第3話 夢か現か平安時代
ボク達はしばらくの間お互いに見つめ合っていた。見れば見るほど、ボクと女の人(いや、女の子と言ったほうがいいかな?)の顔がそっくりなところに驚かされる思いだった。
でも、顔はお互いにそっくりなのだけど、身体的な特徴はボクと女の子はまったく似ていなかった。
髪型はボクはちょっとウルフかかったショートカットに対し、女の子は腰まで届こうかというほどのロングヘアー。
一七三もあるボクの身長に対し、立ち姿から推察すると女の子はおそらく一四〇くらいしかないようだった。
「これは……なんと申せば……」
ボクの頬に女の子が手を添えた。まるで感触を確かめるように優しく撫でるように触れていたのだけれど、急に頬から手を離して、突然ボクの胸を両手でわしづかみにした。
「ちょ?!ちょっと!!」
つかまれた手を振り払い、胸を腕でかばうようにしながら身体をねじった。女の子は振り払われた手を何やらさびしげな目で見つめていた。そして大きな溜息を吐くと、
「顔はそっくりのようですが……他の部位は似ておらぬようですね……」
と先ほどの優しさを帯びた声とはまったく違う、哀愁を帯びたすごい切なそうな声を漏らした。
その言葉に促されるように、ボクは女の子の胸元を見やった。白い着物をまとった女の子の胸元はまったくと言っていいほど凹凸が存在していない。
「ああ……うん、確かに顔以外は似ていないみたいだね」
ボクの言葉が女の子へのダメ押しになったのだろう。びくっと身体を震わせたかと思うと、床を人差し指でこね回しだした。
「小さくてもいいではありませぬか……大きければいいものではありませぬし……それに大きいときっと肩が凝ったりするでしょうし、そもそも日常生活において……」
ぶつぶつと胸の大きさについて文句を言い始めちゃった。それにしても、まるで絵に描いたような見事ないじけっぷりだ。でも、なんだかその仕草がとても可愛くてついにやついてしまう。
目ざとくそれに気付いた女の子が、ぷくっと頬を膨らませた。
「何かおかしいですか」
「いやいや!あまりに可愛かったからついつい顔がにやけちゃって……」
この言葉に少し機嫌が直ったらしく、膨らませた頬を元に戻しながら、ボクのほうへと身体を向き直し、女の子は両手を床につきつつ丁寧に自己紹介をはじめた。
「私は、
余りにも丁寧な仕草になんだかボクもそうしないといけないような感覚にさせられた。見よう見まねで両手を床につき、ボクも自己紹介をはじめる。
「ボク、じゃなくて――私は
うん、我ながら無茶苦茶なことだけはわかった。一瞬キョトンとした表情を浮かべた女の子――夕霧だったが、すぐに微笑みを浮かべ、
「貴女様がお話ししやすいようにふるまってくださって結構ですよ」
と言ってくれた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
ボクは床についた両手を離し、堅苦しい正座からあぐらに座りなおした。そして改めて目の前にいる夕霧へと視線を移した。
腰まで伸びた艶やかな黒髪に、真っ白な繊細な肌が印象的だった。しかもその白い肌はまるで光を帯びているかのように、暗い室内に煌めいているようだった。
例えるならまるで、闇夜を照らすお月様のような――――そんな幻想的なイメージすら抱く美しさだった。
「綺麗――」
「え?」
夕霧が小首をかしげながらこちらを見ていた。どうやら無意識にボクは感想を口に出してしまっていたらしい。
「と、ところでさ」
誤魔化すようにボクは質問を始めた。聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえずハッキリさせておかないといけないことがあるよね。周囲を見渡しながらボクは夕霧に聞いた。
「これってさ、夢……だよね?」
「…………はい?」
だって、部屋のベッドで寝てたのがこんな時代劇で見たりするような部屋の中にいるんだもん。夢としかいいようがないよね。
