君はずっと私のもの
@Kiku_9
第1話
昔々ある大きな国に、貴族の中でも特に大きな力を持った八つの家がありました。そのうちの一つの家のモロゾフ家は他者を魅了する能力に長けていた一族でした。そんなモロゾフ家と深い関係にあったのが、ファルクマン家という非常に珍しい髪色を持った一族でした。そして、そんな八つの家の中で最も大きな力を持っていたのがリー家といって、頭脳戦に長けた一族でした。
この国は元々一人の王様が国を治めていましたが、ある時モロゾフ家の当主だった男が当時の王を誑かしたことで、国が傾いてしまいました。そこを立て直したのがこのリー家の若い当主でした。彼女はリー家の歴代当主の中でも跳びぬけて優秀で、国を立て直した上に、国の領土を広げていき、ついには当時の国々の中でも最も大きな国にしたのです。政治だけでなく、軍事面でもその優秀な頭脳を輝かせたのでした。そんな彼女の活躍の支えとなったのが、当時のファルクマン家の当主でした。ファルクマン家の髪はおよそ人間の物とは思えないくらい頑丈で、鋭く、それぞれが美しい色をしていたため、武器や美術品の材料として高値で取引されました。その結果、一族の数を大きく減らしており、絶滅の危機に瀕していたのです。
ファルクマン家はその髪を武器にして国の戦力を底上げし、売ることで戦費をがっぽりと稼ぎましたが、それは自分の命を削ると同義でした。彼らは自分の命の輝きを髪の色に反映させ、その生命力の強さがそのまま髪の強靭さに繋がっていました。つまり、髪を切れば切るほど生命力を失うことになりました。しかし、このことはファルクマン家以外の人間に知らされることはなかったため、彼らは短命の一族として名が広まっていたのです。そしてファルクマン家の人間が絶滅する前に髪を刈り取ろうとする輩が現れたため、彼らは貴族の中でも高い地位の一族でありながらも、その扱われ方は他の貴族とは別物と言えました。
ところで、当然とも言えますが各一族の当主は、その代で最も強力な能力の持ち主とされていました。つまりファルクマン家の当主は一族の中で最も生命力にあふれた存在と言えましたが、そんな彼でさえ、当主を継いで3年目の22歳でこの世を去ることになりました。後継は彼の従姉妹である18歳の女性で、彼女もまたリー家の当主と仲が良かったこともあり、彼の代わりによく支え、21歳を迎える前に亡くなりました。
2人を失ったリー家の当主は、喪失感と深い悲しみに襲われましたが、生涯のうちでそれを一切悟られることもないまま役目を終えました。彼女は最終的に国内の平定までやり遂げ、国の基礎を築きました。そして、1人の王ではなく8人の貴族の当主が話し合って国を治めることになったのです。
彼女はその代表となる八つの家を決める際に、能力持ちかつその力が強い家を選びました。その中に自分の家と元王家の家、ファルクマン家、さらにモロゾフ家も含めました。そうして今に繋がっているのです。
私は智凛・ユジョン・モロゾワ。こんな話が伝わっているせいで、私の家も能力自体もいつも白い目で見られる。学校も社交界ももうウンザリ。でも仕方ない。この話自体はこの国では非常に有名なもので、もう数百年も前の本当にあった話だとされているからだ。
ちなみに現当主は私の母で、これまたかなり強い能力持ち。一応、その代で最も強力な能力持ちが当主になることに決まっているけど、大体世襲制になるんだよね。ちなみに次期当主は私の兄さんであるユーリス・モロゾフに決まってる。本当は姉さんになるはずだったみたいだけど、私が生まれる前に死んじゃったらしい。
それで久しぶりに男の代になるって言って、一部の人は喜んでいるみたい。うちの男当主が国を傾けたからって、男当主には特に酷い目に遭わせてもいいと思ってる貴族の一派がいて、無理難題を押し付けたり、無茶苦茶な要求をしてくるのが当然のようになっている。そんな状態が続いてるから、うちの一族はとにかく婚約を申し込むのが大変なんだ。だからとにかく能力の訓練をして、やっと捕まえられるかどうかってところかな。リー家とファルクマン家は除いてね。
