抜本塞源
三鹿ショート
抜本塞源
仲が良かった我々が離ればなれと化した理由は、彼女である。
彼女と愛し合う人間が一人だったのならば、我々が交流を絶つことも無かったのだろうが、彼女は二人の人間と愛し合っていた。
そのことが露見しなければ、これほどまでに大きな問題に発展することもなかったに違いない。
私以外の友人二人は、どちらが彼女をより愛しているかを競い合うこととなり、自身の生活も儘ならぬほどに貢いでは、殴り合うこともあった。
だが、彼女が私の友人のどちらかを選ぶことはなく、我々とは関係の無い男性と愛し合うようになった。
ゆえに、友人たちには蟠りが無くなったということになるのだが、友人同士であったにも関わらず争ってしまったことを後悔したのか、接触することがなくなってしまったのである。
私は、彼女のことを恨んだ。
彼女が現われなければ、我々は今も同じ時間を過ごすことができていただろう。
その経験から、私は女性と関係を持つことを止めることにした。
私だけが愛しているつもりでも、その女性が他の男性とも関係を持っていた場合に、その相手と争いたくはなかったからだ。
つまり、私は、生涯にわたって独身を貫くということを決めたのである。
味気ない人生と化すだろうが、友人と争う事態を避けることができるのならば、それでも構わなかった。
***
異性を遠ざけるようにしたためか、今のところ、私の交友関係に問題は生じていない。
このまま平穏に過ごすことができれば何よりだと考えていたが、それは終焉を迎えることとなった。
何故なら、彼女が私の前に現われたからである。
相変わらずの美しさだが、私は彼女の美貌に絆されることなく、かつて私の友人たちを裏切ったことを糾弾した。
私の言葉を、彼女は神妙な面持ちで聞き続け、やがて涙を流しながら、謝罪の言葉を吐いた。
普通の人間ならば、此処で彼女のことを許すだろうが、私はそうではない。
彼女が見た通りの人間ではないということを、私は知っているからだ。
反省しているような態度を見せ、罪滅ぼしと称して私に近付こうとしている可能性も存在するのだ。
だからこそ、彼女に対して、二度と姿を目にしたくはないと告げた。
しかし、彼女は私の手を握りしめると、
「実は、私だけでは解決することが難しい問題に直面しているのです。あなたから友人を奪っておいてこのような頼みをすることは恥知らずだと分かっているのですが、あなた以外に頼る人間が存在していないのです」
涙を流しながら弱々しい態度を見せられたためか、私の心が動いてしまった。
どのような問題かと口を開こうとしたところで、私は頬の内側の肉を噛み、正気を取り戻した。
彼女は狡猾な人間であり、私から大事な友人を奪った存在である。
そのような相手に対して、何故私が手を貸さなければならないのだろうか。
私は彼女の手を振り払うと、地面に向かって唾を吐いた。
「きみの顔を見るだけでも、私は吐き気を催す。きみが少しでも肌を見せれば、力になってくれる人間は、即座に現われることだろう。頼るのならば、私以外の人間にするべきだ」
彼女の返事も聞かずに、私はその場から去った。
彼女がどのような表情をしていたのかは不明だが、おそらくは悔しそうな顔をしていることだろう。
***
数日後、彼女がこの世を去ったという報道を目にした。
彼女につきまとっていた人間が、彼女を独占するために、その生命を奪った後、跡を追ったということだった。
其処で、私は、彼女が真実を話していたということに気が付いた。
過去の悪事から彼女のことを遠ざけようとしたが、その恨みに目を瞑り、彼女に向き合っていれば、彼女は今もこの世に存在していたことだろう。
つまり、私は、彼女に付きまとっていた人間に手を貸したということになる。
私は罪悪感に押し潰されそうになったが、即座に思いとどまった。
何故、彼女に対して、そのような感情を抱かなければならないのだろうか。
彼女は、私から友人を奪ったのである。
友人はこの世を去っていないために、平等と言うことはできないものの、彼女はそれに匹敵するほどの行為に及んだのだ。
ゆえに、これは因果応報というものではないだろうか。
その通りだと一人で頷いたが、それでも、そのような思考で頭の中が完全に満ちているわけではなかった。
そのように考えてしまうあたり、私は他者を嫌うことに慣れていないということなのだろう。
私は、自分が善人であることを誇らしく思ったが、同時に、彼女という人間の生命が失われてしまった原因の一部であるということに目を向けてしまい、罪悪感を消し去ることができなかったのだ。
このようにして私を悩ませることを思えば、やはり彼女という人間は、厄介な存在なのである。
抜本塞源 三鹿ショート @mijikashort
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