第30話 エルフの恩返し

 人と会うことは難しい。全ての出逢いは基本的に一期一会である。虚空の中を数え切れないほどの粒子が飛び交うことで極々たまに粒子と粒子が出会う事も起こる。それは試行数が天文学的であるからさもよく見る光景のように見えるが、本当は数の力で押し切ってるだけの奇跡なのだ。奇跡を起こすために人は寄り合い、引き寄せ合うがもともと違う粒子が真の意味で融合することなどないのだ。


 トラック事故を起こしたエルフの運転手は、当初混乱して救命措置も緊急通報もすっ飛ばして保険屋に電話していたが、保険屋の定型の応答として、救命措置はしましたか、緊急通報はしましたか、二次災害の防止は出来てますかと聞かれて大事なことを全部すっ飛ばしてる事に気が付き、覚悟を決めて自首……もとい事故の通報を行った。


 電話口で事細かに被害者はもう絶対に助からない旨を告げ、交通刑務所ゆきを覚悟していたところに、うぇ~い系の学生が悪ふざけついでに被害者のご遺体にビールをふりかけていた。いくらなんでも被害者に失礼であんまりだと抗議したくもなったが、事故当事者は自分であって人さまの事言えた立場ではない。

 この屈辱は、他の野次馬たちがしっかりそのふざけた学生どもを非難してくれたので溜飲は下げたものの、これから始まるブタ箱で臭い飯を食う日々からは逃げられない。そう思ってた矢先に奇跡が起こった。


 道路に飛び散った臓器、広がった血が綺麗さっぱり片付いていて、被害者がピンピンに、そしてきれいになって立ち上がる。そのおかげで遅れて現場に駆けつけた救急と警察からはイタズラ通報するんじゃないとむちゃくちゃ絞られた訳だが、ブタ箱行きは逃れた。その時はふざけた悪辣な学生だと思っていたが、冷静になって考えれば大恩人であり。どれだけ礼を簡略化しようとも毎年中元と歳暮くらいは贈らないとおかしい。


 そういうことで、エルフの秘薬「聖剣軟膏」を作り贈呈しようと魔術学院の門を叩いたのだが、時間帯が悪かったらしく出てくれなかった。


 二度目は食堂でと約束を取り付けたが、エルフが人族の学校に白昼堂々と足を踏み入れたら驚かれるだろうと世を忍ぶ仮の姿として、目出し帽、サングラス、マスクにレインコートに身を包み、魔道具の杖は人族が見慣れた鉄パイプに持ち替えて魔術学院に進入しようとしたら警官に阻止された。


「ちょっとそれ脱いでくれる?」


 なんだ!人族の警官はエルフの裸体を見るのが好きなのか? そのようなエルフを脱がす漫画が人族の間で流行したことがあるとは聞いたことがあるが、漫画と現実はごっちゃにしちゃダメだよ。さては漫画の妄想の世界のまま歳だけとって社会に出されて恥をかいてるお子ちゃまか。


「猥褻物陳列罪になるじゃないの」


「ごちゃごちゃ言わずに脱げ!」


「このセクハラ職権濫用警官が!」


「キミねぇ見るからに怪しいんだよ、ここで脱げないなら署まで来てくれる?」


「わらわの裸なら見せぬぞ。任意同行ならわらわは拒否する。」


警官はしびれを切らし、拉致してパトカーに乗せて取調室に連れて行った。


取調室では一本足の椅子に縄で縛り付けられ2時間放置された。手足の自由を奪うと人権問題になるとかなんとかで椅子とは胴で縛り付けられていて手は使えるが、足は縛り付けられた椅子と干渉して、歩けることは歩けるが非常に不快である。

 待たされている間、取調室の壁に鼻くそ付けてささやかな復讐をしておく。


 取調べの警官が入ってくるなりバシンッと机を叩きつけ、「お前がやったのはわかっているんだ!!」と大声で叫ぶ。


馬鹿じゃね?何をやったってんの?何も起きてないよ。と冷めた目線を送るとこちらの顔をみて、その警官は怖気づいたようで、他の警官に告げた。


「コイツには関わるな。我々から時間を奪うことが目的の愉快犯だ。こんなことしているうちに別のところで事件起きても対応できなくなるだろ!そのための工作員だ。コイツ自体はいくら調べても何も出ない!前もいたずらで人身事故を通報してきて何も無かったやつだ。目的は捜査リソースの浪費だろう。関わるな!関わったらどっちに転んでも奴等の思う壺だぞ。」

―――

 エルフは解放されて三波たちの演習1のコマが終わったところに訪問した。演習のコマは形式的に時間の枠があるが、ダラダラと夜は底なしでいくらでも続くが、それでは深夜になるのでその前に来る学校の規則上の終わりの時間の訪問だ。


「あっ!イタズラ通報犯だ!」坂本がエルフの顔を見るなりしょうもないことを言う。


「突然お邪魔して申し訳ありません。先日、事故当事者となるところをイタズラ通報者にまで軽減してくださったことのお礼したくて。」


「まあ、長命種は時間の概念が俺たちとはちょいと違うから仕方ないな。ようこそ。」


「こちら、エルフ族に伝わる秘薬、聖剣軟膏です。先日お使いいただいたエリクサーの埋め合わせには足りませんが、わたくしどもが出来る最大の返礼品となります。」


軟膏だと?!! ゼミ室は色めきだった。


 材料がちょうど保管場所に困っていたリカバーエキスそのものだったので、三波たちは作り方をしっかり教わった。その真剣な眼差しは教官が嫉妬するほどに。

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