リー家との確執はまぁ上記の通りなんだけど、ファルクマン家って元々うちの能力から派生した家で、突然変異みたいなもんなんだよね。ある時、髪ばかりに能力が集まってる人間が何人か生まれた時があって、その人たち同士で番わせたら同じく特殊な髪を持った子供が生まれて、繁殖して、まぁ今に至るってわけ。だからうちとファルクマン家の能力の構造は近いものがあるから、わりとお互いの交流もあるし、結婚して強い能力持ちを生むのにもちょうどいいの。
私たち八大貴族は強い能力持ちを当主にするために、試行錯誤を重ねてきたの。これまで分かってることは、能力構造が近い家との間に生まれた子供は、強い能力を持ちやすかったり、両家の能力をどちらも持って生まれる可能性が高くなるってこと。でも、血が濃くなりすぎると何の能力も持たない子供が生まれたり、ちょっと人には言えない子供が生まれる可能性も高くなるから、相性の悪い家の血を入れたり、下級貴族の血を適度に入れることで、上手く血の割合を保ってるの。
ま、そういうことで私たちは結婚をかなり重要視していて、特に時期当主の相手はかなり慎重に選ばれる。基本的には八大貴族の次期当主以外の人間の中から1人選んで、婚約の申し込みをするんだけど、次期当主に申し込まれた人はまず断れない。申し込まれた側の家の次期当主が死んで、その人が次期当主になったために解消されたとかいくつか例外もあるけどね。ちなみに次期当主ともなれば自分や相手の性別は関係なく孕ませることが出来るし、男が嫁になったら徐々に子供を産める体に作り替えられていくから性別は関係ないんだよ。それで子供が生まれたら、2人は正式に結ばれるというのがしきたり。
それで今困ったことになってて、私の好きな人はセレン・ファルクマンって言うんだけど、ファルクマン家の特徴でもあるあの髪を継げなかったから、リー家の養子になってるの。で、私はファルクマンの次期当主である美散・カール・ファルクマンと婚約してる。セレンとカールは兄弟なんだけど、私の兄さんはカールのことが好きらしい。でも、お互いに古いしきたりのせいで好きな人と結婚できない。だから、協力することにしたの。それが一昨年の話。
そもそも私と兄さんの能力でいえば私の方が圧倒的に格上なんだけど、私は当主になる気が全くなかったし、母さんは私の能力を見誤ったから、それも気付かれなかった。それに、その時からセレンのことが好きだったけどセレンはそもそもリー家の次期当主の婚約者だったから、好きな人と結婚出来ないならどうでもいいやって自暴自棄になってたんだ。だけど、ある日リー家の次期当主が事故で死んだから、もしかしたら私がセレンと結婚出来るかもしれないって期待した。でも、そのすぐ後にカールから申し込まれてしまって、私はカールと婚約した。カールは私を大事にしてくれるけど、私はカールに全く興味ない。
だから、まず兄さんにセレンと婚約してもらった。兄さんは大事にしてた姉さんが死んだから、私にとっても甘い。いつかのときに、もう失いたくないって涙ながらに言われたのをまだ覚えてる。だから、こんなお願いだって聞いてくれる。ありがとう、兄さん。
ところで婚約を申し込む際、セレンは相当嫌がったみたいだけど、仕方ないよね、この世のルールだもんね。でも、これでようやくセレンはうちのもの。
コンコン。
「ユジョン、少しいいかい。緊急で話したいことがあって」
「兄さん?どうぞ入って。紅茶淹れるわね」
「あぁ、ありがとう」
私は兄さん専用のティーセットでもてなす。兄さんの顔色はあまり良くなさそうだ。妙にソワソワしてるし、視線も合わない。一体何の用だというのか。紅茶を兄さんの前に用意して話を切り出した。
「あまりいい報告ではなさそうに見えるけど、何があったの」
「さすがだな、ユジョンはやっぱり天才だな。……その通りだよ、実は母さんの体調が芳しくないんだ。もってあと1週間というところだろう。」
「そうだったの。じゃあそろそろやりましょうか」
「それが、セレンが嫌がって部屋から出てこなくなったんだ」
「そうなのね……。でも、あとは私がやるから問題ないわ。大丈夫、私も兄さんも好きな相手と一緒にいるのがいいに決まってるわ。すぐに支度をするから、一緒に帰りましょう」
そうして私は兄さんの馬車に乗り込んでから3日目の朝、実家の屋敷に到着した。相変わらず陽の差し込まない暗い家。しかし、思っていた以上に騒々しい。バタバタと家から飛び出してきた若いメイドが泣きながら叫んだ。
