第38話
「りつちゃんさ、さっきの何?」
僕の家に目の前の女の子が襲来してから30分くらいたったころ、いつ帰るんだろうと思いつつ、それより気になることを聞く。しろちゃんが席を外している今しか聞けない。
「何って、何がですか?」
「……しろちゃんが少し落ち込んだ時のアレ」
「アレって何です?」
自分の口からあまり言いたくない。察してほしいものだけど、この子には無理か、あるいはとぼけているだけなのかわからない。
「僕がしろちゃんのこと悪しからず思っているから大丈夫って、妙な慰めかただったから」
「あれが一番効くんですよ、お兄さんの何倍の時間小白ちゃんと一緒にいると思ってるんですか?」
「それにしたって、あんな適当なことを言うのはよくないと思う」
そういうと、りつちゃんは口をつけようとしていたコップをおろして、目をぱちくりとさせながら言う。
「だって、お兄さん小白ちゃんのこと好きでしょう?」
「否定もしづらいが肯定するのも躊躇うなその聞き方。少なくとも好き好き大好きなんて言った覚えても行動で示したこともないけど」
「いいじゃないですかー。小白ちゃんは元気になりましたよ?」
そういう問題じゃない。と思いつつも、そう言われて初めて僕の疑問の所在が確定する。
「しろちゃん、僕の事ブラコンだと思っているのかな」
「だと思っているも何もそうですよね?」
「せいぜい義兄妹関係になって半年もたたないのにそこまでの愛情を向けるほど僕は愛にあふれていない、と思う」
りつちゃんはその言葉を聞いて、何とも言えない表情を浮かべる。可哀想な人を見る、同情というか憐れみと言うか、大げさに言うとそんな感じの目線で僕を刺す。
「……どうしたの?」
「あの、以前私に聞きましたよね。小白ちゃんの呼び方の話」
言われて思い出す。以前僕はしろちゃんと言う呼び方を訝しんで、それについて聞いたことがあった。思い出すと同時に、納得する。そして驚愕する。
「そんな馬鹿な……」
「本当です」
ベットの上でだいぶ楽になった体を投げ出しながら、行きついた事実を咀嚼しているとしろちゃんが追い打ちをかける。
「知ってました?小白ちゃんって私の数十倍は面倒な女の子ですよ」
「それは嘘だよ、せいぜい二倍程度」
「わぁい、私って先輩からしたら比較的優良物件じゃないですか!」
とっさに否定はしたけれど、りつちゃんの上がいた事実から目を逸らすことはできなった。だって面倒なことこの上ない。実父と重ねて、挙句それに見合う愛情まで勝手に感じている女の子とか、誰の手に負えるというのだ。少なくとも僕には荷が重い。
「まぁ、多分お兄さんくらいにしかそんな面倒なことしませんよ。というかお兄さんに対しても今まで目立った行動はしていないでしょう」
「それはそうだけど、僕にしかってどういう意味?」
「だって、さすがに赤の他人の男の子にそんな幻想を抱くのは無理でしょう。仮に私が男の子であったら可能性あったかもしれませんが、知る限りでは小白ちゃんに男の子の幼馴染はいません」
つまり、と一呼吸おいてまるで表彰するように言う。
「義兄と言う関係性を手に入れたお兄さんの特権です!」
「……いらない」
「なんてひどいことを、小白ちゃんかわいいですしいいじゃないですか。きっとそのうち親離れもしますよ。というか気付いていたのではないんですか、あんな質問をするくらいですから」
りつちゃんの質問はもっともだと思うけど、あの時の僕はもっと楽観的に考えていた。実父と少し重ねてくれるくらいなら、嫌われることは無いだろうから都合がいいし、仮に嫌われたとしてもぼく個人ではなく実父の仮面が嫌いになっただけと思えば僕の心理的外傷は少ない。
しかし、そんなレベルじゃなく、本気で僕と実父の境目を理解していないほどに重ねているようで、さすがに気が重い。要は程度の問題である。
「それより、私のことも気にしてほしいなぁって思うんですけど」
「何?」
「さっきも言いましたけど、今日私一人だったんですよ?」
先ほどまでの少しおどけた態度とは違い、本当に落ち込んだような雰囲気で言っているが、ただ昼休み一人で過ごしていただけである。ここで同情してはいけない。
「今更悲しむことでもないでしょ。中学のときとか、しろちゃんがずっと一緒にお昼食べてたわけじゃないって言ってたし」
「わかってないですね、享受した温もりというのは、一度手放すことでその大事さに気づくんです。つ私も最近は一人で過ごすことなかったし、一日くらいなんてことないかなと思ってましたが、前よりつらかったです」
つまりは思っていたより寂しかったと言いたいのだろう。きみ何歳児?
「ほかに友達作りなよ、それか彼氏でもいいんじゃない」
「友達……?しろちゃんがいますが」
「ほかにって聞こえなかったのかな?」
「かわいい後輩がどこの馬の骨かも知れない男に取られていいんですか?」
「もともと僕のじゃないから」
通じない話に渋面を浮かべているだろう顔とは別に、だんだん良くなってくる体調を感じながらりつちゃんの相手をする。いや、むしろ僕がりつちゃんに相手をしてもらってると考えることもできる。少し癪ではあるが、なんでもない雑談に体調が助けられている可能性は否定できない。
飲むものも無くなり、更に雑談に意識を向けようとしたりつちゃんが、最近我が家でよく使っているコップを手で弄びながら、僕に向かって言う。
「お兄さんって、無関心の振りするの上手ですよね」
「何の話?」
「きっと私が誰かと付き合って、お兄さんと疎遠になっても、何でもない風を装うんでしょうね」
「まぁ、そうかもね」
「少しは否定してくださいよ、寂しくて今日帰らなくなりますよ?」
「風邪、うつるよ?」
結局、お見舞いもそこそこに帰ってった。風邪は嫌らしい。
無表情の義妹、不器用。 @wagana
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