ウチの義妹は距離が近い
左魚
第1話 姉、帰還す。
懐かしい夢を見た。
──妹の、夢を。
高三の秋、親の再婚によってできた妹。
大学進学で上京してしまったから、ほとんど一緒に過ごしてはいないけれど。
時々通話したり、その程度で。
(久しぶりに帰るから、かなぁ……)
んー、とのびをしてベッドから降りる。
身支度をしながら七年間過ごしたアパートに思いを馳せる。
いや……別に……大した思い出ないな。
そろそろ時間だ。
今までありがとう、と内心アパートに礼をしてドアを閉めた。
数年ぶりの実家。
ただいまー、と玄関の引き戸に手をかける。
それに返答してくれたのは両親ではなく。
「おかえりお姉ちゃん!」
「あ、うん。雪乃、ただ……」
いま、と言おうとして固まる。
なにが、どうして。
「ん?お姉ちゃん?」
きょとん、と首を傾げる目の前の美女。
少しあどけなさは残るものの、美女以外に形容する言葉が浮かばなかった。
「あ……えと、雪乃?」
声は彼女そのものだけれども。
私の記憶の中の彼女は。
中学二年生の少女の姿で止まっていたから。
「お姉ちゃん……社畜極め過ぎてボケちゃったんですね……」
可哀想、とわざとらしく口元を覆う美女……もとい妹。
髪色もすっかり明るくしちゃって……。
それでいてふわふわとした触り心地はきっと変わらないんだろう。
「違うわ!」
「うんうん、やっぱりお姉ちゃんですね!」
嬉しそうに笑う雪乃。
(やっぱりお姉ちゃんってなにさ)
「あ、お姉ちゃん。今日、家私達だけですよ」
荷物持ちます、とカバンを奪い取りながらわりと重要な事を言う妹。
「はい?いや、お父さんと母さんは?」
空いた手のやり場を探しつつ問う。
言われてみれば確かに靴が少ない。
「旅行です。全く……お姉ちゃんが帰ってくるっていうのに」
やれやれ、と大げさにため息をついてみせる雪乃。
私の記憶の中のこの子は、こんな馴れ馴れしい子ではなかったのだが。
いや、それなりに通話していたから距離感は縮まったろうが。
「ま、旅行なら仕方ないわ……んで?いつ返ってくるの?」
数年ぶりの自室に向かいながらたずねる。
「二週間後ですね。海外行ってるんで。あ、カバンここ置いときますね!」
ありがとう、と返答して彼女が退室するのを待つ。
(…………なかなか出ていかないな)
「あの、雪乃?」
「お姉ちゃん何か手伝い必要です?」
必要ですよね!?と言いたげな顔。
「あー、大丈夫。雪乃も忙しいんでしょ?お姉ちゃんは大丈夫だから」
そう、無駄に格好つけて退室を促す。
「……何かあったら呼んでくださいね!」
という妹の背を押して追い出す。
バタン、と扉が閉まるのを見届けた後、段ボールまみれの自室に頭を抱える。
(あーー!!これ、どうしよ……)
格好つけた手前、やるしか、ない。
ようし、やるぞと腕まくり。
何時間経っただろうか、日もすっかり傾いてきた。
(まっっぶし!)
勢いに任せてカーテンを洗ったことを後悔。
少し休憩、とスマホを手に取る。
開いたのはヴィッツァー。
(お、煮込み鉢巻きさん更新してる)
推し絵師の呟きが更新された事にガッツポーズ。
(んーと、なになにー?)
『久しぶりに会ったけど、昔と変わらなくて安心したぁ……』
なんだか、モヤッとする。
(そりゃ、鉢巻きさんとは会ったことないけど)
少なくともネット上では、仲が良い方だと思っているのである。
『夕飯は栄養バランスより好物重視にしよう』
これはつまり。
鉢巻きさんが、そのどなたかに料理を振る舞う、わけだな?
(神絵師の手料理とか羨ましいにも程があろうよー!!)
はぁ……と嘆息してスマホをベッドに放り投げる。
余計な事を考えても仕方ないのだから。
今日の夕飯は雪乃が作ってくれると言っていたから、それまで片付けを進めておこう。
それからさらに数十分。
控えめなノックとともに
「お姉ちゃんご飯できました!」
その声に待ってましたとばかりに鳴く腹。
「あ、うん!」
部屋を出れば、優しい夕飯の香り。
(なんか……自分以外の手作りって久しぶりに食べるかも)
そんな事を考えながらキッチンへと向かう。
そこには。
テーブル一面、私の好物。
オムライス、唐揚げ。大根の煮物、なめこの味噌汁。
ジャンル問わず、とにかく好きなものを!
という具合。
「うっわ……すご……こんな、大変だったでしょ」
というか、いつの間にこんな料理できるようになったんだ。
(私より料理できるんじゃない、かな……)
形容し難い寂しさ。
「ん?どうしたの、お姉ちゃん」
なんか足りなかった?と的はずれな心配をする雪乃。
「違う違う。いつの間にこんな料理できるようになったのよー、って」
そう思ったのは事実だ。
嘘は言っていない。
「まだまだお姉ちゃんには敵わないんですけどね」
と、笑って着席する彼女。
「あのねぇ……あんまり謙遜しすぎるとむしろ嫌味よ?」
わかってる?と額を小突く。
小さなうめき声をシカトして、いただきますとつぶやく。
大根の煮物は味がしっかり染み込んで、柔らかい。
「んん……美味しい」
思わず溢れた一言
「本当に!?」
やった……!
