AI 猫に繫ぐ命のチップ
横浜流人
AI 猫に繫ぐ命のチップ
「この海の見える家に来て何年になるだろう・・・」
タカシは、窓からの眺めを愛でながら、フッと考える。
「少なくても、十年は超える」
瀬澤 タカシ 46歳
背は185cm スラリとして、スーツがよく似合う。Tシャツや、ポロシャツだと腹の出が少々気になる中年である。
中間管理職というのでもないが、研究所、主研究員、副所長、というところ。
自分の好き勝手放題に生きてきた、にしては、上々かと思う。
誰の事も考えず、何も考えず生きてきた、で、ここまできてみれば、やはり罰というのはそのうち当たるのだろう・・・最近そう考えている。
私は、海の見える場所に住みたかった。ただ、海が見えればいいというのではない。海の近くである。波が荒い海はダメで、砂浜が無ければならない。荒磯で岩だらけも困るし、ヨットハーバーや漁港、港もいやである。岩や堤防はあってもよいが、そこに砂浜がないと好みではないのである。
この家の南のバルコニー、ここからの景色では、砂浜は見えない。海までギッシリと丘状に犇めいた街並み、その先に穏やかな海がみえる。鉄道電車用の単線と国道が海岸線をなぞる。
国道の端のガードレール、そこから石垣の5m位下に少しの砂浜が東西に拡がる。海にむかう景色はというと、西は岬に阻まれ、東はヨットハーバー、大波除け防波堤防と灯台がある。
私は、大学を卒業して就職した。妻のユキと結婚する前から私は一人でここに住んでいた。サーフィンに始まり、ボードセーリング、ジェットスキー、釣りなどと、一人で好きな時に浜に出て、マリンスポーツというかアクティビティーというか、満喫する。それが好きなのだ。
それが人生の全てである。
人の少ない朝焼け、夕焼けの海の景色は神が創り上げた最高傑作といえる。
引っ越ししてきた当初に、私は、家の庭?にブーゲンビリアと、ハイビスカスを植えた。
ハイビスカスは毎日、花を咲かせてくれたが、翌シーズンには花の蕾さえでない。
ブーゲンビリアは何年かして、葉というか、花というか、枝をギッシリ濃いピンクパープルに染めてくれた。立派な樹木に育った。何年か前、沖縄のテラスホテルでみたしっかりした樹木にハイビスカスの黄色やピンクの花が咲いているのを見た。私は、今年の夏前にはDIYセンターで、しっかりした数本の樹木が絡まったようなハイビスカスを買って庭?に植えるつもりだ。真夏の日除けとして、幼い日、祖父母の家で見たような、ひょうたん、アサガオ、ゴーヤなどでは私的にはダメなのである。日除けとしては、ブーゲンビリアとハイビスカスの垣根がいい。そう思っている。オレアンダーでも良い!
私は、夏の海水浴シーズンは海には近寄らないが、人の少ない時期であれば、秋であろうが冬であろうが、毎日のように浜に、海にでる。
妻のユキと私が付き合い始めてからは、二人で浜で焚火をし、リクライニングチェアーに寝そべって読書をし、薪で沸いた湯でコーヒーをドリップして飲む。それが彼女のお気に入りの時間となった。ユキは、コーヒーは僕の好みに合わせてくれた。フレーバーコーヒー、バニラマカデミアンコーヒー、ハワイを感じるコーヒーでなければならない。
彼女と暮らし始めた時から、彼女は一緒に子猫も家に連れてきた。何処でどう手にいれて飼い始めることにしたかは関心もなかったので聴いてもいない。
その猫はミックス(雑種)であり、毛並み柄はキジトラというものだそうだ。名前はフネさんと彼女に呼ばれていた。
片方の耳が折れ曲がって垂れているので、雑誌によるとスコティッシュ・フォールドではないかとも思うのだが、犬派の私にはどうでもよいことである。深くは追及しない。最大の関心は、私のお気に入りのウィンドサーフィンボードに爪をたてるのを止めさせることと、せっかく洗濯の終わった洗濯機に扉を開けた途端、洗濯機の中に飛び込むことを阻止することである。
そして猫のシャンプーが私の役目らしいのだが、シャワーしている時には、私が虐待してるかのごとく叫び暴れまわる。誰かに近くで聞かれでもしたら、絶対、虐待と思われる。トリミングに出すように彼女には進言するのであるが、彼女は何故か私のシャンプー係にこだわる。私に少しでも、この猫に関心をもたせようとしているのだろうか?
