開戦

 食堂での邂逅から一週間ほどが経ち、休日となった。


 そして先週に引き続き、とある決闘が中央闘技場で行われる。


 それも、前回の比にならないくらいの大観衆の中で。


 今回は自分が事の発端となったので観戦しに来たのだが、大勢の人間がいて少々酔ってしまった。


「どっちが勝つと思う?」


「ユウマに勝ってほしいな」


 ゼストはそう答えると、中央にいる二人に視線を移す。


 レッドを完封したグリーンと最強と恐れられるブラック、どちらの実力も風のうわさ程度にしか聞いたことがないので、勝敗の予想が全くついていない。


 まあ、その方が見ている分には面白いか……


「両者、構え! …………始め!!」


 前代未聞の実力差、グリーン対ブラックの決闘が始まった。


炎砲弾フレイム・シェル


 開幕早々にシャルルが唱えると、八つの球体状の炎が現れ、そのうちの一つがユウマ目掛けて放たれる。


障壁シールド


 ユウマは魔力で作られた盾を空中に張るが、それに自分の運命を任せることはなく炎球をギリギリのところで回避する。


 その判断は正しかった。


 いつかに見た手のひらサイズのものとは違い、直径二メートル程の炎球の威力は凄まじく、学園都市エーテルダムの外壁と同じ素材を用いて作られた床を抉っていた。


 これが意味することは防御不能であるということ。


 もし、防御魔法に頼ったままだったとしたらユウマは確実に灰と化していただろう。


「略式の威力があれとは……どんな魔力をしていらっしゃるのだ、シャルル様は……」


 略式魔法――通常、魔法を行使するためにはそれぞれの魔法に設けられた文言の詠唱が必要となるのだが、それらを全て詠唱することなく部分的な言葉だけで発動させる魔法のことを指す。


 完全詠唱をしない分、威力が下がるというデメリットがあるが、魔法を発動させるまでの時間を劇的に短縮させることができるというメリットがある。


 略式魔法を使えるようになるには鍛錬によって略式の感覚を掴む他ないが、できない人は一生をかけても習得できないとされている。


 ただ習得できたとしても、実戦で有効とされる威力や性質を持たせられるかは別の話であり、魔法騎士団の集団戦では詠唱することがほとんどらしい。

 

 ただし、それは一般的な話であり、莫大な魔力を持つ者にとっては威力を確保できるので、あえて使わない理由がないほど便利なものである。


(みんなシャルルの魔法に注目してるけど、ユウマも略式を使ったよな……)


 障壁シールドは簡易的な防御魔法の一つはであるが、略式魔法で瞬時に出すとなると相当な訓練を積まなくてはできないだろう。


 そうなってくると、やはりユウマがグリーンというのは誤っているのだろう。

 

「降参したかったらしてもいいわよ」


「え? どの辺で?」


「あっそ」


 今度は七つの炎球が一斉にユウマを襲う。


 逃げるように端へと走り出したが、炎球の方が速く、土煙を上げて炸裂する。


「さすがにやりすぎだろ」


「いや、これくらいやっても大丈夫なんだろ」


「どういうことだ?」


「ブラックは貴重ってことだな」


「……どういうことだ?」


 こういう場で言うことではないなと思い、詳細の説明はしないことにした。


 ブラックは将来の魔法騎士団長候補とされるほどの実力を持っている。


 そのためブラックはこの学園における最も大事な商品であり、彼らを魔法騎士団長に仕立て上げることがこの学園の重要な役割の一つと言えるだろう。


 逆にそれほどの実力者を追い返し、賊にでも堕ちさせてしまえば十分な脅威となる可能性もある。


 この学園から追放されるということは何かしらの犯罪者であるのだから、監獄行きを免れたとしても家に戻ることなどできないだろうし、生きていくためには犯罪に手を染める者も現れるだろう。


 そのため、ブラックともなれば多少の規定違反は見逃すのだろう。


 たとえ、人が死んだとしても。


 それをシャルルは把握しているがゆえの大盤振る舞いなのだろう。


 この学園のモットーが実力至上主義であるように、学園内は強者に有利に働く場所となっているということだ。


「おー!! 生きてるぞ!!」


 観客の一人が大声を上げる。


 土煙から出てきたユウマに目立った外傷は無さそうだ。


「へー、無事なんだ」


「これくらいの弾幕なら余裕だね」


「ふ~ん。じゃあ、二倍と行きましょうか。炎砲弾フレイム・シェル


 今度はさっきと同じサイズの炎球が二十個ほど現れ、また一斉に放たれる。


 さきほどとは違い、一点集中ではなく広範囲への同時攻撃。


 これには逃げ場がないと判断したのか、ユウマはすぐに障壁シールドを前後左右の四方に展開する。


 だが、彼の障壁シールドでは炎球から守れない。


 それはきっと、ユウマも気づいているはずだ。


 また土煙を上げて炸裂する炎球。


 今度こそ、やられたと思ったのか静まる会場。


 だが、土煙の中から余裕そうな表情で服についた土を払いながらユウマが出てくる。


炎砲弾フレイム・シェル


 ユウマの姿を確認してすぐにシャルルは魔法を放とうとする。


 今度は何十発とマシンガンのように撃ち続けていたが、やはりユウマは無事だった。


「すげー! シャルル嬢の魔法を受けきれるなんて」


「あいつ、本当にグリーンなのか!?」


 おそらく、受けきっているわけではないだろう。


 数多の危険を寄せ付けないためにある学園都市の外壁を抉り取る威力の魔法を一人の魔術師の防御魔法で耐えきれるはずがない。


 それを何十発も耐えるなんて絶対に無理だと断言できる。


 ゆえに、この中のごく一部は気づいているのではないだろうか?


 ユウマという男が放つ違和感の正体に。

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