第2話 目が覚めると謎の場所。そして、同じ顔の少女。

「あいたぁっ!!」


 お尻から頭にまで突き抜ける衝撃と共に、ボクは目を覚ました。どうやらベッドから落ちたらしい。


「いたた……」


 痛みにうつむきながらお尻をさすろうとして、あることにボクは気付いた。


 ――床が違う?


 ボクのベッドの側にはカーペットが敷いてあるはずなのだけどそれが無く、代わりにフローリングとはまた違う木材で出来た床が目に入った。


 なんというか、年輪を重ねた重厚感のある木材といえばいいのかな。例えるなら昔の日本家屋の縁側をさらに古くしたって感じ。


 それと、辺りがあまりにも暗すぎることにも気付いた。ボクは豆電球を点けて寝る派なので、この暗さはあまりにも不自然だ。


 さらに言うと、三月の半ばだというのに室内がとてつもなく寒かった。まるで冷蔵庫の中に放り込まれたかのように。


 ――いったい、ここはどこなのかな?


 確認するために、うつむいていた頭を思いっきり上げたら、頭に強い衝撃が走るのと同時に目の中に星が瞬いた。


「あいったぁっ!!」


 先ほどお尻から頭に走った衝撃が、今度は逆に頭からお尻に突き抜けたようだった。


「うぐぐぅ……なんなんだよ、もぉ……」


 先ほどの夢といい、なんだか散々な気分だ。おそらく何かに頭をぶつけたのだろう。ぶつけたところに手をあててみると、案の定というべきかタンコブが出来上がっていた。ほんと、散々だよ。


 今度はぶつけないように注意しながら、恐る恐る頭を上げた。しかし、どうやら頭の上には何もぶつけるようなモノはないようだ。ただ、真っ暗な空間がそこにはあるだけだ。


 本当に何も無いのか、手で頭上部分を探ってみたけどやはり何も無い。


「じゃあ、何にぶつけたのかなぁ……」


 そう呟くと周囲の闇の中から、か細い声が聞こえた気がした。


「……誰かいるの?」


 頭をさすりながら真っ暗な周囲に目を凝らした。すると、ボクの少し前の床で何かが動いたように見えた。


 何かが動いた場所をジッと見つめた。暗さに目が慣れてきたおかげで、その動いたものの正体が何なのかわかった。そしてさっき聞こえた、か細い声の主も。


 床の上で声の主は両手で頭を押さえ、うめき声を上げていた。どうやらボクが頭をぶつけたのはこの人の頭だったらしい。


「えっと、大丈夫? ボクの頭って石頭だから、そのぉ……なんていうか……ごめんなさい」


 あうあうとうめき声を上げながら声の主は頷いてるように見えた。暗くてよくわからないけど、髪がとても長いところから見て、女の人だと思う。服装は、なんだか白っぽいくらいしかわからなかったけど、なんだか今風の服じゃないような感じ。


 とりあえず、この人が落ち着くまでまつことにした。この暗くてよくわからない場所のことを聞くにしても、今の悶絶している状態じゃとても答えることなんて出来ないだろうし。


 それにしても……ボクの頭ってそんなに石頭なのかなぁ。ここまで痛がられると、なんだか心が痛む気がする。


 そんな事を思いながら待っていると、やがてその女の人が手で頭を押さえながらゆっくりと身体を起こした。それと同時に何やら暗闇の先に淡い灯りが動くのが見えた。


 女の人もそれに気付いたらしく、顔を灯りの方へと向けた。そしてすぐボクの方へと向き直り、人差し指を顔の前に立て、シーッと声を漏らした。


 どうやら静かにしていなさいと言われているみたいだ。


 なんだかよくわからないけど、ここは従っておいたほうがよさそうだ。ボクは女の人にわかるよう、大きく頷いた。


 灯りがさらに近づき、ある場所で止まった。灯りが照らしているその場所は、どうやら部屋の入り口のようだった。


 入り口の大きさと灯りまでの距離から察するに、ボクのいるこの部屋はかなり広々としているらしい。


 女の人が立ち上がり、何やら紐らしきものを引っ張った。すると何かが上から下りてきた。どうやら部屋の入り口からこちらが見えないようにすだれのようなものを下ろしたようだ。


 それを合図にするかのように、灯りの方から声が響いてきた。


「ミコト様――何やら物音がされたように存じ上げますが、いかがあそばせましたか?」


 響いてきた声も女性の声だった。それも何やら古めかしい言葉遣いだ。


「いえ、銅鏡を化粧箱へなおそうといたしましたら、手を滑らせてしまって……ご心配をおかけして申し訳ございません」


 ミコト様と呼ばれた女性が答えた。なんというか、不思議な声だった。とても上品で優しくて、聞くだけで心が休まるような――そんな不思議な声だった。


「さようでございますか……異常なきようで、何よりでございます。されどミコト様、今宵は何やら妙な具合でございます。このような時分は決まって怪奇事が起こりますゆえ、僭越せんえつながらお早めにお休みになられますがよろしいかと――――」


 ミコト様と呼ばれた女性がボクの方へと顔を向け、手を口元にやりクスリと笑ったような仕草を浮かべた。


「ええ、確かに。怪奇事が起こるやもしれませんね。ご進言通りに、今宵はすぐにとこへつくことにいたしましょう」

「かしこまりました――では、門前へと控えておりますので、何かご用命があればお声がけくださいませ」

「毎夜の事とはいえ、難儀な御勤めご苦労様です」


 もったいないお言葉――という言葉が響くと同時に、部屋の入り口を照らす灯りが遠のいていきだした。それを見守っていると、女の人が何やらゴソゴソ動きだした。


「あの……」


 ボクが呼びかけようとするとカチカチッという音と共に、女の人の手元から小さな火の粉が煌めいた。


 両手を擦り合わせるような動作と、石がぶつかりあうような乾いた音と同時に現れる火の粉――ひょっとして時代劇とかで出てくる、火打石ってやつなのかな?


 女の人がそれを何度か繰り返していると、台座の上に火が灯った。その火を覆い隠すように、上からお盆とかでよく見る灯篭とうろうみたいなものを被せた。


 辺りがその灯篭から溢れる淡い灯で満たされ始めると、女の人がこちらに向き直った。



「――――えっ」



 ボクと女の人は同時に驚きの声を上げた。なぜなら、淡い光に照らし出されたお互いの顔が、まるで鏡に映したかのようにそっくりだったんだから――。

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