第47話 闘争アングルの策定

 この闘争、火種となったのは教育機関に侵食してきたリース業であるが業者は単一ではないし、リース会社含めて登場する各エンティティはどれも悪意のあるものではない。利害が不一致なのであり、勝手に誤解した予算ガバガバガバナンスの金満研究室の自分勝手な期待と、リース業の本質をあえて無視して目の前の営業成績のために禁断の領域に手を出した愚かな営業社員たちの情報格差と決裁権が被害を大きくして学院内で弱い立場の隔離病棟研究室を困らせているという構図だ。行き着くところどこまでも人間の愚かさが本質なのだ。


 どこまで行ってもカネの問題だから事態は軽いとか活動するのが浅ましいとか軽く見られがちだが、カネはカネでもカネの流れ先の流量調整であるから、本当は命懸けの闘争になってもおかしくない重要な問題なのである。


 並木、坂本、そして三波たちは卒論は三波サイクルエンジンと聖剣素材とからくりホイールで査問は聴衆の驚愕を以て合格し個々人としての学位はもう確定している。レースでの問答無用の実績に裏打ちされた卒論に、三人とも本当に学士でいいのか、二段階上の博士やろうかと言われたが、学士、修士なしの博士はだいたいカネかコネで引っ叩いて買ってつけたなんちゃって学位であることが多く、そういうのと一緒にされたくないから全員学士論文として登録した。


 卒業は確定したとしてもやはり同じ学び舎で同じ時間を過ごした仲間としてこの学び舎にこの三人が居た確かな証拠を後輩たちに良き伝統として残したい。その三人の卒業制作がこの学園闘争である。


 隔離病棟の隣に学院図書館がある。蔵書100万冊を超える地域最大の学院図書館ではあるが、その蔵書のほとんどは閉架にあり、開架にあるのはくたびれたエロ本やボロボロの漫画雑誌、OB寄贈のホチキス本同人誌などろくでもない本ばかりである。そしてEクラス隔離病棟の隣という立地から容易に想像できるが……誰も静かに本を読んだりはしてない。あるものは本棚の上で眠り、あるものは中庭に生えてる葉っぱをキメてラリってる。「図書館では静かに」という貼り紙虚しく、ガキが騒ぎ回るどころじゃなく、まさしく貧民窟ゲットーと言える場所だ。逆にそれ故に作戦会議をしても問題になりにくい。読書会は時に革命の原点となる。


 図書館の片隅にある、魔術学院が創立当初図書館棟しか無かった時代の旧式の教室を貸し切り、会議を始める。


 司会進行と書記はひたすら冷静で理詰めで事を運ぶ三波。問題提起は並木。坂本は並木の盾であり剣となると言ってたくらいであるからこの集まりはヘゲモニーの奪い合いではない。そういう意味ならヘゲモニーは始まる前から並木のものだ。


「まず、今回の主題テーゼである、『リース業者を学院から締め出す学生の集い』だが、このテーゼに至った背景を確認しよう。」


黒板に主題を大きく書き、「背景:」と書く、これから背景をリストアップするということだ。


「研究装置のお下がりが無くなりEクラスと上位クラスの分断が激しくなる。」


並木がいうと三波が黒板の背景欄に「お下がりが無くなる」と記し、矢印を書いて「Eクラスの地位低下加速を懸念」と色を変えて書く。


「リース取引を理解してない教官による買いすぎと飽きてポイしたときの賠償金問題があるわね」


坂本が言うと二段黒板を上下入れ替えてもう一枚の黒板の方に板書する。

いったん言い分を書き出したのはそれについて一つづつ、対応策を挙げて俯瞰するためである。


「眺めてて思ったんだけどヨ、この学校のクラス分けの制度と予算配分マジでおかしくね?」


「予算の分配どうなってるんですかね?」


「この棟8つ研究室入ってるけど、8つの合計で他の研究室一つの半分以下ですネ」


「それとは別に補助とかいろいろ予算使えてるんですねあっちの研究室は。」


「本来ならこちらの研究室でも必要なら設備の予算降りないとおかしいですね。ここ20年ずっとお下がりですね。」


「そうなると、リースの出入り禁止を要求することがすなわちお下がり設備でやりくりしてる予算制度を追認することになりますヨ。」


トレードオフの関係になる。こっち立てればこっち立たない。


優先順位としては公平・平等な予算の確保が上で、それが出来ないならリースの出入禁止となる。前者のほうが本質的な問題ではあるがリース出禁の方は現実的なソリューションである。とはいえ人が噛んでる以上は現実的といえどそれなりに難しいだろう。ただし角度を工夫すれば必ずしもリース営業が敵とは限らず、予算の公正化に向けた場合には味方にもなりうる構図でもある。敵の設定が肝となる。

 まずはリースの本質として説明に用いられる「生産設備は所有ではなくて使用によって価値をもたらす。」の大原則について、研究設備は商売道具でないので設備が生み出す価値は月々の支払いに充てられる種類の価値ではないため、教育機関備品へのリースはモラルハザードであることを盾に揺りを掛けてそのうえで予算の不平等解消に助力するなら見逃してやるのと月賦と同じで満期まで解約できない旨をきちんと説明してそのエビデンスを出すことを条件に営業を認めてやるという構図とする。

 お下がりでなくてもきちんと設備が買えるだけの予算が出るならそれでいいんだ。いや、そのほうがいいんだが、二兎を追う者は一兎をも得ず。そして申し訳ないが、学院がマトモに隔離病棟に予算を割くということは無いだろう。

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