第7話 希望の男登場

 並木は買ったばかりのヒールの王冠を抜いて、内臓をぶちまけている飛散し破れた衣服がまとわりついてる血まみれの肉塊にふりかけると周囲から制止される。


「何やってんだオメェ!」

「傷口に異物入れたら助かるものも助からんだろ!」

「まだ死んだわけでもないのにそういうのやめろよ」

「死人を踏みにじる行為を恥じろ!」


 助けようともしない奴らが他人の行動を非難することだけは達者だな。救命を目的にする行為はそれが間違っていたとしても罪に問われることはないという大原則があるのに。そして並木オレは錬金の徒だ。生命の神秘を覆うベールを一枚一枚野球拳のようにはいでいくのを生業としている。


 ヒールが何物であるかはわからないが、このヒールが本物であれば効くはずだ。死体1人につき10ccで蘇生するということだが、どれだけ振りかけただろう。ヒールは足りないより余ったほうが良いと思ったので少し多め……瓶に残る残量から考えると200ccくらい使ったかもしれない。完全にオーバードーズだ。


 孤立無援のなか非難を浴びせられ続けるが、何もしてないやつほど吠えるのだけは立派やな。オレを非難する前にお前らが何かやったのかよ?

 何もしてないくせに文句だけ言うこいつらはそういう生き物なんだと思うと、いちいち腹を立てるのもアホらしい。野良犬に噛みつかれたからといって犬に対して烈火のごとく怒り狂うだろうか?そういうことだ。オレはこいつ等と同じステージに居ない。


 ただ、一抹の不安は残っている。ヒールが偽物でなんの効果もなかった場合だ。ホトケさんに酒をお供えしたんだという言い訳はあるし、緊急の救命措置において間違えたことは罪に問わないという大原則からも指くわえて見るだけで行動する人の足を引っ張るコイツラよりはマシなのだが……。


 5分経過後、光とともに男が立ち上がる。ぶちまけてた内臓も血液もまるで事故そのものがなかったかことにされたかのようにきれいに回収され道路の中で立ち尽くしていた。

 何故か長身美形のイケメンだった。おかしい。記憶が確かなら汗臭そうなハゲのキモオタデブだったと思ったが。


効いたなIt works.」三波はボソッとこぼす。


 しばらくして救急車とパトカーがやってくる。遅えよ!人はたしかに10分では死なないかもしれないが、再起不能の致命傷を負うのは一瞬の出来事だ。


「いたずら通報はやめてください、本当に必要なところに行けなくなるでしょう?」公安の犬のオマーリさんがエルフの運転手に不平ぶちかましてる。エルフの運転手は縮こまってひたすら平謝りしてる。


 三波と並木はマジックアイテムの限界をここに見た。胡散臭い入手経路から手に入れたヒールは本物だったが、到底この世の中では受け入れられないシロモノだ。流通にものすごい制限が掛かっている事にも納得出来た。なにせ使ったのに誰一人感謝しないし却って混乱してるし。下手すると余計なことしやがってって怒られそうな勢いだ。


「オレの三波サイクルエンジンも多分ダメなんだろうな……。」


「そう…だね……。」


 物質の持つポテンシャルを完全にエネルギーへと解放することで微量の燃料で絶大なパワーを発揮する三波サイクル。その効率は燃料の重量が光速で動く運動エネルギーに比例する。反応の前段階に炭素結晶の構造を利用した原子整列のために炭化水素を用いるので燃料はガソリンだが、全てが軸回転に変換されるため排ガスは無い。吸引したガソリンは文字通りこの世から消え去る。


 「形式認可のZ、つまり排ガスを出さない車両認可なんだが……水素と電気以外は取れなそうなんだよね。」


 さて、この場において事故を未然に防いだし、死にかけの人もポーションで治癒したし感謝されこそすれ非難される筋合いなどなにもない。面倒事に巻き込まれる前にずらかるとしよう。三波のお目当ての店はまた今度仕切り直していくことにした。


 でもあの轢かれたひと、同じ人として世間が受け入れるだろうか?きれいなジャイ◯ンはその後どうなったのだろうか?家に入れてもらえなくない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る