第37話

 この世界にはある程度の理不尽がある。世の中ってそういうものだし、すべてが予想通りであるよりはなんとなくいい気がするから、道理から外れた事象は忌み嫌われるだけではないだろう。


 問題なのは理不尽な事象そのものではなく、それが自分にとってプラスに働くかあるいはという話なわけで、発熱してベッドの上で天井を眺めることになっていることは当然後者に妥当する。それでも可愛らしい義妹にかいがいしくお世話されるのは多少嬉しく思わないでもないし、学校を公然と休めるしでプラスに思えることもないではない。




 発熱したことを自分の中で悪い出来事から悪くない出来事にまで昇華させることに成功したあたりで、家のインターホンが鳴る。




 「出ますね」


 「うん」


 


 部屋の机で、僕の様子を見ながら勉強していたしろちゃんが立ちあがり、玄関へ向かう。昼頃にあったやりとりはなかったかのように、普通に会話している。少し怒っているように見えたから、あの後平然として看病してくれたのには少し安心した。




 窓の外はインターホンを鳴らしたのが業者とかでなければ、知り合いがお見舞いにでも来てくれたのだろう。そう考えたあたりで玄関の方から聞きなれた声が聞こえて、予想に間違いがないことを確信する。




 扉を開けっぱなしで出ていったから、玄関先の音がよく通る。何やら話す声が聞こえた後に、一人分の足音が聞こえてきて、しろちゃんだけ戻ってきた。頭にはてなを浮かべていると、少し言いづらそうな顔をしながらしろちゃんは言う。




 「その、りつがお見舞いに来たと言っているんですが通しても大丈夫でしょうか。落ち着かないと思いますので、嫌であれば追い返しますが」


 「……いや、大丈夫だよ。追い返すのは可哀想だし、体感熱も下がってきたから」


 


 嘘ではない、けど平熱にはまだ遠いだろう。りつちゃんに体温計を取ってもらって、皮膚の薄いわきに挟む。少し疑わしそうな目でこちらをじっと見てくるしろちゃんを、あまり玄関で待たせてはいけないという理由で部屋から追い出す。直後体温計が鳴り、今の体温が表示される。大方予想通りの数字にため息をついてそれの電源を切る。見られては心配させてしまう。




 「お兄さん!お見舞いに来ましたよ!」


 「うん、ありがとう」


 「千尋先輩とここ先輩も誘っては見たんですけど、部活と勉強を理由にそれぞれ断られてしまいました……」




 特に残念に思うことは無い。僕と違って何かしらの活動に注力している人もいるのだ。どちらが少数派なのかはわからないけど、少し熱を出したくらいで邪魔できるものではない。




 「さすがにみんなに来られたら狭いし落ち着かないからむしろ助かるよ」




 ここ先輩などはそこまで考えてくれたのではないだろうかと思う。思ってた以上に気が回る人ということを最近知ったし。




 「私が買ってくる必要もないかと思いましたけど、一応お見舞いと言う名目ですから、スポーツドリンクとかゼリーとか買ってきました。良ければどうぞ!」


 「……あぁ、ほんとにお見舞いだったんだ。遊びに来ただけかと」


 「名目ではありますが最低限の体裁は保ちますとも、本気で煙たがられては嫌ですから」 


 「そうでなくては困ります。ゼリーの方は冷蔵庫に......それとも今食べますか?」


 「後でにしようかな、飲み物だけいただくよ」


 


 しろちゃんは軽くうなずいて、リビングの冷蔵庫に向かうためか部屋から出ていく。いつもよりほんの少しだけ足音が大きい気がして、りつちゃんの顔を伺ってみれば、僕と同じようなことを思ったのか目線がぶつかった。




 「お兄さん、何かしました?小白ちゃんちょっと不機嫌ですよ」


 「いや、りつちゃんのせいじゃないの?覚えが全くないとまでは言わないけど、そこまでじゃないはずだよ」


 「私の方が小白ちゃんと付き合いが長いんですよ?あれはそこそこにご機嫌斜めですって。確かに私も何も言わずお見舞いに来たのは悪かったですけど……。予想ではなんだかんだ言いつつも普通に通してくれると思ってたのに、危うく追い返されそうになりましたからね!」




 僕たちが顔を突き合わせて話し込んでいると、当然すぐにしろちゃんは戻ってくるわけで。この話も後ろで少し聞かれてたらしく、明らかに機嫌が悪そうな声が僕たちにかけられる。




 「何話してるんですか」


 「え!?そのあの、あれだよ!今日のお昼寂しかったなぁって!お兄さんもいないし、小白ちゃんも休んじゃうし、先輩方もそれぞれ用事があったみたいで私あの教室で一人だったんだよ!?」


 「可哀想に……」




 僕も何かごまかすべきだったのかもしれないけど、りつちゃんの口から出た言葉に同情してしまってそれどころじゃなかった。千尋はともかく、ここ先輩はりつちゃんと二人を嫌がったんだろうと邪推してしまう。


 しろちゃんはため息をついて、僕の部屋の椅子にではなく、座布団を持ってきてそこに座る。多分りつちゃんに配慮しての事だろう。しろちゃんが椅子に座ってしまえば、りつちゃん一人だけ目線が低くなってしまう。


 誰に話しかけるでもなく、心の内が漏れてしまったかのように小さな声で言う。




 「私一人本気で心配して、なんだか馬鹿みたいです」


 「そんなことないよ?いいことだよ」




 さっきの出来事があったからか、呆気にとられて何も言えなかった僕と違って、りつちゃんは明るい声で言う。いつの間にかしろちゃんに寄り添うようにぴったりくっついて隣に座っているし、こういうところは驚くほかない。




 「そこまで人の体調を本気で心配できるって、よほどの仲でもないと難しいよ?いや、心の中で思う人ならそこそこにいるかもしれないけど、実際に自分も学校休んで看病するなんて自分の親が相手でもする人は少ないんじゃないかなぁ」


 「……そうでしょうけど、その少数派であるからいいとは限りません」


 「一定の好感度がないと、面倒に感じたりおせっかいだと思ったりするかもしれない。でも、お兄さんはそうじゃないでしょう?」




 そこでこちらをじっと見てくるりつちゃん。いつも以上に口が回るし、話していることもまともな気がするけどそこで僕に振るのはやめてほしい。落ち込む義妹と言う初めてのシチュエーションに困惑して、うめき声のような返事をする。




 「……まぁ」


 「ほら!あまりいい返事ではないですけど、本当はしろちゃんのことを悪しからずどころか好き好き大好きまで思ってますよ!心当たり、あるでしょう?」


 「いや、さすがにそこまでは―――」


 「はい」




 瞠目した。ここまで感情に振り回されることなんて久しぶりかもしれない。




 「そうですね、別に思い悩むことでもありませんでした。ありがとうございます」


 「いいよぉ、お兄さんが回復したら一緒にご飯食べようね?」 




 目の前で他愛もない話を始めた二人を横目に、思う。




 そんな心当たり僕には無い。


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