第38話 予選で速度記録チャレンジ

 カーステレオを降ろし市販エンジンを載せたカートは渋られたものの車検をクリアし参戦資格が認めたれた。


 まずは予選。ここでの成績で出走位置が決まる。


 「本物はすごい人数ですね。これだとゲームの1対1〜せいぜい8車競走とは勝手が違いそうですね。」


そう。狭いコースで30チームが参戦しているが、万一そのうち10チームが前に出て真横に並んでブロックしたなら後続車は技量と関係なく前に出れない。それはやらないルールではあるが、限界を攻めている競技の世界、たまたまそうなってなかなか解消しないという場面を審判が取り締まると寒い奴だとされてしまうので死文化されてしまった。


 つまり実質的に先行有利。そして先行車を決めるのが予選でのタイムである。リバースしないから速ければ速いほど出走場所が前になる。


「言うまでもないと思うが、容赦なくポールポジション獲りに行け。」


「決勝までに混走の練習していきたいのですが……。」


 レースがレースたる所以は同じコースに複数車両が出走することである。理想のラインを走ろうとしてもそこに他選手がいるので次善の策を場面場面で紡ぎ出す頭脳と、他車との駆け引きを行うプリミティブなコミュニケーション能力が選手の「強さ」を規定する。


 レースゲーム上がりの瀬名にはいずれも今時点ではないモノだ。三波サイクルエンジン使い放題ならばポールポジションから他車のない大海原をぶっちぎって独走の勝利パターンでレースの駆け引きなど無縁で勝てるが、主戦力は飽く迄も普通のエンジンだ。決勝に残れる順位に達しない場合の切り札として隠して装着してあるが、基本的に使わない事を前提としてる。

 音速で鍛えた瀬名なら状況の判断などは落ち着いて出来るだろうが完全にブロックされた場合はどうしようもない。そうならないためにもポールポジションで勝ち逃げするのが効率が良い。ゲームはロジックなので多車の動きは読めるしなんなら他者の動きを誘発させる条件を実現することで間接的に操作することもできるが、本物のレースでは対戦相手は生身の人間。何を考えてるかわからないしコントロールすることは出来ない。

 瀬名が天才たる所以は、ここで切り札を使って勝ちを取りに行く事よりも、練習のチャンスと捉えて自分をさらに強くしていこうとする向上心だ。

 レースゲームは定石の反応がプログラミングされているので、相手のミスを誘発させることが出来るが生身の人間相手にそれが通用しない事は頭ではわかっている。では身体に分からせるには、その駆け引きの場に身を置き自分事として対峙し、状況ごとの感覚を研ぎ澄ましていくしかない。そのためには1に場数、2に場数、34がなくて5に場数を踏むこと。そのためにはポールポジションから無双するのは悪手である。

 エンジンこそノーマルだとしても運動エネルギーを自由自在に出し入れできるからくりホイールと爪を立てて地面に噛みつく肉球タイヤはそれだけでも控え目に言ってチートアイテムだ。エンジンは走行中常時最大出力、減速はからくりホイールにエネルギー回収、減速の必要がなくなった時にはブレーキング中の貯金とあわせて放出なので実質的にどんな曲線でもストレートをドラッグレースするかのように加速していける。切り札を使わなくても充分に無双も出来る可能性を秘めてるマシンなのだ。


 予選ではじわじわと走り出しまるで老人のママチャリのように遅い。このままではポールポジションは愚かドンケツになるぞと危惧していたが、延々とカーブだろうがなんだろうがお構い無しで減速することなく加速を続け最終ストレートでは時速600kmに達し、伝説のキャンベルブルーバードCN号の動輪駆動車による世界記録に肉薄する。


「やってくれたな……」


三波が頭を抱える。


予選で伝説を打ち立てたが、ルールは厳格にトータルタイムによる評点であり、はじめにちんたらしてた時間が利いて1回戦は8番目のグリッドからの出走となった。


「いやぁ〜世界の壁は厚いですね。あと少しだったんですけどね~。」


30人中8位なのでまあこのレース参戦者の中では中堅の上位と言っていいだろうが、このレース自体がローカルであり世界の壁になんて臨んでも居ないだろ?何言ってんだコイツ。


「からくりホイールへのチャージがこのパワーでこの時間では間に合わなかったみたいですね。」


こいつ、はじめから速度記録の方に意識行ってやがる。何やってんだオメェ!


「でも、切り札は使ってないんですよスタート前の待ちをあわせて5分間からくりホイールにひたすら蓄えた仕事量をラスト2秒で放出しただけですよ。ルールでもレギュレーションでも禁止されてない堂々の速度記録です。」


ちんたら走ってると思ったらこいつ蓄えてたのか。そもそもそれは速度記録を狙って作った車両じゃない。

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