番外編 姉、ホワイトデーに悩む。

 ホワイトデーは三倍返し、なんてよく言うけれども。

(ティロルチョコの三倍返しって……なに??)

おかげさまで最近の検索欄はといえば

「ティロルチョコ お返し」

「ティロルチョコ 三倍返し」

もはや何を渡してもいいのではなかろうか。

自室の椅子の背もたれに全体重を預けて、見上げた天井はなんだかいつもより眩しくて。

……こんなことで、悩んでいる自分を嘲笑っているような気がしたのだ。

(んー、とりあえず何か……買いに、いや……あの子甘いもの好きじゃないし)

私を悩ませている相手、すなわち義妹の雪乃はといえば甘いものが好きじゃない。

これがまた悩む理由の一つである。

(あ、枝毛……)

……こんな風に現実逃避するくらいには。

バレンタインに言われた事を思い出して立ち上がる。



 コンコンとドアをノックすれど、返事がない。

珍しい事もあるものだ。

「雪乃、入るよー」

内心ごめん、と謝罪して彼女の部屋に足を踏み入れる。

彼女の部屋は相変わらず、きちんと整頓され……ていなかった。

普段、几帳面に片付けられている室内がなんというか……泥棒でも入ったのかと思うほどに荒れている。

その中で、デスクに突っ伏して寝ている義妹の姿。

(なんだ……寝てるのか、というか何があったんだ)

チラ、と見れば彼女のパソコンの電源がつけっぱなしになっていることに気がつく。

見てはいけない……そう思いながらも視線が吸い寄せられる。

「ホワイトデー お返し 重くない」

「ホワイトデー お返し 相場」

なんだか似たような履歴にくすり、と笑いが漏れる。

(相場って……)

と笑って、自分が贈ったものを思い出す。

ハマギフ五万円。

んーー、そりゃ悩むというものだろう。

適当にすませればいいのに、律儀な子なんだから、と毛布をかけようとして

「湯豆腐っ!!」

突然の大声に、手にした毛布を落とす。

「……ん、あれ……お姉ちゃん」

私、寝てたのかぁなんて言いながら伸びをする義妹。

(なに?えっ……夢、寝言?なに?湯豆腐……?)

困惑が渋滞する。処理落ちとかいう話ではなく、何が、どうして。どんな夢でそんな発言で。

「あ、ちょっと聞きたいことがあって来たんだけどね」



 ──と、事の経緯を話せば。

「フッ……律儀」

なんだ、こんにゃろう。

この、今この子鼻で笑っ……おん??

「あ、じゃあ明日一緒に買いに行きましょうよ。どこかの誰かがくれたハマギフのお返し選びに難航してるので」




 だからといって、わざわざ外で待ち合わせする事ないと思うのだが。

「じゃあ、駅で待ち合わせしましょう。なんだか非日常感ありません?」

なんて、笑顔で誤魔化されてしまう私である。

ああ、ほら……案の定。

「おねーさん、待ち合わせ?」

なんて、絡まれているわけで。

男達の隙間から、ふわりとしたハニーブラウンが覗く。

足早に駆け寄って、雪乃の手を引く。

「悪いけど、先約あるんで」

彼女を庇うように割り込んで、そう言えば。

「へぇ……おねーさんも結構かわ……んん、微妙だな。なんか……萎えたわ」

主に、私の、胸元的な所を見て、去っていく男達。

(悪かったなばーーか!!)

内心死ね、とジェスチャーしながら雪乃に声を掛ける

「大丈夫?何もされてない?」

「お姉ちゃんが来るまでガン無視してたので」

ああ、そう……。ほんと、強かな子である。



 そんなこんなでやってきたのは雑貨屋。

本当にここで良かったのか、と問えば

「お姉ちゃん新しいピアスほしいってヴィッツァーに書いてませんでした?」

ああ、確かに。そんな事、呟いたかもしれない。

「まぁねー、今のこの貴族生活のうちに楽しんどこうと思ってね」

仕事中は地味に過ごさないといけないからねぇ、はは……と笑っている私をシカトして。

「これ、どうですか」

と、彼女が指さしたのは……

「えっ、こん……」

(こんなの推し概念ドンピシャすぎんか!?えっ……はぁ!?え、良き……)

「見るからに満足なので、じゃあこれにしますか」

悶える姉なんて、居なかったとばかりに会計を済ます義妹。

(はっっや)

いや、雑貨屋とかもっとこう……見ない?見ないか……

「はい、これ」

「あ、どうも……」

あっさりし過ぎかもしれない、が。たぶんこれくらいで丁度いいのだと思う。

「んで、雪乃ちゃんは何が欲しいので?」

「んー、スマートウォッチ」

自分で買ったの即無くしたので、とのたまう義妹氏。



 そうして、お次は家電量販店。

軽快なCMソングが流れる中、売り場を探して歩く。

「お、あった。どんなのが欲しい?」

「お姉ちゃん着けてるやつってどんな機能?」

んー、と思い出しながら説明していると店員が寄ってくる。

丁度いい、と声をかけようとして、止められる。

「姉、おい、姉」

「ん?」

ちょっと拗ねたトーンでなんとなく察する。

お返しくらい自分で選べ、ということだろうな。


 そうこうしながら、私が彼女に選んだもの。

自分が使っているものより性能が良く、それでいて軽量。

(強いて言えば!私のお財布に優しくないけどね!!)

会計を済ませて彼女に手渡せば

「これなら無くさないかも」

「かも、じゃないんだよなぁー!!」





 その日の夜。

『少し早いけどホワイトデーに推し概念もらった』


『少し早いけどホワイトデーにスマートウォッチもらった。これは無くさずにすむ』


そんな呟きがタイムラインに流れるのである。




 






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ウチの義妹は距離が近い 左魚 @Natsu_Tanuki

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