桜華月~少女の想いは悠久の時を超えて~

日乃本 出(ひのもと いずる)

第1話 幼馴染からの突然の告白、傷つけてしまった後悔


「はあ……」


 カレンダーの今日の日付に×印をつけ、ボクは大きく溜息を吐いた。


 カレンダーは先月の初めから今日の日付に至るまで、一つも欠けることなく×印で染められている。


「今日もダメだったなぁ……」


 毎日の日課となりつつある印つけを終わらせ、もう一つ大きな溜息を吐いた。


 そしてベッドへ身体を投げ出し、ぼ~っと天井を見つめる。これが最近のボクの寝る前のサイクルになりつつある。


「なんで……こんなことになっちゃったのかなぁ……」


 誰かが聞いてくれるわけではないけど、ついつい後悔に似たような感情と共に口から愚痴がこぼれてしまう。


 全部、自分が悪いのに……。


 そもそもどうしてボクがこんな風に憂鬱な気分で過ごすことになったのか。それにはちゃ~んとした理由がある。まあ、理由はわかっているけど、それをどうやって解決すればいいのかわからず困ってるっていうわけ。


 その理由っていうのが、幼馴染の信也の事。


 幼稚園の頃からずっと一緒のクラスで、いつも喧嘩ばっかりして過ごしてきた、ボクにとって最大のライバルみたいな相手だった。


 だからボクとしては、友達っていうか、親友っていうか……とにかく、小さな頃からずっと隣にいて、仲が良かった相手。


 でも……まさかその信也から告白されちゃうなんて、思ってもみなかった。だって、ボクと信也はいつも一緒にいたし、いつも何かにつけて張り合ってきたし……。


 今の今まで、信也がボクにそんな事を思わせるようなことなんて一切なかったし、ボクも信也に対してそういうような想いを抱いたことがなかった。


 それにあまりに突然の告白だったし、いつもの冗談かなと思って、笑って誤魔化しちゃったのがいけなかった。


 あの時の信也の表情は今でも忘れない。


 すごくさびしそうで、それでいてどこか諦めたような……とても哀しそうな表情だった。


 今まで一緒にいて、あんな信也の表情は見たことがなかった。


 あれから信也とは表面上は前と同じようにお互い接している。


 だけど、どこかお互いに大きな壁があるっていうか、何か一歩引いたようなすごくよそよそしいような感じ。だから周りには何も気付かれてはいないけど、実際はボク達は前と同じような関係には戻れてない。


 最初はすっごくイライラしたなぁ。こう、なんというか。信也が近くにいて近くにいないような感覚っていえばいいのかな?


 とにかく、今まで感じたことないようなイライラともどかしさだった。


 そんな状態がしばらく続いた時、ふと思ったんだ。どうしてこんなにもイライラするんだろう?どうして信也の事ばかり考えるようになったんだろうって。


 思い切って信也の妹のあーちゃんに相談してみたら、逆に説教されちゃったんだよね。


「まだわからないの? 夕映ゆえちん、兄ちゃんのことが好きなんでしょ。相思相愛のくせに、素直じゃないから見てるコッチがイライラするんだよね!」


 この言葉はきいたなぁ……そうなのかな? って思って、昔の思い出とかを思い浮かべてみたら、ボクの楽しい思い出にはいつも信也がいたって事に気付いた。


 いや、信也がいたから楽しい思い出になったのかな? まあ、どっちが正しいのかはわからないけど。


 ともかく、どうやらボクは信也の事が好きみたいだってことだけはわかった気がした。


 でも、それからが大変だった。


 そのことを意識しちゃったせいか、信也とまともに顔を合わせるのがなんか恥ずかしくて信也の事を避けるようになっちゃった。


 それに信也の事が好きなのはいいけど、それをどう伝えればいいかわからないし、信也の告白の件もあってなおさら伝えづらいっていうのもあったんだよね。


 だからといってその状態が良いわけないし、なんとか鬱屈した今の状態を打破しようと一念発起しようとしたんだ。


 ウジウジしてたってしょうがない! いつものようにあたって砕けろだ!! 信也が告白してくれたんだから、ボクだって出来るはずさ!! って思ったのはいいんだけど……。


 実際に告白しようと思って信也の側に行くと、足がすくんで言葉にすることが出来なかった。


 物凄く緊張もしたし、何より――怖かった。


 断れたらどうしよう。あの時のことを責められたら、なんて言えばいいんだろう。もし、信也が受け入れてくれたとして、付き合うってどういう風にすればいいんだろう――。


 そんな不安がずっと頭の中をグルグル回って、どうしても告白することが出来なかった。


 そうこうしているうちに時間がどんどん過ぎちゃって、なおさら告白しづらくなっちゃった……ほんっとバカみたい。


「はぁ……八方ふさがりだなぁ……」


 今日だけで何度ついたかわからない大きな溜息をつき、ベッドからカレンダーを見やった。もう少しでカレンダーは×印で埋め尽くされそうだ。


 つまり来月になってしまう。来月はもう四月だ。そしたらボクは高校三年生になる。そしてクラス替えが来て、センター試験や就職活動の激動の年がやってくる。


 そうなると、二人でいられる時間が少なくなっちゃうのは明白だ。しかも、今の関係のままだとするとなおさら信也といられる時間は限られてくるだろう。それだけは――嫌だ……嫌だけど……。


