ニャンコとワンコの飼い主の恋見守り隊

無月兄

第1話

 今日もまた、この時間がやってきた。


「ミケ、散歩行こう! 散歩だよ!」


 はいはい。

 イヅキちゃんが小学校から帰ってきて、少し経ったこの時間。

 毎日これくらいになると、イヅキちゃんは決まって、わたしを散歩に連れていく。


 犬と違って、猫は毎日散歩させなくても大丈夫なんだけどな。


 けど仕方ない。これも飼い主孝行だと思って、つきあってやりますか。




 イヅキちゃんのお散歩コースはいつも決まっていて近所の公園を必ず通る。そりゃそうだよね。

 だって、ここに来るのが、というか、ここで彼と会うのが目的なんだもん。


 ほら。前の方から、犬のリードを引っ張る彼がやってきたよ。


「れ、れれ、レンくん。こんにちは! 今日も、コロの散歩?」

「う、うん。イヅキも、ミケの散歩だよな」

「そうなの。ミケったらお散歩大好きで、いつも私に連れて行ってってせがむの」


 こらこら。散歩に行きたがってるのはわたしじゃなくてイヅキちゃんでしょ。


 レンくんが毎日この公園で愛犬の散歩をさせてるって知ったイヅキちゃん。

 そしたらそのとたん、私を連れて散歩するようになっちゃった。


 ようは、レンくんが好きで、話すきっかけがほしいのよね。

 わたしをダシに使うのは気に入らないけど、奥手なイヅキちゃんは、こうでもしなきゃ話しかけられないもんね。


『おやおや。イヅキちゃん、真っ赤になっちゃって。こんなにわかりやすいのに、レンくんちっとも気づいてないんだよね〜』


 そう言ったのは、レンくんの愛犬、コロ。

 私と同じく、この恋を見守る同士よ。二人の恋を見守り隊を結成してるわ。


『レンくん、すっごくニブチンだからね』

『それを言われると辛い。でも、イヅキちゃんだって、レンに好かれてること、ちっとも気づいてないじゃないか』


 そう。実はレンくんもイヅキちゃんのことが好きで、つまりこの二人は両想い。ううん、両片想いかしらね。

 どっちかが相手の気持ちに気づいたら、それで即ハッピーエンドなの。

 なのに、ちっともそうならないのよね。


『レンくん、どうすればイヅキちゃんに好きになってもらえるんだろうって、毎日言ってるんだよね』

『それを言うならイヅキちゃんだって、レンくんって好きな女の子いるのかなって言いながら、ベッドの上をのたうち回ってるわよ』

『これ、どれくらい前からやってたっけ?』

『忘れてしまうくらい、遠い昔よ』


 わたしもコロも、この茶番を見続けていて、抱く思いはいっしょだ。

 お前ら、早くくっつけ。


 けどね、今日のイヅキちゃんは、いつもとは一味違うわよ。


「あ、あの、レンくん!」


 イヅキちゃんは意を決したように叫ぶと、背中の後ろに隠しているそれを、ギュッと力を込めて握る。

 それは、チョコレート。そして今日は2月14日。バレンタインなの。


『おぉ。イヅキちゃん。今年はチョコを用意したんだね。去年みたいに、恥ずかしがって持ってきてないと思ってたよ』

『イヅキだって、亀の歩みくらいのスピードで成長してるのよ。チョコさえ渡せば、さすがのニブチンのレンくんでも、気持ちに気づくでしょう』

『そっか。とうとう二人がくっつく日がやってきたんだね』


 わたしもコロも、歴史的な瞬間を見届けようと、固唾を飲んで見守る。

 だけど……


「う、ううん、なんでもない。ごめんね、呼び止めたりして」

「いや、別に気にしてないから。それじゃ、気をつけて帰れよ」

「うん。また明日ね」


 わたさないんかーい!

 ダメだこの子。ヘタレヘタレと思ってたけど、ここまでヘタレとは。こりゃ、一生このままかもね。


 レンくんとコロに背を向け、去っていく私たち。

 けどその時、レンくんが声をあげた。


「どうした、コロ。うちに帰るぞ? こら、コロ!」


 見ると、コロが地面に張り付いて、一歩もその場から動こうとしない。

 あんたなにやってるの!?


『ぼくが時間を稼ぐから、その間にイヅキちゃんをなんとかして!』


 死亡フラグみたいなセリフを叫ぶコロ。あんた、そうまでして二人をなんとかしようとしているのね。

 それじゃ、わたしも頑張ろうじゃないの!


「コロ、どうしたの!?」


 イヅキちゃんも心配して、レンくんとコロのところに近づく。

 それ今だ! 必殺、猫パンチ!


「きゃっ!」


 わたしの猫パンチに驚き、チョコレートの入った箱を落とすイヅキちゃん。

 それを、すかさず動いたコロがくわえた。


「あっ! コロ、なにやってるんだ! それはイヅキのものだろ!」


 コロの口から箱を奪い取るレンくん。

 その顔は、申し訳なさでいっぱいだ。


「うちのコロがごめん! これ、大事なものだったんじゃないか? 汚れたけど、大丈夫か? 俺でなんとかできるなら、いくらでも弁償するから!」


 あーあ。きっとレンくん、イヅキちゃんに嫌われたらどうしようって、不安でいっぱいだろうね。

 けど大丈夫。そんなことにはならないから。


「べ、弁償なんて、しなくていいから。だ、だってそれ、元々レンくんにあげようと思ってたから……」

「えっ?」

「今日は、その……えっと…………バレンタインだから」

「あっ……」


 とたんに、二人の顔がこれでもかってくらい赤くなる。

 それを見ていたわたしとコロは、グータッチをして喜びを分かちあった。


『これで、二人の恋もようやく報われるね』

『そうね。長かった。本当に、長かったわ』


 これで、ニブチン二人もゴールイン。わたしもコロも、心からそう思った。


 だけど……


「わざわざ友達に作ってくれるなんて、イヅキは優しいな」


 えっ………….?


「そ、そうなの。大切な友達用のチョコなの!」


 えぇっ!


 ちょっと待なさいよ! これ、どう見ても好きだって伝える場面でしょ!

 どうしてこれで友達用ってなるのよ!


『どうやら二人とも、恋だの愛だのになるのが恥ずかしくて、おかしな方向に拗らせちゃったみたいだね』

『拗らせすぎよ! わたしたちの苦労はなんだったのよーっ!』


 こうして、イヅキちゃんとレンくんのバレンタインは終わった。

 二人の両片想いは、終わらなかった。


『ええい。こうなりゃ意地だわ。二人がくっつくまで、なんとしても見守らなきゃ』

『何年かかるかな。気長に待つしかなさそうだね』


 わたしとコロの、二人の恋を見守り隊も、まだまだ当分続きそうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ニャンコとワンコの飼い主の恋見守り隊 無月兄 @tukuyomimutuki

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