第4話 これは夢……でも、変な夢

 でも、夢だよね? 夢……なんだよね……? だってあるわけないよ。自分の部屋で寝てたらタイムスリップしちゃったなんて、アニメや漫画の世界じゃあるまいし、そんなことあるわけないよ。


 じゃあやっぱりこれは夢なんだ。うん、そうに違いない。


「まあ……きっと夢なんだろうしそこまで気にしなくてもいいかなぁ」


 ボクの言葉に夕霧も賛同したらしく、コクコクと頷きながらすりよってきた。


「さようでございますよ! 夢なればこそ、今一時の現を謳歌せしでございます!」


 相変わらず小難しい言葉だけど、ようは夢は楽しまなきゃ損だよってことらしい。まあ、確かに折角の夢なんだし、ここは夕霧の提案に乗ってみることにしようかな。


「じゃあ女の子同士だし、お布団の中でお互いのことを色々とお話ししようよ。夕霧のことをボクは詳しく知りたいし、夕霧もきっとそうなんじゃないかな」


 夕霧は慣れているのかもしれないけど、ボクにとってこの室内は尋常じゃないくらい寒い。


 口実つけみたいで夕霧には悪いけど、何とか暖をとるものがないとこのままでは風邪をひいちゃいそうだ。


 まあ、夢の中で風邪をひく心配をするってのも変かもしれないけど、いくら夢の中とはいえ、こんな凍えちゃいそうな寒さは願い下げだもん。


「はい! では御張台みちょうだいへと参りましょう!」


 興奮した様子の夕霧がいそいそと灯りを消し、部屋の中央にある白い絹に刺繍がほどこされた蚊帳を物凄く豪華にしたようなものの中へと入っていった。


 なんだか物凄く仰々しいけど、夕霧はいつもこんな中で寝ているのだろうか。ボクだったらこんなの息が詰まりそうで寝つきにくいと思うけどなぁ。


 御張台をまじまじと見つめていると、御張台の入り口部分から夕霧がひょこっと顔を出して手招きをしてきた。


「さあ、お入りくださいませ。中はあったこうございますよ」


 たしかに、このままこんな寒い中にじっと座っているわけにもいかない。夕霧のお誘いに呼ばれることにしようかな。


 身をかがめ、夕霧が顔を出している入り口部分へと近づいた。それを確認した夕霧が顔を引っ込めると、中でなにやら布が擦りあう音が聞こえてきた。


 多分、布団の準備でもしてくれているのかな?そう思いながら、頭を御張台の中へと突っ込んだ。


 中は意外と広かった。御張台の外からは中が見えなかったけど、中からも外が見えないようになっているみたいだった。


 入り口部分が少し段差になっているので、注意しながらボクは全身を御張台の中へと滑り込ませた。


 中に入ると、確かに外よりは温かいように感じた。どうやらここには畳がしかれているらしく、畳の懐かしい香りがほのかに漂っていた。


 中の中心にあたる場所で夕霧が何やら着物らしきものを嬉しそうに、幾重にも折り重ねながら一枚一枚を丁寧に整えていた。


「ねえ、夕霧」


 ボクはある疑問を口にした。


「はい、なんでしょう?」

「お布団がないみたいだけど……ここでどうやって寝てるの?」


 そう、この御張台の中に布団らしきものはどこにも見当たらなかった。強いて言うなら夕霧が今整えてる着物があるくらいなんだけど、まさかね。


 そんなボクの不安を知ってか知らずか、夕霧はニッコリと笑みを浮かべ、


