第52話

「ドレッセル、少しよろしいですか」


 その日の授業中。いつだったかと同じように、エレンはメヒティルトに呼び出された。向かった先はやはり医務室で、そこにあったのはアレスの遺体だった。


「……貴賓室で発見されました」


 気遣うようなメヒティルトの声を聞きながら、エレンは無感情に思う。

『今回』は長かったな、と。


 エレンはベッドの横に立って、物言わぬ死体となったアレスを見つめていた。いつかと同じ。やっぱりその死に顔は綺麗で、とても死んでいるようには思えなかった。

 呆然としている。そんな風にしか見えないエレンに、メヒティルトが声を掛ける。


「ドレッセル、これを。……彼の鞄の中にありました」


 そう言ってメヒティルトが差し出したのは、一通の封筒だった。封蝋は、ノイエシュタット王国の家紋。差出人は――アレス・ノヴァ・ノイエシュタット。

 エレンは震える手でそれを受け取った。おそるおそるひっくり返し、表を見る。


 そこに書かれていた宛名は――『エレン』。


 家名も、飾った言葉もない。ただのエレン。

 エレンは込み上げてくるものを堪え、唇を噛んだ。封筒を掴む指先に、力が籠もる。


「……『彼』と、二人にしてもらえませんか」


 その言葉に、メヒティルトがハッと息を呑んだ。一度瞼を伏せたメヒティルトは分かりましたと一言残し、医務室を去って行く。エレンはそれからスツールに腰を下ろした。

 びりびりと、中身を破らぬように注意しながら、封筒の端を手でちぎっていく。

 ――たった一枚の便箋。



『エレンへ――君をまた死に戻らせることを、許して欲しい』



 始まりは、そんな懺悔の言葉だった。


『王国側の調査で分かったことを、ここに書き残す』


 そこには、かつてのアレスが得ようとして諦めざるを得なかった情報が綴られていた。

 王国と帝国の間に戦乱を巻き起こそうと、世界各地で暗躍している者たち――推測でしかなかったその存在が、実在を確認されたこと。その者たちはみな、一様に金色の瞳をしていること。そして王国と帝国――どちらの内部にも潜入し、戦争の発端である南東諸島でも怪しい動きをしていること。


 それから、エレンが『以前』アレスから聞いたことも書き記してあった。

 その一味は将来、王国王女リーゼロッテを暗殺すること。そして帝国の第二皇子・ローデリヒの暗殺も同じ手の者による可能性が高いこと。

 そして最後に、今回の自分もおそらくその者たちによって、死に戻りもできずに殺されるであろうこと――

 それらは確かに、アレスの筆跡で書かれていた。


 手紙を読み終えたエレンは、静かに顔を上げた。そっと窓の外に視線をやる。

 濡れた窓。ぽつりぽつり、耳を打つ雨音。

 外では静かに、雨が降っていた。


 アレスは、何も知らなかった。

 エレンが、何も打ち明けなかったからだ。

 それでもアレスは、気付いていたのだ。

 エレンが一人で、死に戻り続けていることに。


 アレスはちゃんとエレンを見ていてくれて、全部、分かっていたのだ。

 死に戻りが一回や二回ではないことも、自身が死ぬことも。どう足掻いても避けられないことを察して、これまでの自分がしてきたことを考えて、動いて。


 アレスは、託したのだ。

 エレンに、情報を。エレンが死に戻って、この情報を繋いでくれることを。

 ――エレンに、未来を託してくれたのだ。



 愛の言葉なんて、一つも書かれていない手紙だった。

 けれどそれは確かに、アレスからエレンへの愛だった。



(死のう)


 エレンは思った。

 置いてあった彼の荷物から、女神の短剣を手に取る。

 迷いはなかった。

 死に戻った時の苦しさなんて、躊躇いにもならなかった。


(――死のう)


 アレスを助けるために。





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諸事情によりしばらく更新をお休みします。

更新再開は4/10~15頃を見込んでいます。

読者の皆さまにはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

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灰かぶり姫は敵国王子に溺愛される ~愛する人々を救うためなら何度でも死に戻ります~ 倖月一嘉 @kouduki1ka

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