不完全なすべて

ナナシリア

不完全なすべて

 検査室の自席に座る。


 昨日の塾長の声が脳内を木霊する。


『君たちがこれまで頑張ってきたことを、あとは発揮するだけですから』


 僕は果たして頑張ってきたのだろうか。


 辛いことはあった。やめてしまいたいと思うこともあった。


 でも、他の人だってそう思うことはあっただろうし、僕よりもそう思う機会は多かったはずだ。


 僕がこれまで頑張ってきたことは他の誰にも勝らない。ずっと怠惰に過ごしてきた僕が、ずっと頑張ってきた人間を蹴落とすことになってしまうかもしれない。


 不安が胸を支配する。


 視線を机に落とすと、チャイムが鳴る。


 周りの受検者が一斉に紙を裏返す音が聞こえる。


「始め」


 実際に面と向かってみれば、先ほどまでざわついていた心はすっかり落ち着いた。


 静かな世界に、僕と”敵”だけがある。


 大した強さではない。


 僕が頭を一捻りするたび、目の前の”敵”が減っていく。


 本当にこれでいいんだろうか。何度も確認しながら進む。でも、時間はかけすぎない。


 気を抜くとすぐに刺されてしまうことを、僕はこれまでの幾度の戦いで知っている。


 否、気を抜かずともあらゆる手段で”敵”は僕を狙う。


 なぜなら、”敵”は僕らの敵だから。


 そして、確認のために気持ちを入れすぎると、”敵”と戦う間もなく敗北してしまう。


 でも、僕はそれを知ってる。


 どのくらい注意するべきなのか。”敵”がどんなものなのか。


 攻撃パターンも把握していれば、”敵”を弱らせる方法も無数に知っている。


 周りが弱体化していない”敵”と戦うなか、僕だけが、すっかり弱くなった”敵”と戦っている。


 きっと、勝てる。


 僕の地頭は、実力は、周りに劣っているかもしれない。しかし、”敵”の怖さ、”敵”との戦い方、それらを一番よく知っているのは僕だ。


 とはいえ、敵わない”敵”もいる。


 倒せない”敵”と戦うより、倒せる”敵”をたくさん倒した方がいい。


 勇気を持って、飛ばそう。


 ページをめくる。


 目論見通り、さっきのページより弱い”敵”ばかりだ。


 いける。いける。


 例年より簡単だ。


 実感ながら、僕が倒せる”敵”はすべて倒し終わった。


「やめ」


 不正行為で弾かれることが絶対にないよう、シャーペンを机に置いて手を退ける。


 一枚一枚、解答用紙が回収される。


 自分に近づいてくる回収係をじっと眺める。


「それでは、問題用紙を持って検査室の外に出てください」


 次の戦いの準備だ。

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不完全なすべて ナナシリア @nanasi20090127

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