「おかしなことを申されますね。こちらにちゃ~んとあるではございませんか」


 クスクスといたずらっこのような含み笑いを浮かべながら夕霧は言った。ああ、こういうときのボクの嫌な予感ってのはなぜかよく当たるんだよね……。


「でもさ、それって着物だよね?」

「見ての通りでございますよ」


 ふんふんと鼻歌混じりに着物を整えながら夕霧は答えた。


 う~ん……まあ夕霧にとってはこれが普通なんだろうけど、やっぱりなんだか抵抗があるなぁ。


 複雑な表情を浮かべるボクをよそに、夕霧は着々と準備を進めているようだった。


 程なくして、夕霧は小さいかまくらのような形に着物を整え、その中にするりと身体を滑り込ませた。


 その様子はまるで、リスのような小動物が自分の巣の中に入っていくような、とても可愛らしい動作だった。


 そして先ほどのように、顔を“着物かまくら”からひょこっと出し、夕霧が手招きを始めた。


「どうぞお入りくださいませ。とても温かくて心地ようございますよ」

「あ~、うん――じゃあ、お邪魔します……」


 他に布団や暖をとれそうなものもないし、ここは素直に“着物かまくら”のお世話になることにした。


 足からかまくらの中へと入っていき、なんとか身体全体がかまくらの中に納まるように、もそもそと位置を調整した。


 すると夕霧がかまくらを支えていたであろう部位を手ではじくと、着物がボク達の上に覆いかぶさってきた。


「わぶっ?!」


 突然の事にびっくりしたけど、よくよく考えてみればかまくらの状態のままだと、ボク達と着物の間にすきまがあるので、こうでもしないと布団とは言えないからこれでいいのだろう。


 うん、確かに温かい。温かいけど……この着物布団、すっごく重い。


 ボクは着物を着たことが無いからわかんなかったけど、着物ってこんなに重かったんだなぁ。


 こんなのを常に着てウロウロしてるボクのお母さんって、実は物凄い力持ちなのかもしれない。


 そんな事を思っていると、ボクのすぐ隣にもそもそと身をよじらせながら夕霧が近寄ってきた。


 そしてボクの顔のすぐ近くに顔を出し、嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべた。


「では、どんなお話をいたしましょうか?」


 改めて近くで見ると、夕霧とボクの顔が本当にそっくりなことを再認識した。だけど、ボクと同じ顔なはずの夕霧は、ボクには無い気品に満ちたとても穏やかな愛らしい雰囲気で満ち満ちていた。


 同じ顔なのに、一体なぜこうも違うのだろうと不思議に思ったくらいだ。動作や身長とかも関係しているのだろうけど、それにしてもここまで違うことに驚きを隠せない。


 それに、夕霧の雰囲気や姿はボクが小さな頃から夢見た、女の子らしい可愛いお姫様というイメージにピッタリだった。


「……いかがなされましたか?」


 怪訝そうな表情で夕霧が聞いてきた。ボクは思っていたことを悟られないように、話題を振った。


「ところでさ、夕霧って今いくつなの?」

「私は今年で十九になりました」

「十九歳?!」


 嘘でしょ? ボクより二つ上なのに、この幼児体型を思わせる愛らしさを維持してるなんて……余りの驚きにボクはついつい声をうわずらせながら夕霧の年齢を反復してしまった。


