第18話あやかし探偵事務所誕生

俺の冬休みを全部使って日本全体バリア作戦は予定通りに無事終了した。

何日も菊岡さんに会えない日々が続いた代わりに、仙台でのロマンチックデートが実現したのだから、まあ良しとしておこう。

そして俺は冬休みも開け、朝から高校で授業を受け、授業後鬼塚研究所でバイト、その後呪術師の修行、時間の合間にあやかし書店に通う日々に戻った。

戦前に警察に協力して怪異を退治していた呪術師の老人は錦織という苗字は教えてくれたが、年齢や経歴、何処に住んでいるのかも教えてくれない不思議な人物だった。

「颯太、なかなか筋がいいぞ。この短期間の修練で、怪異の押さえ込みが出来るようになった。」

「ありがとうございます。錦織先生のご指導のおかげです。」

「後は怪異の封印と殺傷を覚えるだけじゃ。」

「そうですね、封印は絶対覚えたいですが、殺すのは自信が無いんです。」

「怪異でもか?。」

「そうです。ずっとあやかしや妖怪と友達だったから。いくら悪い怪異やあやかしでも、殺したくないんです。封印できれば充分でしょ。」

「その甘さが命取りとなるかもしれぬぞ。」

「それを殺さないと、俺の大切な人が殺されてしまう時なら、もしかしたら怪異や悪いあやかしを殺したくなるかもしれません。でも、出来れば封印で済ませたい。悪い人間だって同じでしょ。いくら悪くても殺したくない。正当防衛なら仕方がないけど。」

「まあ、使わないにこしたほうがいいが、やり方だけは習得しなさい。」

約1年後、

「これでワシの教えられる事は全部教えた。今日から颯太は呪術師を名乗って良いぞ。」

「ありがとうございます。錦織先生のおかげです。」

「どんな活動をするつもりなのじゃ?。」

「良いあやかしや妖怪達と人間との諍いをなくしたいです。あと、呪いとか怪異で人が傷つかないようにしたいかな。」

「颯太らしいの。まあ、頑張れ。ワシの手助けが必要な時は警察に連絡してきなさい。」

錦織先生は後ろ姿で手を降って、飄々と去って行った。

以前、俺の後をこっそり尾行して、錦織先生との修行の様子を見たじっちゃんは、帰宅した俺に

「あの人はとんでもない修羅場をくぐって来た人だ。いざとなったら、何でもする覚悟がある。颯太はああいう人もいるのだと理解しておきなさい。」

と、言って二度と錦織先生の話をしなくなった。

俺も少し感じていた。

錦織先生は善を行う人だ。

そして、悪い人では決してないが、怖い人だと。

必要ならば誰でも切り捨てられる人。

殺しを厭わない人。

俺が1年程関わってやっと解った事をじっちゃんは一回遠くから見ただけで解ったんだ。


じっちゃんとも話し合って、じっちゃんの探偵事務所をあやかし探偵事務所にする事になった。

人間達とあやかしや妖怪との揉め事などの問題の解決や、呪いや怪異の封などが主な業務とした。

「すみません、警察に相談したら、こちらで対応してるって教えてくれたんですが。」

最初の客は中年の痩せ型男性だった。

「先ずこちらの書類にご記入願います。その後で詳しくお話しを伺います。」

人間担当はもちろんじっちゃん。

俺には人を見る目なんてないがじっちゃんは百戦錬磨。

悪い奴や近づかない方がいい奴はすぐにピンとくる。

「では、お話しをお聞かせください。」

「実は、先月祖母が亡くなり、遺産を相続したのですが、そこは江戸時代に庄屋をしていた家で、土地の中に古い蔵があります。何代も前からの伝承で、その蔵には何かが取り憑いていると言われています。それでも、蔵にあるものを整理し、蔵は取り壊したいのです。協力をお願い致します。」

「既に誰かに依頼し、何か不思議な事が起こったんですね。」

「実は先週、古物の鑑定士に依頼したのですが、その蔵に入るたびに体調を壊して、鑑定作業が出来なかったんです。」

「蔵から出たら体調が戻るのですね?。」

「ええ。伝承の通り何かが蔵にいるかもしれないと、警察に相談したらこちらを紹介されました。」

「解りました。明日伺わせます。」

授業が終わってすぐに駅のトイレで着替えをし、タクシーで依頼された蔵に向かった。

その家は時代劇に出てくるような門構えで、主屋、離れ、それに古い蔵と続いていた。

古い蔵に入ると、埃臭いひんやりとした空気の中に、何者かの気配がした。

「突然失礼する。持ち主だった爺さんが亡くなって、孫がここを継いだ。その孫は、この蔵を壊したいと考えている。お主達、どうしたいのか?。」

俺に同行したキロロがいきなり暗がりに向かって声をかけた。

すると、暗がりから何体もの付喪神が現れた。

「数百年も放ったらかしにした上、蔵を潰すのか?。」

付喪神達は怒り、戦闘態勢をとっている。

「時代の流れだ。蔵も老朽化が激しい。いつ倒壊するか解らないからな。」

キロロは優しく彼らを諭した。

付喪神達は力を抜きぼそりと言った。

「我々を大切にする事が出来る者が持ち主となって欲しいものだ。」

キロロのおかげで付喪神達との交渉が上手くいき、蔵には鑑定士が入った。

付喪神の希望する古い物を大事にする人物を見つけその人に付喪神付きだと納得してもらって譲った。

その人は付喪神をみることは出来なかったが、感じ取る事が出来ていて、新しい付喪神にも理解を示した。

その人の家には既に何人もの付喪神が先住しており、キロロと颯太が彼らに事のしだいを説明した。

依頼主は希望通り蔵の中を鑑定させ、ほとんどの物を売り、古い蔵を解体できた。

「ありがとうございました。おかげで相続の責任が果たせました。付喪神の事初めて知りましたが、彼らも先祖から引き継いだ者、彼らの希望にそえて良かったです。」


「良かったな。あやかし探偵事務所としての初仕事がうまくいって。」

「本当に。俺、浮気調査に行ったら補導されそうだから、あやかし関連の仕事が出来て助かるよ。」

「じっちゃんだって、浮気調査なんか本物はしたくないかったんだ。だが、日本の探偵事務所の仕事の大半は浮気調査だからな。」

「じっちゃんは、なんで探偵事務所をはじめようとおもったの?。」

「本当は警察官になろうとしたんだが、じっちゃんは韓国籍だからダメだったんだ。」

「そうだったの?。知らなかった。でも、母さんは日本国籍だよね。」

「ああ、婆さんが日本国籍だったからな。婆さんもお前の事を可愛がっとった。颯太のちっちゃい頃に死んじまったがな。」

「母さんも俺が視えるって分かる前は俺の事を可愛がってくれてたよね?。」

「ああ、アイツはどう対処すればいいのか解らなかったんだと思う。今はそれを後悔している。許してやってくれとは言えないがな。」

「許すとかじゃなくて、自分達と違う者に対する恐怖っていうのは理解出来るよ。俺、今は幸せだし。両親の事、恨んではいないよ。ただ、じゃあ同居するかって言われたらちょっと難しいかな。俺、じっちゃんとの暮らしが凄く楽しいから。」

「そうだ。茶っぱが切れてたんだ。ちょっと、買ってくるぜ。留守番宜しく。」

ー年取ると涙腺が弱くなって困る。ー

彼は颯太の見えないところでこっそりと涙を拭った。

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