第5話 覚めない夢
ピリリリリリとスマホのアラーム音が鳴り響いていた。いつもと変わらない、ボクの毎朝の目覚めを知らせるアラーム音だ。
いつもならここですぐ目を覚ましてアラームを止めるところだけど、昨日の変な夢メドレーのせいか、中々目を覚ますのが億劫だった。
それに学校があるわけでもなく、毎朝やっているランニングのために早起きしてるだけなので、ボクはアラームを無視してもう少し眠ることにした。
寝返りをうつようにして、身体を軽く動かすと、妙な手触りを感じた。ボクの布団にしては、妙に刺繍がいっぱい施されたような質感だった。
それにいつもの数倍にも感じる、どっしりとした重量感――まさか。
急にこみ上げてきた不安に駆られ、ボクはどっしりとかかる布団を放り投げるようにして飛び起きた。
目に飛び込んできた風景は、いつもの朝を迎えるボクの部屋ではなく――――夢の中だと思っていた真っ白な絹だけが見える御張台の中だった。
「嘘……夢じゃなかったの……?」
呆然とするボクを尻目に、室内は携帯から発せられるアラーム音で満たされ続けていた。
そしてそのアラーム音がいやがおうにも、今のボクが置かれている状況が現実のものだという認識にさせるのだった。
「そういえば……」
もし昨日の夜のことが夢ではないとしたら、一緒に夕霧が寝ていたはずだ。
確認するために視線を夕霧が寝ていたであろう場所に向けてみたが、その姿は見えなかった。
「夕霧! どこ?!」
わけのわからない状況に一人ぼっちで放り込まれた恐怖から、ボクは思わず大声を出してしまっていた。
もし、これで夕霧から返事が無かったらボクは一体これからどうなるのだろう……。
だけどそんなボクの不安は一瞬にして吹っ飛んだのだった。
「あぁ、夕映様! なにやら四角い物から今まで聴いたことのないけたたましい音が鳴り響いております!」
御張台の外から夕霧の怯えた声が返ってきたからだ。とりあえず一人ぼっちではないことに安心して、ボクは御張台の中から抜け出た。
目の前には、夢だと思っていた風景が広がっていた。灯篭・すだれ・木の床・今ボクが出てきた御張台・そしてスマホのアラームに怯えている夕霧。
やはり、昨日の出来事は夢なんかじゃなかったんだ……。
とても信じられないけど、隅っこでガタガタ震えている夕霧を見る限り、現実だと受け止めるしかないみたいだ。
だけど、そう簡単に認めるわけにもいかない。ここは自分の目と耳と直感とで、もう一度しっかりと判断してみよう。
そのためにもうるさく鳴り続ける携帯を止めるのが先だろうね。
スマホに近づくボクの後ろに隠れるようにして、夕霧もおそるおそるスマホに近づいていった。
そしてボクがスマホを拾い上げると小さく、ひっと小さな叫びを上げボクの背中に完全に隠れてしまった。
そんなに怖ければ見なければいいのにと苦笑しながら、ボクはスマホのアラームを切った。
そしてそのままスマホのディスプレイをボクは見つめた。思ったとおりというか、電波表示は圏外だった。
それでも一応メモリから、お母さんや弟の番号を呼び出して発信してみたけど、通話口からは現実を認めなさいと言わんばかりにツーツーという音が響くだけだった。
「ひょっとすると、たまたま二人とも電源を切ってるだけかもしれないもんね……」
そんなことありえるわけないけど、やっぱり試したくなるのが人情っていうのものだよね。
ボクは携帯のメモリ一覧から別の人物のメモリを呼び出した。
「繋がったら繋がったで……」
ディスプレイには信也の番号が表示されていた。毎晩、信也の番号を表示させることを繰り返していたせいか、自然と信也の番号を呼び出してしまっていた。
当然信也からの応答があるはずもなく、ツーツーという音が鳴り響くだけだった。
これに関してはついつい安心するような溜息を漏らしちゃった。いやいや、絶対安心したわけではないんだけど、ついだよつい。
座ってスマホを扱っているボクの背中から、夕霧が覗き込むようにしておずおずと肩から顔を出した。
「だ、大丈夫なのですか……? 噛み付いたりしませんか……? 化かされたりしませんか……? 皮を剥がされたりしませんか……? 自分と瓜二つな人が出てきませんか……?」
ありとあらゆる怪奇事で起こりそうな被害を心配しながら、夕霧が言った。最後の一言だけはあながち間違いではないかもしれないけど、ここは安心させるためにも説明しておかないとね。
「うん、大丈夫だよ。これはスマートフォンって言ってね、色々と便利なものなんだよ」
すっごい雑な説明だけど、スマホのことを説明しだしたら下手をするとそれだけで一日が過ぎそうな気がした。
ボク自身がスマホをあまり理解していないってのもあるけど、スマホを説明するにはどうしても横文字を多用しなきゃいけない。
ということは、用語ごとの質問地獄が待ち受けているのは確実だ。それにスマホの主な機能である通話やメールが出来ないことだし、そこまで深く説明する必要もないと思うしね。
「ど、どのように便利なのですか?」
「色々さ!すっごく便利なんだよ!うわ~~スマートフォンがあってよかったなぁ!!」
ボクは有無を言わさないように、力技でこの場を誤魔化した。夕霧はしきりに首をかしげていたが、とりあえず危険が無いことだけはわかってくれたようだった。
「で、では改めまして……」
夕霧がボクの前に移動し、ちょこんと正座しながらボクの両手を握った。
「夢では――なかったようでございますね……」
とても申し訳なさそうな声で夕霧が言った。確かに、夢なんかじゃないみたい――ボクは思わずこぼした。
「どうして……こんなことに……」
わけがわからなかった。ボクはいつものように部屋で寝ていただけなのに……。
「ねえ、夕霧……」
ボクは夕霧に聞かずにはいられなかった。
「ここって、何年何月何日なの? そしてここは一体どこなの?」
ボクの言葉に少しうつむきながら、夕霧は答えてくれた。
「今日は寿永三年二月二十一日でございます。場所は平安京、朱雀院内の離れでございます」
「はは……タイムスリップしたっていうの……? そんなことって……」
笑えない状況だけど、笑うしかない事実だよね。タイムスリップなんて――信じられない。
ボクは呆然として、ボクの手を握ってくれている夕霧の手を見つめるようにうつむいた。
そして受け入れがたい現実を突きつけられた恐ろしさから、自然と小刻みに身体が震えだしたのだった。
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