第5話 白猫とギャルと委員長君のピリオド

 ――それから、三ヶ月がたった。





「……それでね……それで……そうなの! そうしたら……委員長がね!」


 茉麻嬢である。久々に来たかと思えば、マシンガントークの炸裂。かれこれ30分、6割方、委員長の話題……って? 俺は尻尾を小さく動かす。何があったの?


「……見つけましたわ、ルル様」

「げっ?」


 思わず呻いてしまった。


 最近、うちの家族ファミリーに加入した、野良猫メスだった。保健所に追い回されていたとこを助けてやったのまでは良かったが、そこからが最悪だった。求愛行動が半端ない。そして、何かと正妻の座をを主張してくるのだ。いい加減、辟易してしまう。


「えぇ? 前の二匹と違う猫ちゃん? 君ってモテ猫だったの?」


 茉麻嬢に言われると、なんだかチャらく聞こえるから不思議だ。


「ルル、これはどういうこと?」

「……お兄ちゃん?」


 まぁ、そうなるよな。騒ぎと聞きつけた、ティアとモモのご登場だった。


「ルル様が、ようやく私を正妻にと、お認めになったんですわ」

「「へぇ……?」」


 二匹とも綺麗にハモるなぁ……。

 ゴミを見るような目で俺を見るの、そろそろやめない?


「みんな仲良しなんだねぇ」


 どこをどう見れば、そうなるんだ? お前の目は節穴か。


「新参者が何を言ってるんだか。お前さんが、姫と嬢と張り合おうだなんて、100年早いでっせ」


 そう言ったのは、クロだった。見れば、猫の一団が新入りを取り囲み、連行していく。


「ちょっと止めて、汚い前足で触らないで! 私はルル様とお話が――」

「時々、出てくるんですよね。親分が情で動いただけなのに、我こそが番だと言い張るおバカちゃんが。まずは群れのルールを知るのが、鉄板でしょうに。親分もあまり甘い顔しないでくだせぇ。示しがつきませんぜ」


 クロの諫言に、ぐうの音も出ない。あれよあれよという間に、名前も知らないアイツは連れ去られてしまった。


「さぁて、私も帰ろうかな。勉強しなくちゃ」


 と茉麻嬢は立ち上がって、スカートについた砂埃を払いながら言う。


「へ?」


 目が点とはこういうことを言うのか。茉麻嬢が勉強。ごめん、大事なことだからもう一回、聞いても良い? 茉麻嬢の口から――お勉強? お弁当じゃなくて?


「へへへ。委員長がね、20点アップしたら、なんでもお願いを聞いてくれるって言ったの」


 ……20点って。かなりの数字な気がする。さては物欲に火がついたか。高校生にブランド品をねだるのは、やめろよ?


「……シロちゃん、いくら私でもさぁ。委員長の童貞をくださいなんて、流石に恥ずかしくて言えないから」


 そんなこと、言ってねぇ!


「私、そんなに軽い女じゃないからね?」


 知らねぇよ!


「……ま、そういうで、委員長を縛りたくないんだよね。できれば、デートに誘っちゃおうかなぁって思ってるの」


「……デート?」


「うん。水族館とか良いなぁ。昔はお兄ちゃんと良く行っていたから」

「ま、良いんじゃね?」


「……委員長が、私になんか興味ないのは分かっているけどさ。少しは、意識してほしいじゃん」


「ほぉーん」

「なんなんだろうね、この気持ち――」


 上川君の時には、正直感じなかったんだ。

 委員長が、他の子と楽しそうに笑うのを見たら、なんか胸が苦しくて。でも、委員長が私の目を見て話してくれる時は、本当に嬉しくて。こんなこと、初めてだから、正直が消化ができないよ――。


 茉麻嬢は、そう呟く。

 ふむ。


 俺は両耳、両目を閉じる。バイバイ、シロちゃん。

 茉麻嬢の弾むような声。スキップする足音。閉じていても聞こえたが、それ以上に――。


「甘ぇっ」


 ハイビスカスの匂いが、そこら一面中に香る。

 ――こんなこと、初めてだから。


「バーカ、それが恋ってヤツだろ」


 俺は小さく呟く。いいんじゃねぇーの? 今回の物語がハッピーエンドかどうかは分からないけれど、前回の恋を引きずったままのメリーエンドよりは、よっぽど良い。


「バカはルルだと思うけど?」

「お兄ちゃんは、救いようのないバカに私も一票かな」


 戦慄を感じさせるに、俺は武者震いする。

 こ、これ武者震いだからな。

 べ、別に怖くなんかないからな?


「ちゃんとお話をしようね、ルル?」

「ねぇ、お兄ちゃん? あの正妻コールをするババァは誰? お兄ちゃん、まさかあんなが好み?」


 怖ぇぇぇぇっ!

 茉麻嬢、散々、話は聞いてやっただろ?

 今だけ戻ってきて――。


「ふんぎゃぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」


  俺の尾になんとも言葉では表現し切れない、激痛が走ったのだった。






■■■






「……委員長?」

「へい、委員長氏ですね、親分」

 

 いつもの公園で参謀クロと、群れ――【家族】ファミリー運営について議論している時のことだった。議題は悪徳ブリーダー。だいたいオレ達に値段をつけようとする性根が気に食わない。ま、もっとも自分達にも値段をつけて経済を回すのだから、罪深い生き物だ。アイドルなんか、その際たるモノだ。あいつあ、すぐに価値をつけたがる。


 ま、実害がなければどうでも良いけど。

 目を向けるれば、這いつくばってを探しているようだった。


(常時メガネ野郎が、コンタクトレンズを探すとか、そんなことないよな?)


 思わず首と尻尾をかしげてしまう。


「ふーん?」


 クロが意味深に笑う。


「なんだ、気色悪い?」

「ほら、親分も見ていたじゃないですか。委員長が、鈴のキーホルダーをぶん投げたの」


 それは恋愛成就のお守りだった。近くの神社のナマグサ神主が、参拝客の呼び込みを目的に、近所の雑貨屋と共同開発。俺からしてみたら、御利益のカケラもなさそうだが、Inspagramインスパグラムでバズったらしい。今や、女子高生達のマストアイテムとなっている。


「どうも、茉麻嬢にあの鈴のことを聞かれたようで。慌てて探しているってのが、ことの顛末のようですぜ」

「なんで、そんな情報仕入れているんだよ?」


「モモ嬢に仰せつかったてますからね」

「俺の指示を後回しにして?!」


 モモもティアも、人間の恋バナが好きだからなぁ。ま、それで群れの統率がとれっている面があるから、片目閉じているけどさ。


「委員長、何か探しもの?」


 ひょんと、上から覗きこんだのは茉麻嬢だった。


「え、あ――」


 委員長が口をパクパク開閉させる。あぁ、そりゃ。一番、見つかりたくない人に出会ったらね。もらったプレゼント、嫉妬に任せて放り投げたなんて、そりゃ言えないわな。


「一緒に探すよ? 何がないの?」

「そ、それは……」


 目が泳ぐ。そんな彼をお構いなしに、目的のものが何かもまだ知らないというのに、茉麻嬢まで四つん這いになった。


「親分、ちょっと」


 クロが俺に囁いた。


「ちょっと、ベンチから降りてくだせぇ」

「へ?」

「良いから、良いから」


 クロに言われるがまま、俺も降りる。


「シロちゃんも探してくれるの? チョー優しいじゃん!」

「あ、ちょっと、あの――」


 委員長が俺を見る。その視線の向こう側。あの雨の日、鈴のお守りを投げた方向と、まるで一緒で。


 梅雨明け、草が生い茂っている。この生い茂ったなかを探すのは、いかに猫でも骨が折れ――。


「親分、あのお守りなんですがね」

「ん?」


「好きな人がいる方向に、お守りを投げて。それから、時間を置いてまた探して。見つけることができたら、片想いが両思いになるっていうジンクスがあるんでっせ」


「なんだ、そりゃ?」


 人間ってなんて浅はかなのか。そんなことで成就できたら、カップル成立のバーゲンセール、間違いなしじゃないか。


「まぁ、まぁ。でも良いキッカケだと思うんですけどね。ティア姫の発案なんですが、快く受けてくれたカラスの先生には、本当に感謝でっせ」

「は?」


 幾つもの影が、旋回して。公園内のアスファルトや地表に映す。


 見上げれば、編列を組み空を舞う姿に釘付けになった。先導する一匹のカラス、数十匹のスズメ達。まさに航空隊だった。


「おい、クロ。俺があのクソガラスと合わないことをお前、知っていて―」

「まぁまぁ。ティア姫のご指示ですからね。ここはグッとこらえてくだせぇ」


「この群れのボス、誰だと思っているんだよ?!」

「そりゃ親分ですけど。ティア姫とモモ嬢に、頭が上がらねぇでしょ?」

「う……」


 ぐうの音も出ない。と、見上げれば、カラスとスズメが俺たちの頭上を旋回する。


 ――クソ猫、貸し一つな?

 ニタリとカラスが笑うのが見えた。ムカつく。そういうトコだ、このクソガラス!


 と――。

 ポトン、と。

 何かが、地面へと落ちていった。


「……これって?」


 茉麻嬢が摘み上げたのは、例の――鈴のキーホルダーだった。


「ねぇ、委員長? 探していたのって、これ?」

「あ、えっと、これは――」


 委員長が口をパクパクさせる。


「これ、前にあげたお守りだよね?」

「う、うん、うん。そうだけれど……?」

「誰? 誰に?!」


 ずいっと、茉麻嬢が委員長に迫る。あぁ、そんな今にも泣きそうな表情カオをしなくても、って思う。


 お守りを放り投げたのは、誰か想い人がいるから。

 茉麻嬢がそう思っても、おかしくない。


 おい、委員長?

 いつまで、ドモッているつもりだ?

 意図していなかったとはいえ、お前が見ていた人は――。


「田島さんだよ! 田島さんのこと想ってた! ごめん、気持ち悪くて――」


 そう言い切った委員長に、茉麻嬢は目を丸くする。


「うそ……。委員長が、私を?」

「ドン引きだよね? ごめん、本当に、ごめ――」

「ちょっと委員長?」


 ぐいっと茉麻嬢が、両頬をその手ではさむ。


「勝手に決めないでよ!」

「え……?」


「嘘じゃないんだよね?」

「え? でも、田島さんは、上川君が好きで――」

「今はそんな話をしてないよ!」


 茉麻嬢が、委員長の言葉を封じる。

 目一杯の感情をぶつけて。

 その唇で。

 まるごと、その言葉を奪う。


「田島さ……ん……?」


。ちゃんと、私の名前を呼んで?」

「え、っと? 田島さん、僕の名前を?」


「当たり前じゃん、好きな人の名前ぐらい知っているって」


 気付いていながら、誤魔化し続けていた。それは茉麻嬢も一緒だった。でも、匂いが雄弁に感情を物語っていた。俺からしてみたら、今さらだった。


「あ、え、でも……ずっと委員長って……」


 おい、委員長。そこでヘタレるな。尻込みするな。彼の喉元から、唾を飲み込む音が、こっちまで聞こえてくる。


「……ま、茉麻」


 絞り出すような声。掠れた声に、どれだけの勇気を振り絞ったんだろう。


「うん」


 にっこり、茉麻嬢が微笑んだ。


「それで、なに?」


 さらに、その目を覗きこんで。


「あ、いや、その。だから――」

「なに?」


「茉麻が好きで、その、上手く言葉にならなくて。僕、ダサくて、本当に、ごめ――」

「うん。私も真人が好きだよ」








 これ以上、覗くのは野暮ってものだ。

 ただ、甘い。

 甘い匂いが。

 さらに充満して。

 この当たり、一帯を包む。





 甘くて、甘くて。本当に甘い。

 そんな口吻くちづけを交すんだから。

 これでも、茉麻嬢は抑えているのだ。

 委員長、そろそろ臆病な自分にピリオドで良いんじゃないの?


















「真斗、好きだよ」


 二人の鈴が。

 この瞬間、凜と響いた。 

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