番外編 姉、チョコをもらう。

 もそもそと布団から起き上がる。

「んーー、ねっっむい。ていうか寒い」

さむ……と上着を羽織って、温かい飲み物を求めて一階へ降りる。

「あ、お姉ちゃん。おは……よう?」

「ん、雪乃おはよー」

疑問形の妹に軽く挨拶してケトルからお湯を注ぐ。

うむ、やはり冬は緑茶に限る。

「あの……お姉ちゃん……今、夕方です」

「は?」

……なんだと?

バッと、時計を見て絶句。

なんてこったい。

時刻は午後四時を回ったところです、なんて脳内で言ってみる。

昼夜が逆転した……。

「あー、その……つまり、ね?」

道理で両親が居ないわけだよ!

だって夕方だもん!

いや、むしろ雪乃はなんでいるんだ。

「私は冬休みです」

顔に出ていたのだろうな。うん。

「冬、休み……」

ああ、社会人になってから久しく聞かなかった単語だ。

冬の休み……。

「いや、お姉ちゃんも冬休みだが!?」

冬休みというか失業保険で悠々暮らしているだけだが。

「あ、うん。そうですね。で、晩ごはん何食べます?」

おい無視かこら。

帰ってきた時はあんなに……お姉ちゃん、お姉ちゃん♡ってしてたのに。

「……肉じゃが」



 無茶振りにも答えてくれて晩ごはんは肉じゃが。

相変わらずの美味しさに、ちょっと……食べすぎてしまった。

(まずい、私どんどん駄目人間になっていく……)

「お姉ちゃんってバレンタインどうするんです?」

一緒に食器を洗っていた雪乃が急に問う。

「はい?」

「あ……お姉ちゃん……縁が無さすぎて……」

わすれちゃったんですね……よよよ、と泣き真似する義妹。

「いや、分かってるから」

(バレンタインなぁ……お父さんと雪乃とだけかな)

ちらり、と義妹を見て考える。

そもそもこの子、チョコとか好きじゃないじゃん、と。



 そうしてやってきたバレンタイン当日──

インターホンの音に慌てて階下へ。

ガラリと開けた玄関の先には。

「やっほー千歳、元気?」

友人の……江波玲奈。

「玲奈?どしたの?」

「あ……もしかして社畜過ぎてバレンタインとか忘れた感じ……?」

可哀想なものを見るような顔で。

(この顔……帰ってきた日の雪乃を思い出すなァ…)

「んなわけないでしょ、覚えとるわ」

入れば?と友人を迎え入れる。

「おじゃましまーす」

はいよーと返答し……

「どうも、本当に邪魔ですね!!」

「うわ、びっくりした……雪乃居たの?」

急な声に顔を上げればリビングから顔を覗かせる雪乃の姿。

「やっほー雪乃ちゃん」


 何?この……なに……?

友と、義妹と、それから私。

「で?玲奈さん何の用なんです?お姉ちゃん忙しいんですよコレでも」

何故だろうちょっと貶された気がする。

(昔は玲奈と雪乃って良く話してた気がするんだけど……)

そんな疑問を解決するするかのように

「昔はあんなに……気になるお姉ちゃんの事教えてあげてたのに……」

と玲奈が茶化す。

「わー!!玲奈さん?帰りますか?帰りますよね?」

慌てる義妹。笑う友。

(なんか……私が蚊帳の外では?)

「えーっとつまり、なに?」

終始疑問符を浮かべた私を

二人揃って、可哀想なものを見る目で、見た。


 二人を軽く叩いて、話せと促せば。

どうやら。

昔はお姉ちゃんの事を知りたい、とせがんでいたらしい。

……なんと可愛い。

(それに引き換え今は……)

可愛いと言うよりは美人。

いや、そこではない。

そんな控えめな子が。

コレ、である。

「お姉ちゃんは、私と!過ごすので」

どうしてこんなにシスコンなのか。

「ツレナイ事言わないでよー。友人にチョコ渡しに来ただけじゃん」

ははは、と受け流す玲奈。

「ねぇ……二人っていつもこんな感じなの?」

慣れたような玲奈の態度につい。

「まあ」

「わりと?」

と、二人して。

(なんか……やだなぁ)