関心が無い訳はない。私が海に出ている時は、浜で彼女と一緒にいつも私を待っていてくれているのだ。
これから私はフネさん用の朝食を作る。そして、ついでに、自分の夕食の下拵えもしておく。
フネさんは、最初は、キャットフード、ネコ草、水道水だけでよかったのであるが、ある日、私が自分用にクリマス用のようなチキンを焼き、タンシチューを作るのに素材の皮むきから下拵えをして作り上げ、その満足いく味を堪能していたところ、キャットフードを与えたフネさんに、こっぴどく反撃をくらったのである。今では、キャットフードの高級なのと、ネコ用高級オヤツと、デザート、ネコ草しか受け入れてくれない。週に三度は私が作らなければならないし、お水は私と同じウォータサーバからの自然湧き水しか飲まない。
猫の料理といっても、ネコマンマも許されないが、結構、人と同じでは猫の体に悪いらしいのである。自分のもののオスソワケということも出来ない。
スーパーなどで買ったお惣菜もだめらしい。
味付けをした肉をあげることも止めておいた方が良い、とのことだ。大量の塩や砂糖、猫が決して口にしてはならない、いけない食材 ニンニクや玉ねぎ、ナツメグなどが含まれているからだ。販売されている物で、人間用に味付けされている場合は与えることを避けなければならないらしい。
食べ物を摂取してから、数時間後に中毒症状が現れる場合もあるのだという。
そして私の大好きな骨付き肉、スープ、シチュー、スペアリブ、ラムチョップ、T ボーンステーキなどについては、加熱、加圧した骨が非常に柔らかく、猫が骨付き肉を食べると、骨が内臓を傷つけたり、消化されずに腸閉塞になったり窒息死する可能性があるとのこと。鯛などの骨の大きな魚も注意とのことだ。
猫への手料理への警告は続く。
キャットフォードの情報サイトをみた。
鶏の唐揚げやチキンナゲットに限らず、猫には揚げ物を決してあげないようにしましょう。高脂肪な食事をすると、膵臓などの病気になってしまう恐れがあります。ということで、チキン専門店で、おいしいチキンを買ってくることもNG!
目を放している際に猫が食べてしまった場合は、下痢や嘔吐などの症状が出る可能性だってあるという。
まだまだ、ある。
牛肉について、国産牛はアメリカンビーフなどよりも脂質が多い傾向がありますが、海外産の牛肉にはホルモン剤が使用されている事があり、安全性が不透明な部分もあります。猫に与える場合は、国産の赤身が、1番良いのかもしれません。らしい。
また、ネギ類など、猫が中毒を引き起こす食材だとか、生卵の白身など栄養吸収を阻害する食材などがあるので、こちらもチェックが必要です、だそうだ。
色々食べ物に指示されることがあるが、味なし、新鮮生肉が最適のようなのだが、フネさんはそれを好まない。しかたないから、別に別に作ることになる。
本日の朝食は、パンケーキのバナナソースがけと、ミルクである。これは、フネさん用であり、私は、パンケーキ バナナソースがけは同じであるが、フレーバー コーヒーと、サニーサイドアップの目玉焼き、カリカリベーコンである。
フネさんのお昼は、私が外出しているので、キャットフード、ネコ草、お水を用意しておく。
帰ってから調理するための下準備として、国産牛赤身を大量に圧力釜にかけておく。帰ってから自分用にビーフシチューを作る予定だ。赤ワインも用意してある。 フネさんには、煮込んだだけの肉を出せばよい。そう思って用意する。決して、ネギだの煮込みスープ用の野菜、果物、骨等は入れない。あとで味付けは自分の分は自分でなんとかする。
仕事を終え、その帰り、浜のクラブハウスにより、浜で夕刻の海の風をウィンドサーフィンで楽しみ、部屋に戻った。
何時ものように、優しく猫のフネさんが出迎えてくれる。
私は早速、キッチンに行った。
キッチンに行くと、IHにかけておいた圧力釜の火が止められていた・・・というかスイッチが切られていた。そのうえ驚いたことに肉だけを大量に煮込んでいたはずなのに、タマネギやネギ、リンゴまで入っているのだ。良く出来上がっている・・・
(フネさんがしてくれたのか?)
フネさんは、僕の足元に蹲り僕を見つめている。
私は、いつものようにフネさんを担ぎ上げて抱きしめ、頬ずりをした。
(恩返しかい・・・)
なぜだか頬に涙が流れた。
フネさんを抱きながら思った。
(老化?)
(死?)
