ひざのぬくもりはミーコ
いすみ 静江
ミーコ
ある日突然
段ボールに入った茶色いかたまりがきた
昭和のその頃は野良などゴロゴロいた
ミィとお口を尖らせ
小さい体でぶるっと身を振る
冬も近い雨の日だから
風邪引かないんだよ
タオルをどうぞ
私は動物が大好きだった
大きくなったら動物病院で働きたい
本やテレビや動物園は私の天国なほど
でも
このねこちゃんの種類は知らない
お父さんが現場で拾ってきた
高い値段で売られていない仔だった
私は小学校に上がったばかりで
いたずらっ子の弟の下に
妹ねこちゃんができた
可愛いと顔を覗き込むと
ミィと褐色に澄み潤んだ瞳が刺さる
世界一のねこちゃんだ
嬉しさと喜びを詰め込み
ミーコと呼ぶ
後にありふれた名だと知るが
うちのミーコはミーコだけと信じる
ねこちゃんの国の王女さまだ
可愛がり方は
弟と違うのかな
お父さんは
弟を長男だと自慢する
お母さんは
彼のいたずらを叱らない
お姉ちゃんは遊びの仲間に入れていた
さすがに弟はひざにのらない
すかさず空いた愛情を
ミーコは独占する
ついでに撫でてとおでこを擦り付け
主張のできる王女さまだった
王女さまだからか
お食事は質素だ
お母さんはねこまんまを出す
ミーコは慌てて猫舌を悔やむ
それは私と同じご飯だった
小さい頃から食事はよく噛む方で
両親に叱られて育った
お母さんからは
いつまでにゃんにゃんしてんの
お父さんからは
早飯早糞だから早く食っちめえ
いつも同じ文句で
ご飯にお味噌汁をかけられた
ねこまんまを
ミーコは他を知らないから食べる
叱られている訳ではない
振り返れば栄養はねこちゃんに向いてない
弟が二階の階段からミーコをわざと落とした
どうして可哀想なことするの
お姉ちゃんはミーコの無事を確認し
弟の粗雑な優しさに欠ける行いに激怒した
猫は落ちても立つからとしれっとされた
ミーコの気持ちにもなってみなさい
本当は弱虫の弟が
もっと弱いものを意のままにするのは危険だ
幾度目かの冬は
楽しいお正月とともにやってくる
こたつもどこへ越してもお母さんが出した
ミィと近くに寄ってくる
おひざにぽんかな
ミャーン
こたつのあたたかさと私の半纏も心地よかったか
優しくよしよしするのは
当たり前の日々となった
ねこちゃんは何歳まで生きるのだろう
疑問も持たずに
ひざで丸くなるミーコと過ごす
当たり前は日常の偶然から生まれる奇跡だと
忘れてはならない
枝は葉を振り払い
この地には珍しく雪が薄化粧をした
木々は耐えきれずに頭を垂れる
寒いねと話しかけたのに
眠っているのかな
こたつの中にもいない
背中がぞわっとした
風のようにきた
ミーコ
去るときも
風のようだった
お母さん
ミーコが見つからないよ
探してくる
年老いた訳でも
病気な訳でもなかった
近所のあらゆる所を探した
茶色いねこちゃんを知りませんか
ねこまんまが好きで
寒いところが苦手な女の子です
お母さん
七日間も帰らないよ
お巡りさんに話に行こう
必死でお願いした
やめておきなさい
お母さんは認めなかった
一人になりたくて
ベランダに出た
吐く息が爪先にほんのり淡い紅をさす
ミーコは
捨てねこちゃんから
うちのねこちゃんになったのに
こたつが好きな寒がり屋さんで
ミーコと呼ぶと
ねこまんまが冷めるのを
楽しみにしていたのに
ミーコの
写真すらない
カメラは難しくて使えなかった
ミーコ
ひざにのってくれたね
のどをならして
甘えたミーコ
お姉ちゃんは
いつまでも忘れないから
ひざに丸くなるあなたを
ひざのぬくもりはミーコ いすみ 静江 @uhi_cna
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