でも余りにも突飛な質問だったんだろう、夕霧の顔がしかめっつらになった。だけど、何やら思いあたることがあるのか、ハッとしたような表情に変わった。
「ええ、おそらくは夢なのでしょう。いくら私が願いの歌を詠んだとはいえ、こんなことが起こるわけ――」
「願いの歌?」
「はい。私には同じ年頃の知己がおりませぬゆえ、共にお話しのできる知己が欲しいと歌に詠んだのでございます」
「ちき?何それ?」
ボクが問いかけると夕霧が少し困ったような表情をした。
「知己は知己のことですから、えっと……どのように形容すればいいのやら……」
「じゃあさ、その知己っていうのはどういうことをするのかな?」
「そうですね……共にお話ししたり、お互いの心底までわかりあえる、そのような関係と申せばよろしいでしょうか……」
なぁんだ、つまりそれって――、
「友達になろうってことだよね?」
そう言うと、夕霧は少し考えるような素振りを見せた。でもすぐに嬉しそうな笑みを浮かべ、
「はい。貴女様さえよろしければ、私とお友達になっていただけないでしょうか?」
と言った。友達になるには構わないのだけど、それなら絶対にやめてもらわないといけないことがあるよね。
「うん、いいよ。でも、お願いだから貴女様とかそんな堅苦しい呼び方はやめてね。友達っていうのはお互いに名前で呼び合うものだよ」
「はい!はい!かならずそのようにいたします!」
嬉しそうに頷きながら、夕霧は身体を大きく上下に揺らした。なんというか、一々動作が可愛い子なんだなぁ。
「で、では……」
夕霧が何か意を決するように大きく深呼吸をした。そして
「ゆ、ゆ――夕映……様」
とメチャクチャ緊張しながらボクの名前を呼んだ。
「まあ、話してるうちに慣れるよ。多分」
苦笑いを浮かべたボクに夕霧が何やら乞うように上目遣いで見つめていた。
あ、そっか。そうだよね、呼ばれたら呼び返してあげないと。
「なぁに、夕霧」
名前で呼ばれた夕霧はまたも嬉しそうに頷きながら、にこやかな表情を浮かべた。
どうやら本当に友達がいないんだろうな。こんな当たり前のことでここまで大げさに喜ばれると、なんだかコッチのほうが恥ずかしくなっちゃうよ。
そうしてひとしきり頷きたおした夕霧がボクに質問を始めだした。
「ゆ、夕映様にお聞きしたいことがあるのですが……」
ボクだって聞きたい事がいっぱいあるけど、ここは先に夕霧の質問に答えてあげよう。ひょっとするとその会話の中に、ボクの知りたいことがあるかもしれないし。
「うん、何かな?」
「その……ゆっ夕映様がお召しになられている、愛らしい模様が描かれた衣服は一体どういうものなのでしょうか?」
「ああ、これはパジャマっていうんだよ」
「ぱ、ぱざ……?」
どうやら夕霧はパジャマが何なのか理解できてないようだった。というより、そもそもパジャマという言葉自体が理解できていないって感じ。
それでも夕霧はパジャマ自体にすごく興味があるようで、しきりにボクの身体をペタペタと撫で回し始めた。
「この布の質感――今の京ではとんと見かけぬものでございます。それに何やら聞きなれぬ名称から察するに、宋貿易でもたらされたものでございましょうか? さすれば、描かれているこの面妖な猫のような模様は宋の神話に関わるもので――」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! くすぐったいから! ちゃんと説明するからぁ!」
身体中を撫でさする夕霧から逃れるようにボクは身をよじった。まるで全身をくすぐられているようで、とてもじゃないけどじっとしてなんかいられない。
「も、申し訳ありません……私、少々裁縫をたしなんでおりまして、このような珍しい生地を見てしまうとつい……」
慌てて頭を下げようとする夕霧にボクは注意をした。
「だから、そうかしこまったりしないでって」
「ではいかようにして、お詫びいたせばよろしいのでしょうか……?」
「ただ、ごめんね。っていうだけでいいんだよ」
「ですが……」
「いいからっ!」
そういってボクは夕霧の両肩に手をかけ、ずいっと顔を近づけた。夕霧の肩はボクの想像以上に小さく、なぜかとても儚げに感じた。