そういえば、何かの記事を読んだ記憶がある。
猫は人間よりも早く歳をとってしまいます。しかし、若い頃からの食生活や運動習慣、適度に刺激のある生活を送ることで老いを感じさせない生活を目指すことは可能です。加齢に伴う小さなシグナルを見逃さず、愛猫に合ったエイジングケアをしてみてください。
健康な成猫は1日に10時間程度、小刻みな睡眠を繰り返して過ごします。一方、年齢を重ねると睡眠時間が増え、高齢の猫は18時間程度眠るようになります。お気に入りの場所でのんびり過ごすことが増えたと感じたら、老化を意識してみましょう!無理に遊びに誘うよりも、飼い主さんが優しく声をかけてあげると良い刺激になります。一緒にまったり過ごすのも良いかもしれません。
とのことである。
そういえば、最近フネさんは、私の横に坐り窓辺で海を眺めていることが多い。眺めているのではなく、休んでいたのかもしれない。私は、かまわずいつも通り、抱きしめ頬ずりをし、接吻(キッス)をし、フネさんをくすぐりまくり、ジャレる。
しかし、フネさんは永遠の命もっている。
永遠の命を選択したのだ。私と、妻のユキで・・・
私の目の前にいる、可愛らしいネコ、フネさんには、妻が乗り移っている。
妻の体が生きている間、こんなに妻を抱きしめたことも、会話したこともなかった。そうしとけばよかったという思いもある。
昨年、妻がガンの宣告をうけて、余命まじかと聞いたとき、この決断をした。妻のAIチップをペットに埋め込むことにした。チップは、個人の情報を管理しているマザーコンピュータにより、作成され管理されているので、この先、永遠に別の個体に記憶、想いを受け継いでいくことが可能である。肉体を変え、妻は永遠に生き続けることが可能となったのである。人工の人型ロボット、アンドロイドとして永遠の命を受け継ぐことも出来たが、まだ、費用としては3~5億円はかかるとのことであった。何とか私が人である間に稼げればそうするのだけれど・・・今は未だ無理である。
次に私がどう生きるか?つまり、私は死にそうになったらどうするかとかは、事前にマザーコンピュータのセンターに登録してあるし、当人と意思疎通が必要な時には、マザーコンピューターを介して会話が可能である。人と猫であれ、各々が、AIマザーチップにより、マザーコンピューターに繋がっているのだ。
明日、私はフネさんとともに、マザーコンピューターセンターに行くつもりである。
今後を決める。
ちなみに私に万一のことがあった場合は、チップを、ミニチュアシュナウザーに埋め込んで姉に面倒をみてもらうよう登録してある。
何故に、ミニチュアシュナウザー?かというと、実は幼少時から、青年になるまでは実家で2頭のキャバリアという犬を看取ったことがある。自分はもう、ペットを見送ることに耐えられないと、ペットは飼わないことにしていたが、姉が何時のころだったか、両親におねだりをして、ミニチュアシュナウザーを我が家に迎え入れたのだった。
20XX年
ついにAIマザーチップの人への治験が始まった。
コバエ程度の大きさのチップは、全人類を対象にしたクラウドにつながれ個人の脳を管理する。マザーコンピューターにより脳の記憶、才能は記憶され管理される。
チップは複製の制作も可能であり、一部記憶を削除することも追加することも可能である。独裁国家において、全国民にチップを埋め込み、国、街中に監視カメラを設置し、実証実験が開始された。人々の監視統制には絶大な効果を見せたのだった。日本においては、再生技術、ロボット技術を駆使しミュータントが製作され、チップを埋め込む開発が進んだが、莫大なコストがかかる。欧米では、クローンに、チップを埋め込み、本体とクラウドを介して情報の交換が行われた。
私は猫のフネさんを連れて、マザーコンピューターセンターに行った。
勿論、フネさんが老化してきたので、別のミックスの猫にAIマザーチップを移してもらうためである。その前に私は、猫のフネさん、妻のユキさんと話てみたいと思い、希望した。もしかして、妻は、フネさんが亡くなるのであるなら、猫でアメリカンショートヘアーがいい、とか、ペルシャ、ロシアンブルーとかがイイ、等と言いかねないと思った。
私は妻の意思・意向を聞けた。
妻は、ミニチュアシュナウザーにAIマザーチップを受け継がせてほしいとのことであった。
何時か、私がミニチュアシュナウザーになるのであれば、子供を産み育てたい、それで、一生を終えたい、もし、私が今の自分で終わるのであれば、自分もそのまま私の側で一生を終えたいとのことであった・・・
終
AI 猫に繫ぐ命のチップ 横浜流人 @yokobamart
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