第12話 (三波side)慣性軸受け
三波サイクルエンジンは一つの課題に直面していた。理論上は吸引した燃料の全てを軸回転に変換するのだがその回転を受け止める潤滑がどうしても不足する。回転速度が上がりすぎて潤滑油を遠心力で吹き飛ばしてしまうのだ。
「深海魚の腸から抽出した最高級潤滑油でもダメですか……。」
三波が所属するゼミ室の机の上には、オリーブオイルにはじまり、コレステロールが少ないことを謳うコーン油、醤油、丁字油、椿油、菜種油、灯油、重油、ゴマ油、中年の油ギッシュな顔から採集した油、ラー油、ヒノキの精油、などなどおよそ油とつくモノならなんでも持って来いと言わんばかりに油が並べられて一つづつ特性テストをしている。
「これは考え方から変えないといけないかもしれませんヨ。」
流体軸受も空気軸受も当然試した。結局全部ぶちまけてくれる。油は飛散し、空気は掻き出されて真空になり軸受の構造物自体が変形蒸発する。
困ったときの並木だ。あいつは街遊びこそ知らないクソ真面目で寒い錬金術師だが、錬金術の腕は確かだ。先日も衝撃を吸収しながら自己再生する素材を発明して産業界に壊滅的な衝撃を与えた。これにより各種工業製品から寿命という概念がなくなったと言っていい。素材が疲労することでどんどん弱くなって最後にプチって行ってしまうのが工業製品の最期だが、衝撃が入るごとに破損した箇所が勝手に融解して再結晶化して焼入れ焼鈍しされ新品の構造に復帰する。以下繰り返しなので製品として常に新品の強度が保たれる。
この自己修復的な何かを軸受の潤滑に応用できないだろうか?さっそくヤツのいるゼミ室に相談しに行こう。
三波がいるゼミ室の斜向かいが並木の居るゼミ室だ。Eクラスの学生を受け入れるゼミはやんごとなき御身分のA〜Dクラスの学生が出入りする建物ではなく入口から別になっててここはゼミ室棟ではあるが、通称「隔離病棟」と言われてる。政財界の大物の資金援助を受けて最新設備で明確な目的を持った研究を行うA〜Dクラスのゼミ室とは違い、基本的に機材はお下がりで指導教員はその競争にあぶれた敗者たちだ。たいてい気力を失っており、自分の研究なんてものはなく飲んだくれて学生に放任だったり、逆に自分の無念を晴らすために後進の指導に全身全霊で取り組んでいたり、いずれにしても生徒側が自由に研究出来るという点ではEクラスのほうが優位であった。並木も三波も選べる権利があったとしても迷うことなくEクラスを選んだだろう。
コンコンと並木のいるゼミ室をノックするとガバッとドアが開き、坂本に銃を突き付けられる。
三波は突然のことに一瞬呆気にとられたが、とりあえず事態を理解したので口を開く。
「おい、穏やかじゃないな。」
「あっ、三波さんでしたか…。怪しい奴かと思い警戒してしまいました。大変失礼しました。」ペコリと坂本が謝罪するが、それ、普通謝罪じゃすまないから。
「こら、だめだぞ、坂本くん。そんなことしてるとこのゼミに人が寄り付かなくなっちゃうよ。良い話も来なくなるから君のソレは間接的に俺への攻撃になってるんだぞ。」
坂本は平謝りしてる。かくなる上はと自決しそうだったので二人で止める。うわぁ面倒くさいメンヘラヤンデレ女だこれ。
しっかりお説教して、ここは戦場ではないこと、仮に襲われてもアーマーをつけてればなんともない事を理解してもらう。あとは非戦闘地域で暮らすための基礎的な心構えなどなど。
やっと本題に入る頃にはすっかり陽が落ちていた。
「ふーん。軸受けの潤滑油、流体が飛んでっちゃうのねぇ。」並木は思索を巡らす。
「じゃあ、軸受自体が無ければいいんじゃない?プラネタリーギアみたいにさ。」
いやいやプラネタリーギアにだって軸はありますって。
「でも、ほら動き回る軸あるじゃない。軸受で固定されてないやつ。それで減速していって一番外のどうしようもないやつだけ軸受けてあげればいいよ」
「それはエンジンそのものをぶらんぶらんとぶん回すってことかヨ?」
「そう。インホイールロータリーエンジンってあったじゃない。固定軸の周りを回転するやつ。」
その発想はなかった。
「もしくは慣性力でその場にあり続けることが必然な回転を掛けるとか。地球ゴマみたいにさ」
いや、地球ゴマだって軸受ありますって。
「コマが浮いてたとしても向きを変えるのに大きな力がいるだろ?それを四方八方から固定するようにするの」
「それだと回転軸に異なる角度で交わる部分に軸受けが要るんですヨ」
「さっきのインホイールロータリーみたいに必ずしも動いちゃいけないってこともないでしょ?」
「具体的にどうするんだ?」
「そんなの考えついてたらだべってないで自分の名義でパテント取っちゃうよ。あとは考えてよ。」
こうして三波は作動時に空中に宙ぶらりんになることで軸を止める慣性軸受を発明した。
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