 夕霧はボクの思っていることを察したらしく、頬をぷく~っと膨らませながら不服そうにボクに質問返しをした。


「そういう夕映様は、一体いくつでございますか?」

「ボクは十七歳だよ」

「17?!」


 今度は逆に夕霧が驚きながらボクの年齢を反復した。まあ、確かに色んな人から高校生離れしてるとは言われるけど、そこまで驚かれるとなんかなぁ……。


 そう思って、ボクはハッとした。そうだ、夕霧もボクと同じような嫉妬めいたものを感じたに違いない。


 なんとなくだけど、ボクと夕霧ってお互いがなりたい理想の自分像なんじゃないかなって思う。


 実際夕霧はボクが昔からそうなりたいって思ってた理想そのものだし、夕霧もさっき胸のことでいじけてたみたいだし……。


 ボクは昔から背が高くて、可愛い服装や女の子らしい格好っていうのがどうしても似合わなかった。


 そりゃあボクの男っぽい性格も原因の一つかもしれないけど、それ以前に身長が一七三もあるボクがフリフリのスカートなんか着て似合うヴィジョンがボクには浮かばない。


 だから昔っからボクは女の子らしい、可愛いものに憧れてた。たまに他の女の子からボクが羨ましいなんて言われることがあるけど、ボクからすれば他のみんなの方が羨ましい。


 可愛いワンピースをきて、可愛いスカートをはいて、休日は男の子とデートなんかして……。


 そういう女の子らしいものに、ボクは昔から憧れていた。


 だからひょっとすると夕霧はボクみたいな背の高い女の子に憧れているのかもしれない。まあ、なったらわかる苦労もいっぱいあるけどね。


 そしてそれはボクにも言えることなんだろう。夕霧だからこそわかる苦労もいっぱいあるに違いない。


 ボクは目の前で十七という数字をしきりに反復し続けている、悩みを共有する友達に声をかけた。


「お互い――理想には程遠いようだね」


 その言葉に夕霧は我に返ったらしく、一瞬びくっと身体を震わせボクに視線を移した。


「さようで……ございますね……」


 諦めや寂しさが入り混じったような、とてもとても深い溜息を吐きながら、夕霧は呟いた。


 そんな夕霧の仕草に思わずボクは笑い声を漏らしてしまった。するとボクの笑い声につられるように、夕霧も小さく笑い声をあげた。


 それからボクは夕霧に自分の住んでいる時代のことを話した。夕霧はボクの話の中でわからないことがあると、そのたびにそれについて説明を求めてきた。


 ボクもなんとか自分のわかる範囲で夕霧の質問に答えてあげながら、話を進めていった。


「未来というものは、なんとも私の想像の範疇では収まらぬもののようでございます……」


 くりっとした目をぱちぱち瞬かせながら、夕霧が言った。


「あはは。でも、ボクも夕霧達の時代のこととか全然想像もつかないよ」

「さようでございますか?されど、世俗や風俗というものは歴史として語り継がれていくものではないのですか?」

「うん、確かに歴史はちゃんと語り継がれていってるよ。だけど、平安時代って言われてもボク達はあまりピンとくる時代ではないんだよね」


 そう、平安時代というものは少なくともボクにはまったくもって馴染みがない時代だった。


 戦国時代とか江戸時代とかそういう時代なら、時代劇とかで刷り込まされてるせいか、なんとなくの想像はつく。


 だけど、平安時代はどういう時代だったか? と聞かれれば、まったくもって想像がつかないんだよね。


 そうだなぁ……せいぜい源氏と平家が争ってたってくらいしかわからない。だけど、これも平安時代の期間で言えば、ほんのわずかな時期だったはずだ。


「なんとも複雑な気分でございますね」


 夕霧が少し寂しげに呟いた。


「歴史、史実に残れども、人の記憶より薄れゆく。なんとも形容しがたい儚さを感じます――――」


 そんな寂しげに呟く夕霧がなぜかとても哀しくて――――ボクは思わず夕霧を抱きしめてしまっていた。


「ゆっ夕映様?」

「ごめんね。夕霧を悲しませるつもりなんてなかったんだよ。ほんと、ごめんね――――」


 本当になぜだかわからなかった。なぜだかわからなかったけど……夕霧が哀しそうにするとボクはとても心が悲しくなってきちゃって……不思議と涙が出てきちゃってた。


 そんなボクを夕霧は優しく抱きしめ返してくれた。そして温かさを帯びたとても優しい声でボクに言った。


「こちらこそ、夕映様を悲しませてしまい、まことに申し訳ございません――――さあ、夜もだいぶ更けて参りましたようですし、今宵はこのまま眠ることにいたしましょう」


 声を出してしまうと、情けない涙声を出してしまいそうで恥ずかしかったから、ボクはうんうんと頷いて意思表示をした。


 夕霧もそれを察してくれたらしく、


「それでは、おやすみなさいませ夕映様。共に良き夢が見られますよう、願っております……」


 と、それだけ言ってボクに身を任せるようにして夕霧は眼を閉じた。


 本当に、なんでここまで涙が出てきちゃうんだろう。信也とあんな仲になっても、涙だけはボクは流さなかった。それなのに、どうして――――。


 考えても考えても、答えはでてこなかった。そのうち、夕霧から規則正しい呼吸が聞こえ出した。どうやら完全に寝入ったみたいだった。


「はぁ……考えても、しょうがない――――か」


 ボクの頭に浮かぶ疑問を無理やり振り払い、ボクも眠ること専念することにした。でも…………。


「夢の中でも寝るだなんて、ほんっと今日は変な夢ばっかり見るよ……」


 新たに浮かんだ疑問を浮かべながら、ボクの意識は夕霧の呼吸に誘われるように、深い闇の中に沈んでいくのだった。

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