カート競技

第31話 (三波side)並木のケツを叩く計画

 聖剣軟膏のレシピを伝授され、聖剣の素材化への制限要因は何もなくなった。軽くて、折れず曲がらず疲労知らずの最強の素材でマシンを作る。シリンダーサイズ30ccの試作品の三波サイクルエンジンを聖剣素材を前提にリメイクすることで外寸が同じまま60ccに拡大出来た。コレでレース参加資格を満たすシリンダーサイズになった。


 エンジンを組み上げてると瀬名がこっそり逃げようとしてたのでとっ捕まえる。


「なに大きくしてるんですか!!!」


「大会のレギュレーションというヤツですョ。60cc以下は参戦出来ません。なあに、前の30ccは素材の限界から回転数でパワー稼がなきゃなんなかったが、聖剣素材のおかげて低回転でもトルクでパワーを伝えられるようになってとっても使いやすい100万馬力ですヨ」


「出力のレギュレーションは無いんですか。どこの世界に100万馬力の60ccがあるんですか!」


「出るもんは仕方ないですョ?」


「死にたくないです。」


「じゃあ出さなければいい。出せるだけですヨ。出さないこともできますヨ。そのためのトルクなんですヨ。前は軸が捩りに耐えられないからひたすら高回転でパワー取り出さなきゃならなかったところ今度のは低回転型ですヨ。最大出力は同じだし、そもそも今の最大の問題はタイヤ。」


 摩擦によって走る通常のタイヤだと受け止めきれないパワーが入力されると空転する。これを何とかするためにはなにがしかの力で路面とタイヤが一体化しなくてはならないがくっつけてしまうと今度は離れないから回れなくなる。タイヤには路面につけたいところだけつけて離れるべきところはすぐに離れるという離れ技が求められる。


「エンジンのパワーを出し切ることは考えずに、タイヤの制約の範囲で走りましょう。」

瀬名がエンジンを無視して安全運転する宣言している。


 まあ実際のところそうなるだろう。しかしタイヤこそが最強のチューニングパーツであり、一桁秒台の差が出る唯一のチューニングメニューはタイヤだけだという。タイヤの能力を超えて前に行くことも曲がることも止まることもできない。つまり何万馬力出せるエンジンであろうと同じタイヤを使ってる限り8馬力の60ccオットーサイクルエンジンと一桁秒も変えることはできず、タイヤが受け止められる以上のパワーは全部空転に浪費される。空転すると摩擦係数もガクっと落ちるので空転させないことが何よりも重要だ。


 吸着と剥離の両方を狙った場所で発生させるメカニズム、接地面に喰らいつき、剥離箇所で喰ったものを排出する機構を持つ、「生きているタイヤ」が必要だ。市販品も高速回転時の流体力学は考慮されていて、ハイドロプレーニング現象を起こしにくいタイヤのパターンになっている。しかし三波サイクルにはその程度では全然足りない。高速時のみならずスタートダッシュ時からガッチリ効き、水ではなく空気すら隙間を作る邪魔者だ。空気うまく抜いたところでたかだか一気圧。されど一気圧だ。


「人知に及ぶ範囲の工夫は既に市販品で実装されてる……。ならば、困ったときの並木だな」


 三波は街遊びでは並木に負けないと思っているが、錬金術では負けを認めている。あとはクルマへの情熱に火をつけることができればありとあらゆるトンデモパーツを自発的に発明してくれるだろう。今はタイヤが問題だが、あのぬいぐるみが積もったピンクの軽乗用のオーナーに走りの楽しさを教えるのは難しそうだ。


 まず、運転の楽しさは聖剣伐採で味をしめてくれたのでそれはよし。しかし運転はマイペースで煽られる前に進路を譲るし、唐突に現れて実力で追い越されてもふふーんと気にもとめない。

 そもそも非力な筈の軽四でさえヤツは一切パワー不足とか遅いという不満を持ってる気配がない。こういうものだとありのままで満足してるようだ。タイヤを自ら発明するのが早いか、並木のハートに火を点けるのが早いかそこが問題だ。


 いきなり本物を見て感じてもらうってのは難しい。本物を見て感じるにはある程度素地が必要で、並木には才能はあるがその素地が無い。無ければ素地を形成しないといけない。やはりはじめはゲーム機でのイメージトレーニングから。

 次の奨学金支給日には散策経路にゲームセンターを入れよう。

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