不正
「さっきから避けてばっかりで逃げるしか能がないのですね」
「まあ、認めるよ。攻めあぐねているのが現状だからね」
決闘が始まって十分ほどが経過した。
何度も放たれる炎球から逃げ続けたユウマは膝に手をつき、しんどそうに息を吐く。
一方、シャルルは余裕たっぷりといった感じで、つまらなさそうに溜息を吐く。
「攻撃してきて構いませんよ」
ざわっと会場が揺れた気がした。
一方的に攻撃していたシャルルからの発言に驚いたのだろう。
だが、誤解してはいけない。
この提案は決してユウマにチャンスが与えられたということではない。
シャルルの魔力量とさっきの炎球の火力から考えて、シャルルの防御魔法の耐久性能はエーテルダムの外壁以上だ。
それを打ち破る魔法を個人で発動するのは至難の業であり、魔法騎士団の精鋭クラスの実力が必要になってくる。
「このまま勝っても面白味がないですからね」
シャルルの表情には絶対的な自信が溢れており、自分が負けることなど微塵も考えていないのだろう。
悪く言えば、緊張感がない。
相手が何をしようとも魔法で防げばいいという油断が感じられる。
そこがつけ込める隙ではあるが……無理だろ。
「じゃあ、お言葉に甘えて……留まることを知らぬ風の精霊よ、我が両脚に力を宿し、加速させろ。
ユウマの膝から下の両脚を中心として渦を巻くように黄緑色の風が発生する。
身体能力の補助目的に使う魔法だろう。
風属性の魔力によって身体を浮かせて軽くし、脚力の強化によって自身の移動速度を上げる。
たったそれだけの魔法。
シャルルの防御魔法の対抗手段ではなく、これからの攻撃に備えたようにしか見えない。
だが、会場はざわつき始める。
「あの魔法って――」
「ああ、そうだよな。ゴーシュ君が得意としていた――」
ゴーシュ……先週、ユウマに負けたレッドの生徒か。
食堂の会話からしてゴーシュはシャルルの側近だったはず。
「どういうつもり?」
「新技のお試しかな。他意は無いよ、たぶん♪」
ユウマはその場で軽く跳ねてから、一気に加速して走り出す。
シャルルの炎球によって床の凹凸ができているにも関わらず、目で追うのが難しいほどの速さで土煙を巻き上げながら縦横無尽に走る。
攪乱させるのが目的なのだろうか。
そうだとしたら愚策だ。
シャルルは全方位に防御魔法を展開していればいいだけになる。
ユウマがどれだけ加速して攻撃したところでシャルルの防御魔法の前では無意味だ。
これほどの速度を出せるなら博打で一直線に走った方がよっぽど勝機はあっただろう。
ドゴンッ!!
爆発音が会場に響く。
シャルルの魔法だろう。
土煙の中から勢いよく何かが飛び出す。
それは空中に留まり床に手を振り下ろすと、巨大な炎の渦が現れる。
「あっつ!!」
観客席にまで火傷しそうなほどの熱気が襲う。
観客たちは自身に水魔法をかけて冷却しようとしている。
それほどまでの一撃を与えたにも関わらず、空中にいるそれ――シャルルは攻撃の手を止めず、何百発にも及ぶ炎球を地面に叩きつける。
だが、教員たちは誰もシャルルを止めようとしない。
生徒の命が危ういというにも関わらず、決闘という名目で動かない。
いや、動けないのか。
巻き込まれたら死ぬもんな。
それに――
シャルルの一連の攻撃が終わり、闘技場内の視界が晴れていく。
シャルルは空中に留まっていた。
さっきまでの余裕はなく、目を吊り上げ般若のような様相で見下ろしている。
そして、制服にさっきまでなかった赤い模様がある。
そこまで観察できたとき、下から突き刺すような光線がシャルルを襲うが、シャルルは危なげなく冷静に
「おっと、これを防がれるか」
緊張感のない声の主は闘技場の中央に立っていた。
目立った外傷はなく、決闘開始時と変わらない姿に不気味さを感じた者は少なくはないだろう。
「さすがに死ぬかと思ったよ。生を実感した~って感じ」
「……」
「もう打つ手がないでしょ。降参してくれると助かるんだけど」
ユウマの強気な発言にシャルルは何も言わず、悔しそうに相手を睨みつける。
怒りに任せた渾身の趙火力の連撃をまともに受けて傷一つ付いていないのだ。
魔力もかなり消費しただろうし、自分の攻撃を
「
シャルルは地に足をつけると、炎球を一つ作り出してユウマに向けて放つ。
「諦めが悪いね。全然いいけど」
そして、シャルルに向けて蹴りを浴びせようとしたときだった。
ユウマも防がれることは承知の上での蹴りだったため軽く小突く程度に見えた。
「
シャルルを包み込むように眩い光が発せられる。
肉を切らせて骨を断つとは言うが、これは……
悪い予感が脳裏に浮かんだと同時に光が消える。
「ふぅ~、あっぶね。やっぱり切り札はここぞって時まで取っておくものだね」
ユウマはシャルルの首の後ろを手刀で軽く叩くと、糸が切れたからくり人形のようにシャルルの体から力が抜ける。
ユウマは倒れそうになったシャルルを支え、お姫様抱っこして控室の方へと去っていった。
「え~、しょ、勝者、グリーンのユウマ」
覇気のない声が会場に響く。
突然訪れた幕引きに皆が唖然とする中、俺は気が付いた。
いや、疑念が確信に変わったというべきか。
ユウマはおそらく無詠唱魔法が使える。
それに、俺と同じ転生してきた人間だ。
青春を謳歌したい俺の転生学園生活 〜高望みは捨てて、甘酸っぱい青春を追い求めます〜 水没竜田 @ryu108
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