第36話 その程度で諦めるのか
カートはレギュレーション違反ということで参加資格を得られず、せっかく作った車両は使い道のないものになった。
かつて聖剣が積み上げられていた研究室の一角が30cc三波サイクルエンジン(試作品初号機)とその変速機一式や路面追随ホイール(試作品補修品)、肉球タイヤ、そして失格になったワンオフの競技車両など、夢の跡のガラクタの山が出来てる。一応歴代のゼミOBが残していった謎制作物もちょびちょびとはあるが、たいていは点火プラグやバルブタイミングアクチュエータやトルクコンバーターといった小さなものばかりで、三波が作ったものが圧倒的にデカいため卒業制作物ガラクタ置き場というよりはほぼ三波の私物置き場と化している。
教官からはどうせ他の子来ないから当局からゼミ室引っ越しとか言われるまでは良いよと特別な許可をいただいている。聖剣使い放題で手や内臓の欠損を治してくれた礼としてはこんなのでは足りないが……と言ってくれてるが、当局から引っ越し云々とかそういうフラグ立てないでくれ。そのケースについて考えなくちゃならない。
「いったん成果は出たので、引っ越しのときまでに制作物処分しちゃおうかなと思いますが、要りますか?」
「お気持ちだけいただいておこう。」
婉曲表現だが要するに自分でなんとかしろということだ。この教官には聖剣の貸しがある。ちょっとご協力いただこう。
「公道走れる保安基準を満たすように改造しますけど、ご家族にクルマ欲しい方居ます?」
「間に合ってるな。べつに引っ越しの話だってまだ当分は来ないから試作品の置き場については気にしないでいい。ゆっくり考えておけばいい。それに……」
なんか教官が変な人を見るように三波に言う。
「キミのカートに掛ける情熱は一回車検落ちたくらいで諦める程度のものだったのか?」
「カートに出たかったわけじゃないんですヨ。三波サイクルエンジンを世に問いたかったんですヨ。」
「入口はエンジンだったかもしれないが、エンジンを活かすためにいろいろ作ったではないか?それらは世に問わなくていいのか?」
「まとめて世に問うためのカートレースだったんですけどね。」
「これに普通のエンジン付けても出場出来ないか?」
「……まあ軽いですから出場は出来るでしょうけど、絶対的な性能差が確保できないので勝つかどうかは瀬名のドライビングテクニック頼みになりますね。それに、からくりホイールはタイヤが持て余す分を有効利用するって発想なのでパワーが余らなければ作動しませんし、からくりホイールが余らせるパワーで肉球ホイール駆動してる訳ですから。結局これら一連のデバイスはエンジンありきなんです」
「普通の方式の、その制約の中での最強のカート用エンジンを作らないか?」
「過給がルールで禁止なのに?どこに工夫の余地があるんですか?同じ土俵なら大資本に逆立ちしても勝てませんヨ」
同じ土俵で戦うのを避けるためだけに質量完全欠損を作り出すのおかしいわ。
ちゃぶ台返しするために重機使うような圧倒的パワー。
「過給がルールで禁止、気筒数がシングルって決められてるのに質量欠損エンジンが禁止になってないのは完全にルールの不備だったな。」
「少なくとも三波サイクルでは過給もへったくれもないですからね。むしろ本体が耐えられる範囲に抑えるためにどれだけ少なく取り込むかに苦心するくらいで。」
「完全バランスさせるために6気筒は欲しいですよね……。」
「それは4ストロークだからだろう?1気筒で完全バランスさせる燃焼サイクルは無いのか?」
ふたりは黙り込む………。ふたりが同時に何かを思いついたようで、声が揃う。
「ガスタービン!!」
「でも、このガスタービン前段の圧縮機って……」
「広義の過給器……だな。ルールで禁止されてる。」
「でも吸気の次の圧縮って過給にならないんですかね?」
「習慣的な言い方だな。なんでこれがOKでガスタービンの前段がダメなのか?」
「エンジンの外部で圧縮してるからってことじゃないですか?だから圧縮機と燃焼室合わせて60ccに収めれば…。それでも50Kw級にはなります。自然吸気の軽自動車並みですね。」
教官と三波がまた変な方向に早合点してると坂本がやってきてダメに決まってるでしょと怒ってきた。
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