 カレンダーから目を外し、枕に思いっきり顔を埋める。あまりの自分の不甲斐無さに思わず涙が出てきちゃいそうだった。涙が出てこないように枕に顔を埋めたまま、う~う~唸って気をまぎらわせた。


 しばらくそうした後、枕元に置いてあるスマホを手にとり、ディスプレイに目をやる。そしていつもと同じようにメモリーから信也の番号を呼び出し、ディスプレイに表示させた。


 ここまでならスムーズに出来る。でも、ここから先が踏み出せない。通話ボタンさえタップすれば信也のスマホにつながり、話すことが出来るだろう。ただ、ボクの番号が着信拒否されてなければ、だけど……。


 ああもう! また悪いほうに悪いほうにと考えがいっちゃってる! 今日こそ信也の番号をタップするんだ。そして、信也に想いを――――。


 ディスプレイを凝視しながら、タップしようと必死に念じる。でも、人差し指の第一関節から先にまったく力が入らない。


 まるで、関節から先が消えてなくなっちゃったように、まったくもって人差し指に力が入らない。


 そうこうしているうちにスマホを持つ手が震えだしてきた。掌も汗だらけ。呼吸が荒くなり、心臓もバクバク、頭はクラクラ――――ダメだ!気をしっかり持たなきゃ!だって、もうボクと信也には時間が……時間?


 ディスプレイの右上の時刻表示に目を向けてみる。現在の時刻は午前2時だった。


「こんな時間に電話なんかしちゃったら迷惑だよね……うん、そうだよ。だから……また明日にしよう」


 誰に聞かせるわけでもなく呟きながら、ボクは一人うなずいた。そして携帯のアラームを朝6時にセットして枕元に置いた。


 これがどうしようも無い言い訳だってくらいボクにもわかっている。でも、やっぱり踏み出せない……怖いんだ。


 心の底から湧いてくる自己嫌悪を振り払い、ボクは布団にくるまった。


「はは……信也のせいで、最近寝不足になっちゃったよ」


 全ての元凶に軽い憎まれ口を叩き、目をつぶった。


 ――明日こそは、きっと……。


 何度願ったかわからない“明日”を夢見ながら、ボクの意識は次第に薄れていくのだった――。




    ◇ ◇ ◇




 ――不思議な感覚だった。


 普段感じているはずの重力というものがまったくなく、まるで身体が宙に浮いてるような、不思議な感覚だった。


 不思議な感覚だけど、嫌な感じではなく、どちらかという心地よさのほうが強かった。


 ここは一体どこなのだろう? 辺りを見渡そうとして、両目が開かないことに気付いた。


 ああ――そうか、きっとここは夢の中なんだ。


 夢の中なら、この不思議な浮遊感も納得ができる。最近、気分が落ちることが多かったから夢の中くらいはリラックスしたいよね。


 ボクはこの不思議な夢に身をゆだねるため、全身を思いっきり伸ばそうとした。すると身体全体が動かないということに気付いた。


「ふぁえ?」


 あれ? と言いたかったのだけど、口すらもうまく動かず、変な声がでてしまった。


 意識だけはしっかりとしているのだけど、どうやら全身が思うように動かないみたいだ。これが世に言う“金縛り”というものなのだろうか?


 最初は浮遊感が心地よかったけど、全身が動かないとなると、急に恐ろしさがこみ上げてきた。


(これは夢……だよね?もしかして、病気か何かになっちゃって目が見えなくなって、身体がいうこときかなくなっちゃったとかじゃ――)


 そんな思いが頭を掠めた瞬間、浮遊感が突然消えうせ、代わりにある恐ろしい感覚に取って代わった。


 その感覚とは――落下感。


 まるで遊園地のフリーフォールのような急激な落下感が突如として襲ってきたのだった。


 ベッドから転げ落ちたのかなと思ったけど、そうじゃないらしい。


 それならすぐに床に激突するはずだけど、ボクは床に激突することなく落下感がひたすらに続いていたのだから。しかもその落下スピードがどんどん速くなっていくように感じられた。


「――――――――ッ!!」


 大声で叫びたかったけど、口が動かないので声は出せなかった。代わりに呻くような音をわずかに開く口元からこぼしただけ。


 必死に目を開けようとしたけど、やはり目は開かない。どうにかもがこうとしても、身体のどこも動くことはなかった。


 そうしてる間にもスピードはさらに速まっていった。


 ――怖いっ!!


 終わりの無い落下感の恐怖に、ボクは助けを求めようとした。真っ先に浮かんだのはやっぱり信也の顔だった。


 すると、本当に信也が助けてくれたのかどうかはわからないけど、少しずつスピードが遅くなっていくのを感じた。


 なんだかよくわからないけど、とりあえず恐怖感が薄れていくのだけはわかった。


 なぜならスピードが収まるにつれ、最初に感じた浮遊感がボクの身体に戻り始めたんだ。


 助かったぁ……。


 安堵の溜息を吐くのを合図に、ボクの身体の浮遊感が薄れ始め、ボクの意識も薄れ始めたのだった――。

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