「ユーリス様、ユジョン様!当主が!!」
「……間に合わなかったか。」
「ねぇ、当主の最後は何て?」
「全てユーリス様にお任せすると…」
「そう……分かったわ。」
さて、葬儀と当主就任の儀を行うために、当主と次期当主を呼ばなければならないので、色々と準備が必要だ。
多少進行に問題があったものの母さんの葬儀は無事終わり、次は当主就任の儀となった。当然カールもいるが、今はかまっている場合ではない。葬儀に一瞬出た後、またセレンが出てこないのだ。兄さんは疲労困憊といった体で、カールや私も説得に当たったがだめだった。もしかしたらリー家の説得ならと思ったが、彼らの手を借りるのは嫌すぎる。当主就任の儀では、成人した当主と次期当主の前で、嫁が気を失うまであることをやるというものがある。セレンは髪のせいで見た目に自信がないし、今の社会的な地位を捨てたくないんだと思う。さて、どうしたものか。
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俺は秋雨・セレン・ファルクマン。今はファルクマン家で籠城をしている。元々はリー家の次期当主の嫁だったが、彼女は俺を庇って死んだ。実家で厄介者だった俺を救ってくれたのは彼女だったが、俺たちが10歳の頃に死んだ。世間的には事故死となっているが、俺はその相手の顔も名前も知っている。
その後の俺は、実家に居場所がなかったこともあって、リー家に養子に入った。実家を継ぐのは弟だとすでに決まっていたし。そこからは元々得意だった勉強をさらに頑張って、国家官僚の幹部候補として働くことができることになって、ようやく幸せを掴めると思ったのに。それなのに何の因果か分からないが、ユーリス・モロゾフと婚約することになった。本当に突然だった。リー家と犬猿の仲であるモロゾフ家の次期当主が何の用だと詰め寄ったら、婚約を申し込まれた。俺には断れる理由がなく、リー家当主にも相談したが、嫁入りするしかないとの回答だった。
出世すればリー家にこれ以上お世話になることもなく、やっと自分の人生を生きられると思ったのに、絶望しかない。当主の嫁などどの家でもやることは同じで、大体決まっているから、今までの努力が全て無駄だと言わんばかりの所業だ。俺は恐らくモロゾフ家に入ったらもう外に出してはもらえないだろう。奴隷のように使い捨てられるのがおちだ。だって、あの夜、彼らの顔を見て生きているのは恐らく俺だけだから。
葬儀には顔を出したが、当然カールもいた。俺はカールのことが嫌いだった。俺たちの母さんは中々子供に恵まれず、やっと生まれた俺は欠陥品。それでも大事に育てられていた。数年後、現当主よりも強い能力を持った弟が生まれるまでは。弟が生まれた瞬間に俺は厄介者。能力を継げなかった人間に、この家は厳しい。俺は召使として弟に仕えることになった。それは、もう一族の人間として認めないというようなもので、丁度その時にリー家と婚約したのだ。そこから2年ほどリー家で過ごした。今思えば、あれが俺の人生で最も幸福な時間だった。もう二度と戻れないけれど、俺にはあの時の思い出があれば生きていけると思った。それなのに、それさえも奪われようとしている。
他の家ならともかくファルクマン家の能力は、今の俺にはとても残酷なものだ。やつら……特に妹の能力にあてられたら、俺の気持ちや記憶など一瞬で書き換えられるだろう。いつか聞いたあの昔話の国王のように。ドアの外では俺を説得する声が聞こえるが、何を言われても俺には響かない。俺は、あんな儀式に出たくない。よりにもよって弟に見られるなど死んだほうがましだ。
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何を言っても籠城を決め込むセレンに、ついに我慢の限界が来たカールが、強行突破を提案した。カールは私に対しては優しいが、その他に対しては驚くほど冷徹だ。兄さんもこうなった以上、多少の強引さは必要だと判断して、決行されることになった。兄さんと私はまずカールを魅了して、カールの生命力を高めることで彼の髪を強化した。カールはその髪を振り回してドアを破壊、派手に木片を散らしながら部屋に侵入した。