「だ・か・ら! ボクと夕霧は友達なの!友達同士っていうのはお互いに気兼ねしないものだよ!」
そういった時、ボクの頭に一瞬信也の顔が浮かんだ。そう、友達っていうのは気兼ねしないものなんだ。じゃあ、恋人っていうのはどういうものなんだろう――。
「は、はい……善処します」
ボクの迫力に気圧されたような表情を浮かべ、夕霧は小さくコクコクと頷いた。
夕霧の両肩から手を外し、一歩後ろに引いてパジャマが夕霧に見えるように身体の位置を調整した。
「えっとね、このプリントされているキャラクターはボクが住んでる町のゆるキャラなんだよ。名前はにゃんたんっていうんだ。ボクの町は昔、炭鉱で栄えて、それが――」
「あ、あの!」
「なに?」
「聞きなれない言葉が多々あるのですが……どのような意味なのでしょう?」
「え? 別に難しい言葉は使ってないはずだよ?」
むしろ夕霧の喋っている言葉の方が小難しいけど。
「あの――きゃらなんとか……」
「キャラクターのこと?」
「そう、それでございます! 一体どのような意味でございましょう?」
……なるほど、横文字が伝わらないようだ。だからさっきのパジャマも理解できていなかったんだなぁ。
「うんとキャラクターはなんといえばいいかなぁ……そう、想像上の生き物っていえばいいかな」
厳密に言えば絶対意味が違うだろうけど、とりあえずにゃんたんがどんなものかわかればいいからよしとしよう。
「なるほど。やはりその模様は伝説上の生き物でございましたか」
納得するようにうんうんと夕霧は頷いた。伝説の生き物といえば龍とかそういう類だよね。それらと同列になるなんて、にゃんたんも出世したものだ。
「まあ、そんなもんかな」
説明するのに骨が折れそうだし、ボクは適当に妥協することにした。
「しかし何やらこの生き物、実に哀愁に満ち満ちた趣でございますね」
「炭鉱の一番きつい時を生きているっていう設定らしいからね。毎日苦労してるからこそ溢れる哀愁さ」
ボクのパジャマにプリントされたにゃんたんは、仕事終わりヴァージョンだ。
ツルハシを肩に背負いながら二足で立ち、前傾姿勢でわびしい表情で空を見上げるデフォルメされた猫がパジャマ一面に散りばめられている。
これ以外にも、屋台で飲んだくれヴァージョンと配給の列に子供と並んでいるヴァージョンがあるけど、ボクは仕事終わりヴァージョンが一番のお気に入りだ。
石炭を掘り終え、今日も一日事故が起きることなく肉体労働を終えた、にゃんたんの安堵と先行きの不安を表現したという表情がたまらないんだよね。
「よくわかりませんが……神仏の世界も大変なのでございますね」
「うん、みんな色々苦労してるんだと思うよ」
「ではぷりんと、という言葉はどういう意味なのでしょう?」
こりゃあ厄介だ。夕霧と話すときは出来るだけ横文字は使わないようにしないと、質問攻めにあっちゃうよ。
「プリントはね。パジャ――じゃなくて、寝間着に絵を写すことだよ」
ほうほう、と興味深げに夕霧は頷いた。英語だよって説明してもいいけど、今度は英語って何? とか言われそうだしね。伝わればいいんだよね、伝われば。
「これほどまでに精巧な繕いが出来るとは……やはり世は広うございますね」
感慨深げに夕霧はうなずいた。一応、夕霧の質問に答えた形だし、今度はボクが質問する番だよね。
「ねえ、夕霧。ここってどこ?」
「先ほど申しました通り、ここは朱雀院の離れでございますが?」
当たり前でしょ? というような表情で夕霧が答えた。
「うんとさ、もっと大きな規模で答えて欲しいな。ここはいつの時代のどこかな?」
怪訝な表情を夕霧が浮かべたけど、すぐさま納得したような表情に変化した夕霧がボクの質問に答えてくれた。
「
ええ~~っと……。よくわかんないけど、平安京って今言ったよね? ってことはさぁ……まさかここって、平安時代ってわけ?!
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