ガラスの青年と真実


青年と学者が真実のドアを開ける前までの話を書こうと思う。


2023年から時代が急速に進んだ3030年の頃だった。


人類はほぼ完全に別の世界へと魂を移していた。


そう、僕らが知るこの機会の中だ。


電子空間。


 しかし、その世界は我々が日々見ている世界と何も変わらない。

ただ一つ違うとすればあらゆるモノに対する価値観だ。


個人の見た目、それはアバターとして自己流でリメイク可能になる。

それはそこが電子空間であるから。


 2023年の僕らは最先端の美容医療を用いて自らを整形するように3030年の彼らはデータというものをいじることで整形をする。


そして資源だ。

資源の価値も元の世界よりも単純なデータに移り変わり、簡単に手にいれることができるようになった。


そんな完璧とも言えるような電子空間の世界に異を唱えた学者が現れた。

コール博士という人物は世界でも有名なアインシュタインやレオナルドダヴィンチのような最高の知識を持つ偉人と比べても差がないほどの知識を持つ博士であった。が、もう一つの呼び名として裏では狂人とも噂があった。


その言われは彼が完璧な複製体を作り上げることを生涯の命題として公言していたからである。しかし、その計画は政府と右翼派の科学者から猛反発を受けて計画のことごとくを邪魔された。


その後、コール博士は科学者の地位を落とされ、田舎の山奥にある自宅に籠るようになった。


妻子はおらず、生涯の全てを研究に注ぎ込み、ただ一つの複製体を完成させるという野望のみを追い続けてきた彼はまさに科学者としての人生を全うしていた。


こういう精神は山籠りの日々でも揺らぐことはなく、それよりもよりいっそう複製体の研究に情熱を燃やしていた。

特に、何者にも邪魔されることのない環境での研究はコール博士にとってこの上ない幸せを与えていた。


齢16のコール博士はそれから20年間、複製体の研究に没頭していった。



                〜現在〜


物音がするドアの前にメガネをかけた学者と銀色の髪と瞳を持つ青年が立っている。


「この先はきっと俺たちを監視していたヤツの根城だな」


学者が青年に厳かに尋ねると、額から銀色の汗を垂らした青年が頷きで返事を

する。


学者はドアの取手に手を伸ばし、掴むとゆっくり右に回す。


ガチャと音が鳴り、ドアが開かれる。わずかに溢れる光が二人の目を焼くような

眩しさを発している。


そしてついに開かれた先に見えた景色は学者が長年見ることができなかった外の世界であった。


二人に気付かずに通り過ぎる自分と同じ姿形をした多くの生物が忙しなく動いている。ある者は空中に現れる青いデータに手を付けて何か操作をしたり、ある者は小型の機械の上に足を乗っけて空中を右に行ったり、左に行ったりしている。


 ただ、そのどれもが奇妙な共通点を持っていた。


「みんな同じ顔を、だ」


「これはいったいどういうことでしょう」


青年も学者と同じく奇妙な光景に呆然としていた。


すると突然、ガッシャーンと大きな音が室内に響いた。

二人は音がしたあたりに顔を向ける。と、そこに一人、こちらを口と目を全開に開けた表情で見ている男がいた。


音の原因はあの男らしいと分かり、二人は近づく。

近くまで行くと見下ろせるぐらい身長の男に向かってここはどこかと聞いた。


「やったのか・・ついに。この私の長年の夢が・・ついに!やったんだな私は!

あー完璧だよ。我が息子よ。ついに完成したんだ。素晴らしい!

素晴らしいぞーーー!!」


男は歓喜の声をあげてまるで神に祈るような仕草で何度も何度も素晴らしいと声をあげて涙していた。


そんな学者を見てた二人は訳が分からず、ここはどこかと改めて聞いた。


「あぁ、教えよう。ここは私が創り上げた私による私だけの世界。

私にとっての完璧なパーフェクトワールドだよ」


「誰にも邪魔されない、争いなどない、欲望なんて浅ましい営みもたった一つの私の欲望だけで完結し、愛や憎しみ、苦しみなども存在しない。完璧な世界だ」


「あぁ、君たちがいれば私はまた、認められる。私はまた、科学者として名を馳せるんだ」


その光景を見た学者はどう思えば良いか分からないといったようにただ静かに男を眺めていた。


実際、彼にとってこの世界は完璧だった。この地球という世界には彼たった一人しか存在していなかった。


同じ顔をしたヤツは全員、このコール博士と同じ顔をした複製体に過ぎない。言わばモノだ。真の人間はコール博士のみ。では、学者は何のか。

学者もいわばコール博士の複製体の一人だ。ただ、思考を働かせるだけの複製体として彼は生まれた。それはコール博士にとっては最高傑作と言えるほど人間に近い存在であった。


コール博士が人間を定義するとき、彼は必ずこう述べる。


人間たらしめる唯一の要素は思考である、と。


 故に思考のみを働かせ新たに複製体を創りあげたとき、より優れた神のような複製体が誕生するのではとコール博士は考えた。


思考。


しかし、思考を思考に留めることは学者には出来なかった。


コール博士は一つだけ失敗をした。それは彼の生涯にとって大きな汚点となるとは思っていなかった。


人間には他に人間たらしめる要素がいくつも存在すること。


特に彼は長年「研究」という行動のみを実行してきた。故に知らなかったこと。


人間が持つ愛や好奇心、欲望、苦しみ、退屈、喜び、悲しみ、恐怖。


感情の大半を捨てたコール博士にとってこれらの感情たちは無縁とも呼べるような存在なっていた。にもかかわらず、彼は学者にこれらの要素を無意識に反映させていた。それは彼が心のどこかに溜め込んだ願望のような救いのようなものだったのかもしれない。


学者は確かに思考のみを動かし、博士に埋め込まれたもう一人の最高の人格の

イメージを具現化させた。


それも、感情からくる思考による行動に過ぎなかった。本当の意味で思考だけであるなら行動は起こるはずがない。


実際、説に人間は考えるより先に行動するという。つまり無意識に行われる行動を裏付けるように思考が働くのだと。



学者はしばらくコール博士を眺めた後、ここから抜け出したいと考えた。

辺りは巨大なガラス張りとなっていて容易に外の世界を見ることができた。


外の世界は美しかった。街並みはとうに廃れて灰になってしまっているが膨張した大きな太陽が空を真っ赤に染め上げては荘厳な夕景が広がっている。


赤土色の大地と真っ赤な空が学者にとっては未知の世界で感動的な瞬間だった。


それは銀色の青年も同じく恍惚とした表情で外の景色を見つめていた。


「外に出よう」

学者がゆっくりと静かな声で言う。


「行きましょう」

青年もそれに応える。



この後の彼らの歩みを知るものはもうこの世にはいなかった。


ただ、きっと人間らしく新たな世界でのびのびと生きていることでしょう。


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ガラスの箱 @ajisai_24

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