第6話 月夜が二人を隠すから



 遠くで、祭囃子が聞こえる。


 今日は第一公園で、町内会のお祭りだ。うちの【家族ファミリー】連中も、ニンゲン達からご相伴を賜ろうと、ウキウキして出て行った。全員が猫好きとは限らないから、気をつけていけと、釘を刺したのが、数刻前。


 欠伸が漏れる。

 ティアとモモが、俺をグルーミングする。脳が微かに痺れるような錯覚を覚えた。大人のティア。幼く、ただたどしい舌遣いのモモ。そのどちらからも、愛情を感じる。


 こんこん。

 足音が近づいた。


「ふーん。冬君、あんなに可愛い子に、告白されたんだ?」

「いや、ちゃんと断ったから」


茉麻まあさちゃんだっけ? 可愛かったね」

「むしろ、可愛くなっていたね。恋している女の子って感じだった」


 顔をあげる――までもなかった。匂いで、分かる。うちの同居人とその彼女だ。祭りを抜け出して、二人の時間を過ごそうと思ったらしい。


 人混みが苦手なあの子のことだ。相棒なら、当然そうすると思っていたから、予想の範疇内。でも、よりによって俺の目の前とは、良い度胸である。


「ふーん。ふゆ君は、ああいう子を可愛いって思うんだ」


 あぁ、剣呑な視線に、相棒が焦燥感を滲ませる。アイツ的には、誰かに恋している女の子。眼中にないと言いたいんだろう。バカめ、例えそうだったとしても自分以外を、可愛いと言うのを聞いて、心穏やかな女性メスがいるものか。


「あのね、雪姫ゆき?」

「……別に良いもん」


 そう言って、そっぽを向く。全然、良くないのは火を見るよりも明らかで。このまま手をこまねいていれば、ただの唐変木だが――。


「雪姫」

「ふゆ君――?」


 少し強引にその唇を塞ぐ。それから、引き寄せる。


「雪姫しか見ていないのに、他の人を見ている余裕は俺にはないんだけど?」

「だ、だって……冬君が……」


「断ったって、言ったよね?」

「う、うん。で、でも――」


 また唇を塞ぐ。何度も塞ぐ。何度も、何度も。そのうちに、彼女から吐息が漏れて。


「雪姫って頑固だからさ。分からないのなら、分からせる。俺が好きな人、いったい誰なのか、って」

「だ、だめ――それ以上は、浴衣が――」

「着付けしたの俺だから。後で直せば良いでしょ?」


 そう囁く。そうなのだ、この男。着物の着付けも、メイクもヘアセットまでしてしまう。今日の彼女は、全て相棒プロデュースだった。


「あのね。雪姫――」


 しゅる。

 衣擦れの音が響く。


 その指で、髪を梳く。

 呟く。


 ――誰が一番、雪姫ゆきのこと好きなのか、教えてあげるね。

 俺は目を閉じる。


 こっちを気付いていないのなら、それ以上覗くのは野暮ってものだ。俺は、ティアとモモを交互に舐めながら、その目を閉じた。






■■■






「上川君が、いたね……」

「ん?」


 打ち上げ花火は、とうに終わった。

 うって変わって、静寂が包む公園内。


 大輪の花が空を彩ったのが、まるでウソのようだった。そんな静寂のなか、久しぶりに見た。委員長氏と、茉麻嬢だった。こっちは逆パターン。どうやら、委員長が不安に駆られてしまったらしい。

 彼女が、初恋の相手と出会った。


(青いな)


 終わった相手と出会ったところで、どうしたというのだ。茉麻嬢を幸せにするのはお前の役目だろう? ついそう思ってしまう。


 と、茉麻嬢の視線が動く。

 俺――達に視線を向けて。


 それから、ふんわりと微笑んだ。


 コン。

 小さく、自分の胸を叩く。




 ――シロちゃん。見ていてね? 初恋より、今は真斗がこんなに好きだって。ちゃんと伝えるから。


 甘い匂いが、伝播する。

 もしも、茉麻嬢が猫だったら。


 上機嫌に尻尾を振っていたのかもしれない。

 風が俺の髭を撫でる。

 夜空――上空の雲が早い。月明かりを、雲が隠す。


いきなことで)


 遠く、街灯の光が弱々しい。

 ちかちか光って。


 そして、消える。

 その瞬間だった。




 茉麻嬢は、背伸びをする。



「真斗、私ね。真斗が本当に好きだよ」


 初恋は、もうとっくに過ぎ去った。

 それは確かに思い返せば、焦げついた砂糖のようにほろ苦くて。


 胸の奥を時には、疼かせる。そんな初恋を経て、君に出会ったんだから――そう茉麻嬢の心音が、委員長に囁いている。


(どうするつもりだ、委員長――?)


 言わせたままか?

 されるが、ままか?


 男性オス女性メスかだなんて、関係ない。そんなのただの記号でしかない。肝心なのは――。


(お前はどうなんだ?)


 答えなんか、もう出ているはずだ。だって、お前からそういう匂いがするから。


 風が凪ぐ。

 雲が流れる。


 季節が、もう間もなく変わる。

 チカチカ、また電灯がついたり。そして、消えたり。


 その刹那――。

 雲間から、月が優しく光。そして照らして。


 影がのびた。

 そして、重なって――。





 こつん。

 何かが、ぶつかった音がして。


 二人の苦笑が、重なった。

 不慣れなキス。


 歯と歯がぶつかったのだ。

 下手くそ、なんて言わない。そんな距離感は、二人で探せば良い。 


 それから、今度は――。

 また、影が重なる。

 その瞬間、また雲に月は隠れて。





 しじまを破る呼吸音。微かに聞こえるリップ音。


 つい欠伸が漏れる。

 両側の温もりを感じながら。











 柔らかく、甘い残滓が、鼻腔をくすぐる。


 花火の後。火薬の匂いをかき消すくらいに、甘く、あまく甘い。

 余すことなく、甘くて。




 風が、毛を撫でる。

 そんな微風で吹き飛ぶほど、この匂いは軽くない。





 ――好きだよ。

 ――好き。

 ――好きだよ。






 風は、そんな声を微かに乗せて。

 これは、なんてことない、日常風景。この公園では、形は違えど、たまに見かける日常茶飯事。



 そのうちの一つ。



 白猫とギャルの物語――。

 でも今回は、とりあえずココで。

 尻尾をパタンと振る。




 だって、俺。

 もう、眠い――。





【Fin.】

 

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ギャルと白猫。 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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