どっちに、とかではなくて。

単純に、私が寂しいだけ。

「え、お姉ちゃん嫉妬ですか!?」

「なに、寂しかった?」

……前言撤回、どっちも鬱陶しい。



 じゃあね、と手を振って友人を見送って。

家には私と雪乃の二人きり。

「お姉ちゃん……その、バレンタインですよ」

急にしおらしくなる義妹。

……なんだその態度は。

ちょっと緊張するじゃないか。

「そうね?」

「お姉ちゃんからは……チョコとか……」

無いんですか、と。

くそ……!顔が良い。

「ある、けど……チョコではないよ。雪乃はチョコ好きじゃないでしょ」

と言えば

「へぇ、好みとか覚えてるんですね……」

と感心したような声。

私を何だと思っているのか。

「ちょっと、待ってて。取ってくるから」

「あ、はい!あの……私もお姉ちゃんにチョコ用意した、ので……」

と言う雪乃に背を向けて自室へ向かう。



 なんでさ。

「お姉ちゃん……乙女心が分からないのか、人の心がわからないのか……どっちです?」

なんで……怒られているんだ。

正座、しなくていいかな。駄目かな。

「あ、えっと……その」

(ハマギフもらったら嬉しくない?私は嬉しいが)

なんて言えるはずもなく。

「お姉ちゃん……何でも金で解決出来るわけじゃないんですよ」

特に!こういうことは!!と力説する義妹。

「え、あ……ハイ」

(お姉ちゃん奮発したんだぞ……五万だぞ)

なんて言ったら胸ぐら掴まれそうなので黙る。

「お姉ちゃんからのプレゼント、地味に期待してたんですけど」

なんて、拗ねたように言われたら。

なにも言えない。

「その、ごめん……」

「ごめんで済んだら警察は要らないんですよ!と言いたいけど今回は許します」

たぶん、お姉ちゃんも何を贈れば良いのかわからなかったんでしょうし、と。

……まったく持ってその通りでございます。

「じゃ、コレ。私からです」

丁寧にラッピングされたチョコ。

(まさか……手作り!?)

不覚にも、ドキリと。

(やだ……うちの義妹、可愛い)

「その、部屋に戻ってから……開けてください」

照れたように言うものだから何も言えない。




 ドキドキと。

(いい大人がバレンタインに……妹からチョコ貰ったくらいで……)

スゥ、と深呼吸して包装を剥がして。

大量の。

ティロルチョコ。

『賄賂』『義理です』『倍返しで』

と書かれたユニークパッケージの。




 たすたす、と早足でリビングへ。

「あ、お姉ちゃん」

ぱあ、と明るい表情の義妹を見て。

「おっまえなぁ………!?」

確信犯だ。分かっててやった。コイツは。

「ふふふ……騙される方が悪いんですよ」

(さっき乙女心だ人の心だと言っておいてコレか!)

「だ、おま……おぁ……くそぅ……」

ふふん、としたり顔で笑うその顔が。

まあ、その。

可愛いもんだから。

何も言えないわけで。

「どうでした?」

「どうもこうもな……」

そこではたと気付く。

次第に顔に熱が集まるのがわかって。

うずくまる。

「え、ちょ!お姉ちゃん!?そんなに嫌でした!?」

あわあわとしだす雪乃。

誤解を解くのは後でいいだろう。

ちょっとした、お返しだ。

(ああもう……あんなのずるいだろう)


 あのティロルチョコはネットで買えるものだ。

義理、賄賂。

そんなユニーク系の中に。

『推し』『好き!!』『尊い』

が一個づつあった。

「雪乃……よく乙女心だ人の心とか言えたね……」

うずくまったまま、なんとか声を発する。

「えっと、その……ごめんなさい」

気落ちした声に少し罪悪感。

でも、許して欲しい。

お互い様なのだから。

「その……アレはずるい、とお姉ちゃんは思います」

アレ、という言葉に反応する雪乃。

(やっぱりそういう……あーもう!!)

「えと……」

「その、チョコ……ありがとう」

「あ、うん……」


──お返しは倍返しで、するから。

そのつもりで。

















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