他の部屋よりも小さな使用人のための部屋の隅で、セレンは膝を抱えて小刻みに震えていた。カールは迷わずセレンの元へ近づくと、髪を鷲掴みにして立ち上がらせた。
「おい、いつまでそうして俺やユジョンの手を煩わせるつもりなんだ?他の当主や父上の時間も奪っておいて、タダで済むと思うなよ」
カールはそのままセレンを部屋から連れ出すと、兄さんが一足先に向かった地下の大ホールに行った。セレンは恐怖でまともに話すこともできないまま、兄さんによって用意された舞台に引き摺り出された。
「あ……っ、うぅっ、なんで、なんで俺ばっかりこんな目に……もう嫌だ、死にたい、死にたい、誰でもいい、早く俺を殺してくれ……」
「殺す?そんな事をしてどうなる。いいか、お前みたいなのがこれから当主となるユーリスさんに選ばれたんだ。全く嫁の勤めを果たせるのか楽しみだな。精々楽しませろよ」
ホールの中央にはキングサイズの天蓋付きのベッドが一つ。その周りには座り疲れないくらいふかふかの椅子とちょっとしたものが置けるサイズの丸テーブルが、見学者の数だけ置かれている。すでにほとんどの席が埋まっているその中にリー家の当主が優雅に腰掛けており、隣にはファルクマン家の当主の姿もあった。仲良さげに談笑しているようだった。セレンがそれに気づいた瞬間、膝から崩れ落ちてしまった。
兄さんがカールからセレンを受け取って、ベッドに寝かせている間に大ホールに全員が集まった。そこで、兄さんは声を張り上げてこう宣言した。
「皆様この度は私の当主就任の儀にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。ここで、一つ皆様にお伝えしたいことがございます。それは、今宵当主となるのはこの私ユーリス・モロゾフではなく、こちらにいるユジョン・モロゾワということでございます。しかし、花嫁となる人物はセレン・ファルクマンに変わりありません。私はここで正式に当主の座をユジョンに譲りますが、ユジョンがこの儀式を続行いたしますので、皆様そのままご覧ください」
席はざわついたけど、兄さんが一礼をしてベットの側から去るとそれもすぐに落ち着いた。かわりにただ1人、目を見開いて固まったカールを除いて。私も兄さんもカールには何も告げていなかったのだ。しかし、これで私が正式なモロゾフ家の当主となったことで彼との婚約は解消、私は望み通りセレンと結婚することができた。
儀式を終えたセレンは、何もかもを投げ出したかのような表情で横たわっていた。カールは儀式の最中は黙って見ていたが、終わった途端に兄さんに連れられてどこかへ消えた。他の当主や次期当主は儀式が終わると同時に帰っていった。リー家の当主だけはセレンに労いの言葉をかけていったが、それがセレンに届くことはなかった。
そもそもセレンが美しい髪を継げなかったと言われている理由は、他のファルクマン家の髪色のように赤に緑に金銀といった鮮やかな色をしていないからだ。彼らは髪の色の鮮やかさをそのまま美しさと言うのだが、私にとってはセレンの濡羽色の髪は生まれて初めて見た時からずっと美しいものなのだ。彼の人生の厳しさを物語るようなその髪は、そのまま彼の強さを映しているようだ。
兄さんはあの儀式の後、無事カールを魅了しきることに成功し、そのまま新たな婚約者となった。長い時間をかけて少しずつ術をカールの体に蓄積させたことが上手くいった秘訣らしいが、私としてはそんな悠長なことをしている余裕がどこにあったのかと思うほどの時間の掛け方だった。
あの儀式から数年後、私とセレンの間には4人の子供が生まれ、今もセレンのお腹には子供がいる。私は家族を養うために働いていて、中々充実した日々を送っている。ちなみに私自身は子供は2人で良かったが、セレンの求めに応じていたらいつの間にかこんなことになっていた。どうやら一連の行為が癖になってしまったらしい。でも、セレンが好きなことには変わらないし、子供が多いのも幸せだからまぁいっか。
めでたしめでたし。
君はずっと私のもの @Kiku_9
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