第37話 瀬名にかける
「ゆっくり細密画を描くような感じですね」
市販の定番のカート用エンジンに載せ換えた三並レーシング競技車両でテストコースを一周回ってきて瀬名が感想を述べる。
遷音速でこの狭いコースを練習してきた瀬名にとって高々時速200キロで走るのは物足りないだろうと思っていたら、少しでも速度を保ってかつ時間が最短で曲がれるコースを見つけ出すことは遷音速で走るのとはまた違った走り込みポイントがあるようだ。
「いきなりぶっちぎるのは難しいかもしれませんが、マシンのアドバンテージでいい試合が出来そうです。競走ですからあとは敵車との競り合いの場数を踏まないといけないですね。一度で上位食い込みは難しいでしょうけど予戦、本戦前半で落とされない範囲で感覚鍛えながら、シリーズ優勝は無理でも決勝まで残り、決勝戦で1位を取るのを目指します。」
瀬名はなかなかの手応えを感じているようだが三波は涙目だ。
「どんだけ燃料食うんだこのエンジン……俺の飯代が……」
えっと……それが普通の化学反応を使用したエンジンです。質量欠損を直接起こすような効率は普通出ません。
この練習は並木も観に来ていて、ただただ感心してる。
「瀬名くんの運転、ゲームもすごいけど実車でもすごいね」
遷音速の車両を校庭の敷地内に留めるだけでもすごいのにパイロン倒さずに回って来れるのが瀬名という怪物だ。錬金術師ではないが並木に負けず劣らずの天才の類だ。
「ヤツならおめえの軽だと遅えって言うだろな」
並木の闘争本能を呼び覚ますためにちょっとハッパかけてみる。
「僕の軽は速く走る車じゃないからね。公道はサーキットじゃない。交通法規があって何人もそれから外れた運転しちゃいけないんだ。そして量産車はその交通法規の範囲で運転するように最適化されている。」
挑発に乗らない。ある意味御立派。速くしたければいつでも言ってくれ。
「でも計画が白紙に戻っちゃったな。100万馬力のカートで瀬名旋風を巻き起こそうってしてたのにさ。」
「仕方ないよ。エネルギー産業は支配構造の基本だもん。それをひっくり返すような発明は絶対に公認とか競技参加資格は取れないよ。」
時々並木は身も蓋もないことをまるで所与の動かせないことのように言う。そんな自動車連盟なら俺たちがフェアな競技を主催してやるってくらいの気迫が欲しいところだが、もし仮に三波がそのような競技を開催したとしたら結局三波サイクルエンジン搭載車ばかりになるのも目に見えている。
彼らは彼らで化学内燃機関を作った、あるいはその市場やインフラを整備してきた者たちがスポンサーであるからそこで行う競技も前提として化学内燃機関と石油系燃料でなければ土俵に上がらせない。並木にとってはそれは当たり前の話なのである。
「少なくとも練習用に省エネの目的だけでも質量欠損エンジン使わせてほしい」
「他のド素人ならともかく瀬名くんは既に基本が完全に出来あがってるから、練習でも本番と同じコンディションでないと意味ないよね。」
「じゃあ、俺たちも作るか……。本番に使える化学反応エンジンを。それにしても美しくないんだよな。内燃機関サイクルって奴は。排ガスも、排熱も、ともかく気に食わん。燃料を捨てる水圧で水車回してるような効率の悪さだ。」
「とりあえず、ラジエターとマフラーが要らないってのを目指してみたらどうかな。熱や音の振動を捨ててる訳で。」
「燃やしてる限り無理だ。」
「セルモーターに三波サイクルエンジン隠しちゃうのはどう?」
「それだ!!」
「しかし、ここぞというときの切り札専用になるな。普通に走ってるときに遷音速でぶっ飛ばした瞬間バレる。むしろ練習代わりの予戦、本戦で次のステージに臨めない危機に瀕したときだけこっそり使うくらいだな。それ以外はほぼほぼ市販エンジンの力で戦ってもらう」
「でも、セルモーターが走行中に回っちゃダメってことはないよね?」
「必要が無いだけだな。普通つけないが、つけててはいけないとは今時点書いてない。そしてなにより練習の燃料代が(以下略)」
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