。
「君たちは性懲りもなくまたどえらいもん作りましたね。育たない人工生物など、大自然の生み出す育つ本物の生き物に遠く及ばないというのに。」
桜之宮博士が生命倫理とホムンクルスの限界について指導しようとしたところ、それを聞いて三波がポンと手を打ち、
「こいつの名前は桜之宮博士が命名した『どえらいもん』で良いな」
「あはは、それ良い」
「さすが先生、語感もいいですね。」
満場一致で、魔改造された信楽焼の狸の名前は「どえらいもん」に決まった。博士はそのつもりで言ってないようだが言い出しっぺだ。
博士の小言はガン無視で、招き猫の学習データを含むプログラムをロードしてどえらいもんを起動した。
ロードが完了したが招き猫の学習データと認識されるデバイスがだいぶ違うようでキャリブレーションに時間が掛かってる。
「おい、どえらいもん。狸寝入りしてるんじゃねえぞ」
三波が喝を入れると、どえらいもんが言い返す。
「ぼくはタヌキじゃないよ。ネコ型ホムンクルスだよ?」
坂本の懸念はコレか。招き猫として形成された自我が引き継がれてしまっている。タヌキであることを否定するがどこからどう見ても信楽焼のタヌキ以外の何者でもない。むしろなぜ猫としての自我が植え付けられているのか事情を知るのは並木たちだけだが、その事実を告げるのはあまりにどえらいもんが可哀想だ。
彼は完全に被害者だ。ゼロ知識を出発点に全てを学んでいったならばその何処かで自分はタヌキであると自然に学んでいっただろう。しかし彼はまだ招き猫の自我をもち、その自我を捨て去って自身がタヌキであるという認めたくない現実をいつかは受け入れなくてはならない。
「可哀想に、自分が猫だと思ってるのね。」
「坂本の懸念はこれだよな?」
「そう。今からでも止めてゼロ知識から学習させる?」
「それこそこっちの自分勝手じゃないか?動き出した自我は生命のようなもの。本人が容量オーバーのパニックで倒れるまでは動かさせてやろう。」
―――
どえらいもんの継続運転を決定して一段落つけたら、教授からしっかり「指導」を受けた。
知識を学ぶだけでは生命体ではないということ、並木たちが作るホムンクルスが実装してない生命の神秘は自己修復と自己形成と自己増殖であり、それがない機械人形などホムンクルスではなくてゴーレムに過ぎない出来損ないだと散々な言われようだ。
ただ、聖剣素材で頑丈無比で自己修復以前に壊れない。自己形成しなくても随所に仕掛けられた自在に伸張収縮出来るアクチュエーターで何者にでもなれるということを踏まえるとその3つの相違点のうち2つは必ずしも重要ではない。
あとは自己増殖か。つまり自分と同じような機械人形を自ら作り出す機能。それは教育次第ではできるかもしれない。聖剣を刈りには行ける。それを毒抜きはエルフにまかせてもいいし並木が手助けしてもいい。そして加工もできる。むしろマイコンが到底この密度の微細加工が出来ない。かろうじてチューリングマシンやLISPマシンの非力なのなら形成できないわけでもないがそれだって馬鹿げたサイズになってしまう。集積回路を自ら作ることは出来ない。もともとこの太古の対話型人工知能言語は計算機といえば建物ひとつを占有するような大型計算機しか無かった時代に小型計算機を作るうえで効率的に記憶を使うために生み出され育ってきた言語なので低スペックマシンとの相性は悪くない筈だが、どえらいもんに使ってるマイコンボードは控え目に行ってもクレイ1を凌駕する小さなスーパーコンピュータだ。こんなもんを自己形成する事は出来ない。
「でも、おかしいですね。生物だって水や土や空気を環境に依存してますよね。自己形成してるったって全部大地母神からの借り物を移動させてるだけじゃないですか?」
自己形成という無理難題を提示され考えた挙げ句並木が一つの疑問に到達した。そして言うと同時にいらんことに気がついてしまった。大錬金術師アランが言っていた水と空気を提供してくれる「カミさん」とは、そんな人はどこにも居なくて大自然そのものなのではないか?と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます