第3話 酔イドレル夜


「いいかぁ兵蔵……祓っていのはなぁ……おい聞いてんのか! 石みたいに硬くなりやがって!」

「こいつ、甘酒で酔ってやがる!?」

 句天は狛犬に話しかけていた。

「ガハハハッ! どうだ? いつまで経ってもわらべであろう?」

 そういう読天ももう片方の狛犬に話しかけていた。

「師弟揃ってこれかよ……」

「さておふざけはこれくらいにしてだな」

 急に兵蔵に向き直る読天。

「うわっ正気だったのか?」

「うむ、まだ少し目が回るが……」

「半分本気だったのか……」

「まあその話はよい、祓についてだ」

 兵蔵は座して言葉の続きを待つ。それに読天は頷くと言葉を続ける。

「異能と言っても形は人それぞれだ。お主が句天の形を真似たように句天もまた儂の形を真似ている」

「源流は読天の方にあったのか」

「儂なぞもうとうに超えられてしまったがのう……可惜夜を見たであろう?」

「ああ」

「あれほど見事な結界を儂は知らない」

 確かに、常人を退けるだけに非ず、異形を閉じ込め、その力を具現化していた。まさしく異能のいただきと言っていい。それに比べて兵蔵の力は空中に足場を作る程度のものでしかない。句天の前では盾にもなるまい。あの察知能力、おそらくはあの結界内の行動は全て把握されていると見た方がいい。

「どうすれば句天に勝てるかを夢想しているな? やめたほうがいい。それをして敗北を喫した者を数えるのはもう飽きた」

「……俺はただ」

 頂の景色が見たい。それは登山家の様な夢。そこに山があるからと言った。そこに武道の道が、戦いの道があるのなら、勇んで進むのが我が道とした。祓が使えるようになったのは僥倖ぎょうこうだった。これ幸いとせずしてなんとする。

「それでも戦いたいと申すのなら」

「なら?」

「この町に巣食う大妖たいようを祓ってみせよ」

「大妖?」

 頷く読天、そっと天を指さす。そこには禍々しいほどに輝く月があった。

「あれに疑問を覚えた事は?」

「月に、か?」

「ああ」

 疑問、そういえばいつからだろう。

「はっ!?」

 ようやく気付く。あれは月などではない。だ。巨大な眼がこちらを覗いているのだ。そうしてようやく全容が視える。巨大な大蛇おろち。その鎌首が空にかかっていた。

「あまり見つめすぎるな。食われるぞ」

「あ、ああ」

 月から目を逸らす兵蔵。

 読天は目を伏せながら語る。

大妖あれの名は溢湾道いつわんどう、澱の重なりし者」

「あれは倒せる者なのか?」

「分からぬ。句天ならあるいはと思い派遣したがいかんせん雑魚が多い。そっちの処理に追われて溢湾道に届かんのだ」

「人手が足りぬという事か?」

「ガハハハッ! 話が早くて助かるな残井の子!」

 肩を思い切り叩かれ兵蔵は思わずよろける。

「俺に出来る事ならなんだってやる。手伝わせてくれ」

「結構結構、では近日、澱をまとめて祓うための鎮魂祭を執り行う。場所は此処、輝輪きりん神社だ」

「それまでは?」

「まあ句天と適当に雑魚を狩って慣らしでもしておいてくれ」

 なんともまあ、適当な人だ。兵蔵はそう思った。

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澱重ナル者 亜未田久志 @abky-6102

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