と小さくガッツポーズする雪乃。
こういう所、まだまだ子供っぽいなあ。
その後も、取り留めのない会話。
味付けがどうだとか、最近どうだったとか。
洗い物はどっちがするだとか。
血の繋がりなんて無くても、こんな話題で延々と話ができるのだから。
良い妹をもったものだなあ、なんて。
結局、今日は帰ってきて疲れているからという理由で押し切られ何もしない事になった。
お風呂がたまるまで、テレビでも見よう。
ソファでくつろぎながらスマホをひらく。
習慣とは恐ろしいものだ。
テレビを見る、という目的がありながらもスマホを見ているのだから。
惰性でヴィッツァーを開く。
(お、鉢巻きさんだ。今日はよく日常つぶやきしてるなー)
『一番気合いれた煮物褒めてもらえてよかったー』
そういえば気合い入れて料理する、なんてつぶやきしてたな、と思い出す。
(ん?煮物……いや、そんなわけ無いか)
あり得ない考えに首を振りながら
『よかったですねー!!うちも今日煮物だったんですよー。妹の手作りめちゃくちゃ美味しかったです』
と羨望と少しの自慢。
そんな気持ちでリプライ。
それからしばらくして。
お風呂上がりの私を見てあわあわとする妹。
「え、なに……不審者なの?」
タオルで髪を拭きながら近寄っていけば。
私のスマホのロック画面。
(ああ、通知で……ってか鉢巻き先生の絵をロック画面にしてんのバレた……な)
「や、その……」
その反応を見て合点がいく。
なるほどねぇ……
「雪乃、もしかして……このキャラ好きなの?」
それとも、鉢巻き先生の方だろうか。
そう思いながら問えば
「え、あ、うん!!」
思った通りの返答。
「この子良いよねー、あ……このイラストだけど」
とオタクトークに花を咲かせようとしたところで
「あーえー、と!!私、お風呂入ってきますね」
逃げるように風呂場に向かう妹。
私がオタクなのは知ってるだろうに……。
それともオタクバレしたくなかったのか?
難しい年頃、かね……と深く考えず髪を乾かす。
(そういや最近創作できてなかったなぁ……落ち着いたら色々書きたいな……)
ドライヤーの送風音を遮るように、あれこれと小説の案を考える。
考えだしたらキリがない。
ああでもないこうでもない、と無数の案が浮かんでは消える。
カチ、とドライヤーの電源を切って。
自室へと駆ける。
スマホのメモじゃなくて、ノートに手書きで。
どうしてか無性にそうしたい気分だった。
浮かんだ案を書き殴る。思考に手が追いつかない。
後で見返して読めるかすら、怪しい。
それでも……そうするしかなかった。
鉢巻き先生への羨望とか、知らないうちに成長してた妹に置いていかれたような寂しさとか。
そういう感情をすべて吐き出したくて。
ただただ闇雲に手を動かした。
「……ちゃん、ちょっと!!お姉ちゃん!!」
あまりにも夢中になりすぎて。
肩を揺さぶられてやっと、その存在に気がついた。
「おわぁぁぁ!?びっっくりした……」
思わず椅子から転げ落ちるところだった。
「いや、こっちのほうがびっくりしましたけど」
それはそうだろう。
うん。済まなかったと思う。
「あ、それで?」
何か用?とノートを隠すようにして言う。
もっとも、何が書かれているかなんて読めないだろうが。
「あ、それ……新しい小説の案ですか?」
それ、と指さしたのはノート。
「あれ?雪乃に話した事あった……?」
反応も普通。売れ行きも普通。
良くも悪くも普通の同人字描き。
そんな話をこの子にしたことがあったろうか?と考える。
「えっと……ほら、お姉ちゃん前に通話した時……酔ってたじゃないですか!!」
ああ、そんな時もあったな。
なるほど、その時に口を滑らせたのか。
何たる失態。
「んで、それはともかくとして……どしたの?」
と話題を変えるべく要件を問えば。
「せっかくだから一緒に寝ませんか」
シン、と場の空気が凍った気がした。
何を言っとるのか、この子は。
「いや、何を……寝ないけど。ってか嫌だが」
と切り捨てる。
「かわいい妹なのにですか!?」
かわいい妹だから嫌なんだが?と即座に切り返す。
「いいですよ……お姉ちゃんの馬鹿……」
あとからやっぱり雪乃ちゃんと一緒がいい、とか言っても受け付けませんからね!!
と捨て台詞と共に去っていく妹。
……なんなんだいったい。
妹の謎の言動はともかく。
私も寝支度しようか、と布団に潜り込む。
ヴィッツァーを開けば鉢巻きさんからの返信。
『良かったです!』
と一言。
まるで自分が褒められたみたいな。
プラスに捉えればそういう。
逆にマイナスに捉えれば、私クソリプ送ったかな、となる発言。
(やらかした……)
消え去りたい……と布団の中で丸くなる。
『テンション上げすぎて距離感近かったかもしれない』
そんな呟きをみて、何故か妹が頭をよぎった。
もしかしたら、雪乃もそうだったのかな。
(だとしたら……悪い事、しちゃったかな……明日は、あやま……)
そのまま意識の奥へと落ちていく。
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